ナイジェリア人と共同経営で目指す夢 イガンムFCの成長戦略
2016年、ナイジェリア人と日本人が共同経営するサッカークラブ「イガンムFC」が誕生した。日本人オーナーの名は加藤明拓。ナイジェリアの他にカンボジアでもプロサッカークラブ「アンコールタイガーFC」を経営する。『メッシ超え、バルサ超え』をスローガンに掲げる彼の目標は世界一のサッカークラブ。世界からは程遠いように見える新興国での挑戦を続ける理由とは何か。そこには明確な世界一へのビジョンが存在した。
ナイジェリアでは想定外は想定内
――加藤さんがイガンムFCの経営を始めたきっかけはクラブの共同オーナーを務めるナイジェリア人のエバエロ氏からの誘いがきっかけだと聞きました。初めて話を聞いた際の所感を教えてください。
「最初は『アンコールタイガーと提携したい』という話でした。カンボジアではナイジェリア人選手が活躍しているので、選手の供給源として検討してもいいかな程度に話を聞いていたのですが、調べてみると国としてのポテンシャルが非常に高いことを知って」
――ポテンシャルの高さを具体的に説明頂いてもいいですか?
「まず人口が2憶人弱いて、平均年齢は18歳。GDPは24位。今後も伸び続けることが予想されています。総人口約2憶のうち半分が20歳以下で、その半分が男性だから約5000万人。そして、その半分がサッカーをプレーしていると言われています。国としてサッカーが強くなるポイントは人口に対する競技者比率。ナイジェリアではサッカーがダントツで人気なので身体能力が高い子が集まってきます。確かに治安は悪いですが、それが参入障壁となって日本人があまり参入していない点もチャンスだなと。そこでエバエロに『お金を出すから一緒にやろう』と逆に(共同経営を)誘いました」
――イガンムFCのホームタウンとしてナイジェリア最大都市のラゴスを選ばれているのも人口や経済発展の速さを期待してのことですか?
「そこは期待していたのですが、契約するために実際に現地に行ったらクラブのオフィスがある場所はスラムでした……。現地の人に案内されている道中は『あれ?これは拉致されるのかな?』と思いました(笑)」
――しかし、そのような想定外を楽しめるのは加藤さんの真骨頂です(笑)
「まあ、ナイジェリアでは想定外は想定内ですからね。長期的な目線でクラブ経営を考えていることも精神的な余裕を持てている要因だと思います。あと、基本的なスタンスとして現地の人を信じるようにしています。そこが信頼構築の第一歩。今では近所の人達から『カトウさんがやられたら、みんなで仕返しにいくよ』と言ってもらえるくらいの関係にはなりました。まあ、やられた後では遅いのですが(笑)」
――コミュニティに溶け込むのはサッカークラブ経営においては重要な要素だと思います。そういう意味でイガンムFCはナイジェリア人のエバエロ氏が共同オーナーである意義は大きいのではないでしょうか。
「大きいですね。ナイジェリアはコミュニティやコネで物事が動くことが多いので、エバエロのネットワークがあるからこそ買える土地や獲得できる選手がいます。ただ、逆に日本人がクラブ経営に関わっていることによるクラブの信頼もある。ナイジェリアでは日本車のクオリティなどから日本人へのイメージが非常に良いのです。役割分担としては彼が現地コミュニティとの交渉を担う一方で、僕は経営戦略を考える。補完関係にあると思います」
――言葉も文化も違う外国人との共同オーナーという形はミスコミュニケーションが発生するリスクも高いと想像するのですが、良い関係性を築けているのですね。
「ベースとして『イガンムで良いコミュニティを育てよう』とか『サッカーを通じて夢や希望を人々に与えて犯罪を減らそう』といった純粋な気持ちを共有できていることが大切ですね。僕たちは大真面目に将来を常に語り合っていますから。明るい未来を一緒に創っていきたいという気持ちは文化を越えて相手に伝わりますよ」
――いわゆる先行投資ですが、回収の時期や方法にイメージはありますか?
「才能ある選手が欧州に移籍することで移籍金を得る方法を想定していますが、育成環境は国としてまだ整備されていません。ただ、10年後は経済発展と比例してそこも改善されるはずで、そのタイミングで我々が(ナイジェリア国内で)クラブを経営できていれば、(移籍金を得る)可能性は高まります。これはカンボジアでは選手のポテンシャル的に実現できないビジネスモデルです」
少しでも早く選手を売りたい
――現状、年間のクラブ運営費はどれくらいかかっていますか?
「400万円程度です。ほぼ勝利給と試合会場への遠征費。練習場の土地購入費など設備投資のお金はここには含まれていません」
――選手の人件費は発生していないのですか?
「ナイジェリアは1部2部がプロリーグで選手への給料が発生しますが、イガンムFCは現在3部。3部以下はアマチュアリーグなのでクラブは給料を支払う義務はありません」
――収入面はどうでしょうか?まだ、チケット、放送権、グッズなど収入がある状態ではないと推測しますが。
「収入はほぼないです。1部のプロリーグでも状況に大差はないと思います。親会社や自治体がクラブの運営金を入れても一部の人が取ってしまって選手には給料未払いというクラブも少なくありません。まずは国の基盤が整った後にリーグとして整備されるという順番なので、ナイジェリアでサッカーがビジネスとして成立するのはもう少し時間がかかるでしょうね。ただ、イガンムではありがたいことに元プロサッカー選手のカレン・ロバート氏や日本の経営者・投資家の方々にスポンサーになって頂いています」
――スポンサーの中には三笠製作所などアンコールタイガーにも出資されている企業の名前もありますが、各社は何を期待してイガンムFCに出資されているのでしょうか?
「知り合いの会社なので純粋な応援目的が大きいと思いますが、イガンムFCの選手が移籍した際は収益の数%はシェアする契約にはなっています。優秀な選手が1人移籍して、数億円の移籍金がクラブに入れば十分に回収してもらえるはずです。だから、練習場やクラブハウスなどに投資して、選手が集まり、育つ環境を整えます」
――移籍のトレンド的には日本と同じくナイジェリアでも10代選手の需要が高い傾向でしょうか?
「基本的には同じですが、ナイジェリアの方が日本よりも若いタイミング選手を売る必要がありますね。アフリカの選手は戦術理解が低い。それはボコボコのグラウンドでプレーしているので戦術を学ぶ機会がないから。だから、少しでも早く選手を売りたい」
――移籍金が期待されるほぼ唯一のクラブの収入源となると、イガンムFCとしては勝利や昇格の優先順位は必ずしも高くない?
「重要なポイントです。さきほども少し説明しましたが、2部に昇格すると選手の人件費が発生することに加えて、全国リーグなので遠征費も上がる。ナイジェリア国内にも昇格したくないクラブは多いですよ。目的は金儲けなので、3~5部で選手を集めて海外に移籍させるのが一番儲かります。イガンムFCとしても2部昇格はもう少しクラブの基盤が整った後ですね。大きな移籍金を獲得するまでは低コストで運営したい。一方で設備への投資は積極的に行いたい。環境的なアドバンテージによってポテンシャルの高い選手を獲得したいので」
――育成年代の選手はどのように見つけるのですか?セレクションですか?
「そこは課題ですね。基本は大会などを視察して見つけるのですが、交通インフラが整備されていないのでバスで試合会場に到着するまでに2日かかるなんてこともありました。だから、『良い選手を見つけたら5万円あげるよ』みたいな提携も結びたい。先日、セレクションを実施した際は3割くらいの参加選手がオーバーエイジでした(笑)」
――戦術理解の低さが海外移籍のハードルということであれば、アンコールタイガーと同様に良い指導者を招集してイガンムFCオリジナルのゲームモデルを構築するなどの選択肢はありませんか?
「砂場みたいなピッチで試合をしているので無理ですね。ビーチサッカーの戦術ならいけるかもしれないけど(笑)。指導者に関しても海外で結果を出したナイジェリア人でさえ帰ってきたいと思わない国ですからね」
――その参入障壁を逆手に取ってビジネスをする指導者はいないですか?
「かなりタフな性格でないと、あの環境で指導はできないです。あと、僕らも経済的に良い監督を雇える状態ではないですという事情もあります。ただ、ヨーロッパでは指導者は供給過剰で安いので可能性は0ではないですね。成果報酬型で、選手が海外移籍できたら移籍金の数%を払うなどの契約なら可能性はあるかもしれません」
――アンコールタイガーにせよ、イガンムFCにせよ、加藤さんはあえて難しい環境に挑戦しているように見えます。
「僕は世界ナンバーワンのクラブを経営することを目標としていますが、今は資本がない。楽天みたいにお金でクラブを買うことができない。サッカー界は資産のある富裕層がクラブを買う構図が当たり前ですが、僕は逆の発想。つまり、経済自体がこれから伸びる国に投資してクラブ経営をしながら収益を高めることに挑戦します。そっちの方が多くの人にとって夢と希望と勇気を与えられると思っています。サッカークラブ経営を通じて少しでも人々を前向きにするきっかけを与えることができれば幸せですね」
Akihiro KATO
加藤 明拓
1981年生まれ。千葉県出身。大学卒業後、株式会社リンクアンドモチベーション入社。ブランドコンサルティング事業執行役員を経て、2013年株式会社フォワードを設立し、代表に就任。カンボジアのプロサッカークラブ「アンコールタイガーFC」と、ナイジェリアのセミプロサッカークラブ「イガンムFC」のオーナーも務める。
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime