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遠藤航、齊藤未月、田中聡、小杉啓太。世代を牽引するリーダーを輩出してきたアカデミーが携える『勝利より勝負』の信念。湘南ベルマーレ・平塚次郎アカデミーダイレクター兼U-18監督インタビュー

2024.10.18

【特集】ベルマーレの生存戦略。
「湘南スタイル」と「残留力」の先へ
#6

J1残留争いが佳境になってきた10月、毎年この時期に底力を発揮するクラブがある。23年の予算規模28億円と限られた資金力にもかかわらず、いつも土俵際で驚異的な踏ん張りを見せてきた湘南ベルマーレだ。中小クラブの「残留力」の根源にあるものは何か、坂本紘司社長率いる若い経営陣が目指す「湘南スタイル」の先にあるものに迫る。多くの日本人選手の目が「外」に向き、大きな岐路に立たされているJリーグを生き抜くためのベルマーレの生存戦略とは――?

第6回は、自身もベルマーレのユースチームからトップチームに昇格した経験を持ち、指導者に転身後は20年近くこのクラブのアカデミーを見守り続けてきた平塚次郎アカデミーダイレクター兼U-18監督が登場。反町康治や曺貴裁、浮嶋敏といった先輩指導者の薫陶を受けつつ、遠藤航や齊藤未月、田中聡、小杉啓太などプロへと駆け上がった選手の成長過程も知るアカデミーのキーマンに、今までのこととこれからのことを伺った。

『ゴミを拾える人間に』と『SEA』に込められたアカデミーの根幹

――今回は湘南ベルマーレ特集の中で、このクラブの歴史をよく知る平塚さんにアカデミーのお話を伺いたいと思っています。クラブHPのアカデミーページを拝見したら、最初のページに『そこに落ちているゴミを拾える人間に』と書いてありました。このフレーズを一番目立つところに持ってきているのには、どういう理由があるのでしょうか?

 「もともとその言葉自体はアカデミーの中にあったんですけど、自分も過去の歴史を築いてきた方々の想いを継承していく立場で、やはりこれを忘れてはいけないなというところですね。『ゴミを拾える』選手というか、『ゴミに気付ける』選手になってほしいと。自分から主体的に行動するということを大事にしたいので、『こういう人になって巣立ってほしい』と必ず年頭にみんなへ伝えています」

――これもずっと掲げられているアカデミーのスローガンだと思うのですが、『SEA』(S=Spirit、E=Energy、A=Aggressive)も大事にされている部分ですね。

 「そうですね。ベルマーレの地域柄、海を意識したアルファベットを考えたんです。『Spirit』『Energy』『Aggressive』という3つぐらいの数だと伝わりやすいと思うので、これを植え付けていくのは凄く大事にしたい部分で、『ゴミを拾える人間に』と『SEA』というのはシーズン最初のミーティングで、選手とスタッフ、保護者の方々に対しても、こういうふうに進んでいきたいということで伝えています」

――『SEA』は非常にキャッチ―で良いですね。

 「実に湘南らしいですし、ウチに合っているなと。魂を持って、エネルギッシュに、アグレッシブに、というところがマッチしていると思います。この言葉があると、パッと練習を見たり、試合の雰囲気を見て、『今日はアグレッシブじゃないね』『今日はエネルギーがないね』とか、逆に『今日はスピリットがあったね』とか、スタッフ同士の会話のきっかけにもなりますし、こっちの姿勢の方が大事だよという話はしています」

第48回日本クラブユース選手権(U-18)関東大会ノックアウトステージ3代表決定戦3回戦・東急SレイエスFC U-18戦後の平塚アカデミーダイレクター兼U-18監督(Photo: Masashi Tsuchiya)

――それこそ選手時代からベルマーレのアカデミーでプレーもされていた平塚さんから見て、そのころから変わらないものはどういうところでしょうか?

 「『成長する場所』だということですね。ある程度高いポテンシャルがある選手が、当たり前のように育っていくというよりも、ベルマーレから雑草魂を持っている無名の選手が各年代の代表に選ばれたりするのは、そのひたむきさと1日1日を大事にするというところで、要は『勝利より勝負』だと。『明日の試合に勝とうぜ』ではなくて、『今日の練習をやろう』と。1つ1つのプレーで勝負することで、その積み上げが勝つことに繋がると思いますし、『1日の勝負』を凄く大事にしてきたクラブだなとは感じます。あとは環境もそこまで良くない中で工夫しつつ、それぞれが考える力を養いながら成長していくところがあるのではないかなと思います。それこそ石原広教(浦和レッズ)は小6までキーパーですからね(笑)」

――そうなんですか!

 「彼はジュニア世代までキーパーなんです。ジュニアユースへの昇格時に、身長の伸びがあまり見込めない可能性もあって、最後の最後でフィールドをやっているのを見せてもらったら、凄く1対1が強かったので昇格させたんです。齊藤未月(ヴィッセル神戸)も学年の中でずば抜けていたかと言えば、そんなことはなかったですよ。そういう歴史の中で、無名の選手が育っていく理由を考えた時に、それはやっぱり『1日の勝負』を大事にしてきたからかなと思います。なかなか頻繁に全国大会に出られるチームではないですけど、選手が育つという部分で他には負けたくない気持ちはありますね」

国際大会『コパ・ベルマーレ』の開催。湘南地域をリードしていく気概

――神奈川県内ということで考えると、地域的な側面は無視できないと思うんですね。もともとマリノスは下部組織が充実していて、フロンターレもあれだけ強くなってきていると。横浜FCもアカデミーは非常に評価が高いですよね。その中でベルマーレは県内でも西の方ですし、選手獲得でも難しい部分があるのかなと感じるのですが、そういう意味でも雑草魂みたいなものが育つところもあるのでしょうか?

 「僕らの時代のいい選手は相模川を越えて、マリノスさんやフロンターレさんに行く子が多かったんです。でも、今は近くにベルマーレがあるということで選んでもらえることが増えているので、ちょっとずつ根付いてきたなという想いと、一方で横浜・川崎地域に比べても、湘南地域はまだまだ4種年代で見るとチーム数も人数も少ない部分はあると思います。

 ただ、自分はそこにチャンスがあると思っています。まだまだ発展できる土壌が残っていますし、今はホームタウンが9市11町あって、200万人の人口があるんですよ。そこの子どもたちが目指すようなクラブとして、さらに成長基盤を作れば、良い選手がわざわざ相模川を越えなくても、自分たちのホームタウン内で育てられるんじゃないかなと。広教も未月も藤沢ですし、古林将太(現・湘南ベルマーレフロント)は南足柄ですし……」

――平塚さんは小田原のご出身ですしね(笑)。

 「ああ、そうなんですよ(笑)。今は近郊で言うと町田ゼルビアさんもいますし、SC相模原さんとYS横浜さんもいて、たくさんJクラブがある中で競争が激しいと思うので、選手が『ここなら伸びる』という実感を持って、ウチのアカデミーを選んでくれて、そういう選手たちに子どもたちが憧れる、という循環をしっかり作っていきたいと思います。僕も地域のトレセンのスタッフを長くやらせてもらっているので、だいぶホームタウン内の指導者の方々とも知り合いになってきていて、その中で実は『湘南ベルマーレホームタウンカップ』という大会を『コパ・ベルマーレ(COPA BELLMARE)』という名称に変えて開催してるんですけど、『コパ・ベルマーレ』ってご存じですか?」

――ごめんなさい。知らなかったです。

 「ホームタウンの地域のトレセンに全チーム来てもらえる国際大会を、2016年に始めたんです。それはU-11年代に当たる5年生の大会なんですけど、地域の方に喜んでもらっているんですよね」

――小学校5年生で国際大会に出られるんですね。

 「そうなんです。実は2018年の大会にパルメイラスが来たんですけど、その中にエンドリッキ(レアル・マドリー&ブラジル代表)がいたんですよ。冠企業はパイロットさんなんですけど、そういう大会があることで、地域の子たちがトレセンに入って、この大会に出ることを目指してくれるようになってほしいなと思っているんです」

国際移籍が解禁される18歳を迎えた今夏、最大6000万ユーロとも報じられる移籍金をパルメイラスに残して、レアル・マドリーへと去ったエンドリッキ。ブラジル代表では2023年11月に史上4番目の若さとなる17歳118日でデビューを飾り、4カ月後にはペレに次いで歴代2人目となる17歳以下で2戦連続得点を決めた選手として脚光を浴びた

――『コパ・ベルマーレ』という名前がまたいいですね。

 「いいですよね。アトレティコ・マドリーやユベントスに来てもらった年もありますし、国内からも浦和レッズのような強豪チームも呼んで、地域の子たちにU-11の世代で海外のチームと試合することの楽しさを感じてほしいなと。それもベルマーレができる、この地域への恩返しかなと思っています。地域の子たちが喜んでくれる大会というのが大事ですよね。トレセンの指導者の方々からも、選手たちがここに出るためにちゃんと練習をしてくれていると聞いています」

――もちろんベルマーレがより強くなること、より存在感を高めていくことは目的としてありながら、ここまでお話を伺っていると、やっぱりこのホームタウンというか、湘南地域全体のサッカーをベルマーレのアカデミーが牽引していくという自覚を強く持たれている印象を受けました。

 「その通りです。自分は強くそう思っていますし、今は2000人近いアカデミー生がいて、ユースはその頂点なので、ユースの子たちに『どうなりたい?』と聞くと、みんな『プロになりたい』と言うんですよ。もちろんそれが第一の目標なんですけど、僕が言っているのは『ベルマーレが湘南地域をリードする存在になるぞ』と。それは凄く大きな目標かもしれないけれど、そういうことを大事にしているクラブだということはアカデミー生にも言っています。まずは湘南地域に貢献できる人になってほしいと。そこも含めたマインドを3年間で身に付けて、次のステージに進んでいってくれという話はしています」

湘南ベルマーレU-18の選手集合写真(Photo: Masashi Tsuchiya)

遠藤航は年季の入ったリュックを使い続けていた!

――アカデミー自体で考えると、平塚さんが指導者になられてからの20年で、ソフト面もハード面もだいぶ変わってきた印象はありますか?……

Profile

土屋 雅史

1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。昔は現場、TV中継含めて年間1000試合ぐらい見ていたこともありました。サッカー大好き!