「ボールを奪いに行く意識と準備」田中聡がアカデミーから培ってきた湘南スタイルの根源と変遷
【特集】ベルマーレの生存戦略。
「残留力」「湘南スタイル」の先へ#3
残留争いが佳境になってきた10月、毎年この時期に底力を発揮するクラブがある。23年の予算規模28億円と限られた資金力にもかかわらず、いつも土俵際で驚異的な踏ん張りを見せてきた湘南ベルマーレだ。中小クラブの「残留力」の根源にあるものは何か、坂本紘司社長率いる若い経営陣が目指す「湘南スタイル」の先にあるものに迫る。多くの日本人選手の目が「外」に向き、大きな岐路に立たされているJリーグを生き抜くためのベルマーレの生存戦略とは――?
第3回は、湘南ベルマーレのアカデミー出身で、ベルギーのコルトレイクでのプレーを経験し、現在はトップチームの主力として活躍する田中聡が登場。曺貴裁監督による湘南スタイルが定着した後のアカデミーで育ち、浮嶋敏監督・山口智監督のトップチームでプレーしてきた22歳のMFが培ってきた湘南スタイルの根源と変遷とは――?
アカデミーで身につけたのは「守備の強度」
――田中選手はAC長野パルセイロU-15から湘南ベルマーレU-18に加入しました。経緯を教えてください。
「高校は県外に出たいと思い、セレクションを受けようとしていた時に、以前パルセイロにいて現在ベルマーレのジュニアユースのコーチをされている宮寺(哲平)さんに連絡を取ったところ、『練習会に来ていいよ』というお話をいただきました。それで参加して、すぐに加入が決まりました」
――中学時代まではどういう選手だったのですか?
「昔はトップ下とかトップとか、ボランチもやっていましたけど、攻撃的でドリブラーでした。右からカットインしてシュート、みたいな、ザ・左利きっぽい選手でしたね(笑)」
――そんな田中選手が、湘南のアカデミーではどんなものを身につけましたか?
「一番教わったのは守備ですね。ボールに強く行くことや寄せるスピードがそれまでとは全然違った。練習からプレスの強度が高かったので、自分も守備をもっとやらないといけないなと感じました」
――ベルマーレのユースに入ってからのポジションは?
「[3-4-3]の右のシャドーをやっていました」
――攻撃的なポジションですが、重きを置いたのは守備力の獲得だった?
「そうですね。ハイプレスや中央を締める守り方など、当時監督だった時崎(悠)さんにいろいろ教えてもらいました」
――現在の田中選手の特長として真っ先に挙がるのはボール奪取能力だと思います。それはいつ備わったのでしょうか。
「高1の途中ですかね。どこかの練習試合でボランチをやったんですよ。そうしたらやたらとボールを取れる感覚があって。ふとしたタイミングなんですかね」
――いつのまにか身についていたということですか?
「ハードワークは昔からやっていた気はします。ただ、中学時代の映像が残っていて、今でも実家に帰るとたまに見返すんですけど、自分のプレス、めちゃめちゃ緩いんですよ。でもベルマーレに来て、身体の使い方とか寄せるスピードとか、止まらずに身体ごとアタックするみたいなことを学んだ。強度はすごく上がったと思います」
――田中選手が湘南ユースに入ったのは2018年、曺貴裁監督がトップチームを率いて、ルヴァンカップ初優勝を果たしたシーズンです。アカデミーはトップチームのスタイルをお手本にしていましたか?
「そうですね。システムも同じだったし、試合も毎週ほとんど観に行っていました。未月くん(齊藤未月/現ヴィッセル神戸)とか菊地俊介さん(現愛媛FC)とかが出ていて、いわゆる『湘南スタイル』を体現している時期でしたね」
――ボールを奪えるボランチ像は齊藤選手がお手本だった?
「それはめちゃくちゃありますね。未月くんはほんとにしつこいぐらいボールに対する執着心があったし、小柄なのに相手に負けずにボールを奪っていた。そこはほんとにお手本にしていました」
「使ってくれた」浮嶋監督、「教えてくれる」山口監督
――その後、田中選手は2019年に高2で2種登録となり、翌2020年に浮嶋敏監督のもとでJ1デビューし、出場を重ねます。当時サッカーのスタイルの変化は感じましたか?……
Profile
隈元 大吾
湘南ベルマーレを中心に取材、執筆。サッカー専門誌や一般誌、Web媒体等に寄稿するほか、クラブのオフィシャルハンドブックやマッチデイプログラム、企画等に携わる。著書に『監督・曺貴裁の指導論~選手を伸ばす30のエピソード』(産業能率大学出版部)など。