問われるのは「才能」以外の「能力」。日本人がヨーロッパで成功する条件
『戦術リストランテVI』発売記念!西部謙司のTACTICAL LIBRARY特別掲載#7
フットボリスタ初期から続く人気シリーズの書籍化最新作『戦術リストランテⅥ ストーミングvsポジショナルプレー』 発売を記念して、書籍に収録できなかった西部謙司さんの戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端を味わってほしい。
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日本人選手がヨーロッパで成功するための条件として、言葉や環境への適応力が挙げられる。その国の言語を話せる、文化に馴染めることはプラスになるが、それらは副次的要素に過ぎない。最も重要なのは言うまでもなく能力である。その点については日本人に限らず、韓国人でもベネズエラ人でも変わらない。逆に能力さえ飛び抜けていれば、その他のことは何とでもなる。
「才能」と「能力」の違い
ここでいう能力は才能とは別と考えていただきたい。その選手がどんな才能を持っているかは移籍が決まる際には非常に重要だが、それだけで活躍できるわけではない。例えば、ドリブルで2、3人を手玉に取れるぐらいの技術があるとする。誰でもできるわけではない、その選手の才能だ。ただ、その才能を発揮できる時間は多くて2、3分というところだろう。90分間の大半の時間はドリブルという才能を使えない。88分間ぐらいは、才能とは関係のないプレーになる。守備のポジションにつき、相手ボールを奪いに行く、味方のカバーをする、奪ったボールを的確に繋ぐなど、地味な仕事だ。
才能がプレミアリーグで通用するレベルなら、その選手はプレミアリーグでプレーできる可能性はある。ただ、実際にどのレベルでプレーできるかは才能以外のプレーによって決まる。才能以外のプレーは、最低でそのリーグの平均レベルがあればいい。才能はリーグでも上位レベル、才能以外は平均レベル。それがレギュラーでプレーできる能力の目安である。
ここまでは特に日本人がどうこうという話ではない。プレミアの英国人、ブンデスリーガのドイツ人でも同じだ。
日本人選手の平均的な問題点はパワーの不足である。もちろん例外はいるが、平均的に体のサイズは小さく、フィジカルコンタクトも強くない。スピードやスタミナはあるので、フィジカルが全部劣っているわけではないにしても、ざっくり括れば課題はフィジカルになる。
それが明確に出ているのが、ヨーロッパで活躍するGKとCBの少なさだ。どちらもポジションに要求される能力の第一がフィジカルなので、日本人選手の数は非常に少ない。GKでは川島永嗣、権田修一、シュミット・ダニエル、CBは吉田麻也、冨安健洋、植田直通がいるとはいえ、他のポジションに比べるとかなり少ない。才能以外の部分、例えばCBのフィード能力について日本人選手は及第点以上を取れるが、肝心の才能部分である空中戦、1対1の守備力で秀でていないのでオファーそのものがないわけだ。
SBについては要求されるフィジカルがスピードとスタミナなので、日本人にも優れた選手は多く、技術も高いので移籍は成立しやすく活躍もしている。酒井宏樹は2018-19のマルセイユではMVPに選出されていて、安西幸輝もポルティモネンセで高く評価されている。長友佑都、内田篤人も成功例だ。
ストライカーは大迫勇也、岡崎慎司、久保裕也、鈴木優磨などがプレーしていてGKやCBよりは多いが、純粋なゴールゲッターは少ない。ストライカーに求められる才能は何と言っても得点力だが、日本人FWはむしろそれ以外の部分での貢献を評価されている。得点力がないのではそもそもオファーが来ていないわけだが、移籍後に得点以外のアシストや守備などが評価されている。ブレーメンでの大迫はポストプレーや組み立て能力で不可欠の存在になっていたし、レスターが優勝した時の岡崎も献身性で貢献していた。
「才能」を伸ばす育成の弊害
移籍件数最多はMF、というより攻撃的MFだろう。かつての中田英寿、中村俊輔、小野伸二から現在の南野拓実、堂安律、中島翔哉、久保建英、安部裕葵、三好康児まで、最も日本人が移籍しやすいポジションと言える。ボランチの柴崎岳も含め、技術が高くクリエイティブな才能が買われている。中央よりもウイングハーフが多いが、自分の担当エリアはしっかり守れなければいけない。日本人MFの課題はまさに才能以外の部分で、主に守備力である。
守備力不足といっても、運動量やアジリティといったフィジカル不足もあれば、コンタクトでのパワー不足、あるいは守備戦術への理解不足、さらにそもそも守備意識そのものが希薄というケースもある。いずれにしても守備で穴になる選手は起用しにくい。才能は評価されても、2分間と88分間を天秤にかければ後者が重くなる道理だ。
大きな才能を持つ選手は育成年代を楽にプレーし過ぎている。将来を考えれば守備力も叩き込んだ方がいいのだろうが、指導者も才能を阻害したくないのと才能に頼るのとで、弱点を放置してしまいがちだ。これは日本に限った話ではない。ただ、各国にまたがるヨーロッパと日本では競争力が違う。弱点のある選手は、同じ才能で弱点のない選手によって淘汰されてしまうので生き残れない。日本一国の市場内では才能は貴重なので尊重され、才能以外の部分はそれほど問題にはされないが、20歳前後の移籍が増えるとすると、ヨーロッパで淘汰されてしまうケースも増えていくだろう。南野は適応している。中島はハミ出しているが、このまま破格路線で行くのか、適応へ舵を切るのかは興味深い。
Photo: Getty Images
Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。