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【山口智監督インタビュー前編】「強度」から「+質」へ――湘南スタイルの「先」を目指した紆余曲折の3年間

2024.10.15

【特集】ベルマーレの生存戦略。
「湘南スタイル」と「残留力」の先へ
#4

J1残留争いが佳境になってきた10月、毎年この時期に底力を発揮するクラブがある。23年の予算規模28億円と限られた資金力にもかかわらず、いつも土俵際で驚異的な踏ん張りを見せてきた湘南ベルマーレだ。中小クラブの「残留力」の根源にあるものは何か、坂本紘司社長率いる若い経営陣が目指す「湘南スタイル」の先にあるものに迫る。多くの日本人選手の目が「外」に向き、大きな岐路に立たされているJリーグを生き抜くためのベルマーレの生存戦略とは――?

第4回は、2021年9月に就任した山口智監督に過去3シーズンの湘南スタイルの変遷を聞いた。「走る、頑張る、速く攻めて追い越していく、それで相手を圧倒する」というスタイルに何をプラスアルファしようとしているのか――チーム作りの「積み上げ」の試行錯誤を明かしてくれた貴重な証言だ。

まずは「守備」、そして成長のための「刺激」

――山口監督は2021年に浮嶋敏監督のもとでコーチとして湘南に加わりました。いわゆる「湘南スタイル」と呼ばれるものを、それ以前まではどのように捉えていましたか?

 「たぶんみなさんもそうではないかと思うんですけど、湘南と言えば、走る、頑張る、速く攻めて追い越していく、それで相手を圧倒する、みたいなイメージがあったんですよね。そしてそれは曺さん(曺貴裁/現京都監督)が築き上げたもので、それをクラブのカラーとして打ち出したものが『湘南スタイル』だと僕は思っていました。実際それは意図的にこちらがやってくれよと促してもできないことだし、監督の考え方や言葉、日頃の熱量から伝わるものがあり、それを表現する選手がいて、チームの見られ方になると思うので、簡単なことではないと思います」

――チームの中に入ってそのイメージに変化はありましたか?

 「実際クラブに携わらせてもらって、前への意識はすごく高いと感じました。応援歌にもありますが、『猪突猛進』という言葉の通り、自分たちから前に出て行くパワーだったり、前からプレスをかけ、何回も追いかけて奪えることもあったし、相手を追い越す走力もあったので、純粋にすごいなと感じました。僕はそれまで、使い分けをする中でそういうものを出すものだと思っていましたが、ここに来たら、まずそれを出して、それからどうするか、という考え方だった。その意味では自分が経験してきたものとは正反対だったので衝撃だったし、すごく新鮮でした。たぶん湘南に来なければ感じられないことだったし、それがクラブのアイデンティティであり、強みだと感じました。

 ただ、前への意識やパワーは強みだと思うんですけど、一方でそれが剥がされたら弱みになるという裏腹にあるものがあまり意識されていないようにも感じました。攻撃に関しても、例えばコントロールミスをしたら出し手のクオリティの問題で片づいてしまっている部分もありました。それでは責任の所在が個人や局面に集約されてしまいます。でもチームなので、本来原因は全員で共有し、お互いの関係性の中で改善していくもの。ミスが生まれたなら、その局面だけでなく、前の状況までさかのぼって検証する必要がある。守備についても、プレッシャーに行って潰せれば結果論としてはいいんですけど、それを剥がされた時に、行かない方が良かったという捉え方や選択肢がない。それが正直な感想でした」

――その後、同年9月のシーズン途中に監督に就任しました。残留争いの渦中でしたが、クラブからはどのようなことを求められ、何から着手しましたか?

 「強度はこの10年で備わったので、この先の10年を考えた時に、クラブとしては上積みをしなければいけないと聞いていました。ただ残り11試合という中で、自分があれこれ手を付けすぎてしまうと混乱するのはわかっていたので、1つ整理をしたいなと考えました。整理というのは、先ほど言ったような、強みである人に対する意識を、もっと要領よくできないかということ。当時は今と同じフォーメーションで、後ろに5枚を並べる守備だったので、僕が手をつけたのは、5枚が後ろにべったり下がるのではなく、後ろを3~4枚にして、自分たちの奪える強さをより活かせるように要領よくポジションを取り、相手との距離を詰めておいて、奪った時のパワーを残せるようにと考えた。ボールを奪われた瞬間に、背後に相手がいないのにスーッと下がる必要はないよね、と言った記憶があります。あと敏さんも言葉として使っていましたけど、ダイレクトプレスをより強調しました。だから、どちらかというと守備ですよね」

――ノージャッジでクリアしないように求めていた記憶もあります。……

Profile

隈元 大吾

湘南ベルマーレを中心に取材、執筆。サッカー専門誌や一般誌、Web媒体等に寄稿するほか、クラブのオフィシャルハンドブックやマッチデイプログラム、企画等に携わる。著書に『監督・曺貴裁の指導論~選手を伸ばす30のエピソード』(産業能率大学出版部)など。