【山口智監督インタビュー後編】守備への原点回帰と相手を見たサッカー。花開きつつある3年間の積み上げ
【特集】ベルマーレの生存戦略。
「湘南スタイル」と「残留力」の先へ#5
J1残留争いが佳境になってきた10月、毎年この時期に底力を発揮するクラブがある。23年の予算規模28億円と限られた資金力にもかかわらず、いつも土俵際で驚異的な踏ん張りを見せてきた湘南ベルマーレだ。中小クラブの「残留力」の根源にあるものは何か、坂本紘司社長率いる若い経営陣が目指す「湘南スタイル」の先にあるものに迫る。多くの日本人選手の目が「外」に向き、大きな岐路に立たされているJリーグを生き抜くためのベルマーレの生存戦略とは――?
第5回は、山口智監督インタビューの後編。紆余曲折あった3シーズンを経てたどり着いた2024シーズンのチームと選手たちの成長への手応え、そして大詰めを迎える最終盤でも支えてくれた人たちの思いを背負ってブレずに戦い続ける決意を熱く語ってくれた。
2024シーズンのテーマは「我慢する守備」
――思い返せば、今季もまずは守備からでしたね。
「そうです。去年の反省から、今年は守備から入りました。キャンプの時には冗談で『攻撃は9月からしかやらない』とみんなに言っていた。それぐらい徹底して意識を植えつけたかったんです。[4-4-2]にトライしたのも、去年の夏場に奪いに行く守備がうまくいかなかった反省を踏まえて、我慢する守備をみんなに覚えてほしかったから。また攻撃においては、[4-4-2]は変化しやすいので、チームとして幅を持たせる意味でもやりたかった。一昨年は開幕から8試合勝てず、去年も途中15試合勝てなかったという経験から、違うことにチャレンジしたかった自分もいました」
――形のバリエーションを増やすという狙いではなく?
「いや、僕は正直、形はなんでもいいです。システムや立ち位置が大事だと考える人もいると思いますが、僕はあまり……。だからダイレクトプレスも、奪われた選手が2、3歩寄せて奪い返せるなら、ポジションなんて関係ないと思うんですよ。ただし、奪いに行った後のスペースを誰が埋めるのか、その管理はチームとして共有があった方がいいので、それは自分が伝えていけばいい。選手はいろんなポジションをやればいいと思うし、前をやろうが後ろをやろうが、本質を捉えていればできると思います」
――今季は守備から入りながら、得点のペースは昨季のそれを超えています。例年リーグの中で中位以下だったボール支配率も上位に食い込んでいる。この進化についてはどのように捉えていますか?
「選手同士の関係性が良くなったのはもちろん、距離感、考え方やスペースの共有、お互いを見ること、選ぶことができるようになってきたと思います。ボールを大事にしたいわけではないですけど、守備の根底がある中で、どこかのラインを越えた時に今度は相手が守備目線になってくれるんですよ。そうなると、うちの攻撃への対策をやってくれるようになり、逆に自分たちは少し余裕が出てきて、ボールをつなげたり、相手に来られても関係性で逃げ道をつくれたりする。相手陣地でサッカーをする割合も、相手のペナ付近を取る回数もデータ的に悪くない。ただ、それならもっともっとゴールに向かわなければいけないと思っています。勝負するためには縦に差し込んでリスクを冒さないといけないので、リスクを冒すための共有や人数のかけ方、もちろんクオリティも上げていかなければならないし、戦術的な部分も含めて、そこは今の課題ですね。ただ何より、攻撃の進化の根底にあるのは守備なんだと。ボールを奪わないことには攻撃できないので、これはずっとやらなければいけないところだと思います」
――J STATSのデータによると、全勝した7月は、相手がローブロック守備を敷く中で、最終ラインの裏抜け数が急増しています。
「もっと行かないとダメですね。基準はボール状況ですから、相手のラインが低かろうが高かろうが、ボールホルダーがフリーなら誰かがアクションを起こして仕掛けないといけない。どういうアクションかは、背後に通ればもちろんいいですし、そのセカンドもある。内を突くことで相手が締めてきたら今度は外が空きますし、相手が外に出てきたら今度は内が空く。ボール状況がフリーな時は、どこであろうとゴールを目指してほしい。実際、ゴールへの執着心は出てきていると思いますし、アクションするように僕がずっと口酸っぱく言ってるので、それは表現されてきたと思います。
当初は前向きをつくれても長いボールを出すしかなかったんです。でも最近はそこに判断があり、選べるようになり、さらに選択肢が2つから3つに増え、次はゾーンが変わり、今度は内と外が出てきて、人数が多くなった時の優位性がどこにあるのかがつながってきた。ボールがどういう状況なのかでポジショニングは決まります。だからボールが動いたらポジションを取り直さないといけないし、人数が多い方から少ない方に持っていけばスピードアップできるとか、最終的な目的地は一緒ですけど、手法が変わってくる。選手は局面だけを捉えて『自分はこうしたい』と考えるものですが、監督は客観的に11人を見ているので、それが正しくなければ言わないといけないし、そこには説得力もないといけない。それをチーム全体で共有し、積み上げて、みんなで一緒に同じ絵を描きたいのが自分だと思います。だから今はまだ足りないですよ」
「受ける位置や優位性をどこでつくるか」=相手を見たサッカー
――マイボールの質の向上は積み重ねの賜物ですか?……
Profile
隈元 大吾
湘南ベルマーレを中心に取材、執筆。サッカー専門誌や一般誌、Web媒体等に寄稿するほか、クラブのオフィシャルハンドブックやマッチデイプログラム、企画等に携わる。著書に『監督・曺貴裁の指導論~選手を伸ばす30のエピソード』(産業能率大学出版部)など。