ドイツサッカーに精通するモラス雅輝が徹底解説。ブンデス再開とガイドラインをめぐる論争
9月8日、JリーグがNPB(日本野球機構) との共同会見で、 上限5000人となっている観客動員制限の緩和を求める要望書の提出を明らかにした。チーム内クラスターの発生により一部試合が延期を余儀なくされながらも、大規模な感染拡大を起こすことなく開催を続けている。
一方で、Jリーグより早く再開した欧州各国リーグの多くでは、この9月から再開となる新シーズンも無観客開催から始める方向で動いている。各国リーグではどういった基準でコロナ対策、感染者が出た際の対応を策定しているのか。
ここでは昨シーズン、欧州各国リーグに先駆けて再開に踏み切ったブンデスリーガの例を紹介。最速でのリスタートが実現した背景にある、感染予防策をまとめた「ガイドライン」策定までの流れや詳細、それに対する是非について、ドイツサッカーのピッチ内外を熟知するモラス雅輝氏が解説したインタビューを特別公開する。
※このインタビューは2020年5月下旬に収録された
厳格ガイドラインが抱える「責任問題」
──モラスさんは16歳でドイツに渡り、現在も日本から現地の動向を追われています。まずは、日本でも大きく報じられたブンデスリーガのガイドラインについて概要を教えてください。
「まず、DFL(ドイツサッカーリーグ機構)とDFB(ドイツサッカー連盟)は『2020年4月から7月までのプロフェッショナルサッカーにおけるトレーニングおよび試合運営に関する医学的コンセプト』と『タスクフォース――プロフェッショナルサッカーにおけるスポーツ医学・特殊条件下における試合運営(スタジアム、トレーニング施設、ホテル、家庭における衛生管理)』という2つのガイドラインを作成し、4月から何度も何度もアップデートを重ねてきました。現在、それらは1つのガイドラインに統一されています。このガイドライン上では、例えば無観客時の試合運営では3つのゾーン――ゾーン1はピッチを含めたスタジアム内、ゾーン2がスタンド、ゾーン3がスタジアム周辺―― に区切って、選手やスタッフ、メディア関係者などの立ち入り人数に制限を設けています。ピッチ外の日常生活でも、家庭での衛生管理に厳しい規則があり、手洗いやくしゃみのエチケット、定期的な消毒、衛生用品の共有制限など細かく決められていますね」
──このガイドラインが決め手となって、早期再開が決まったんですよね。
「いえ、このガイドラインはドイツ政府と話し合いをするための最低条件でしかありませんでした。最終的に合意に漕ぎつけたのは政治的なロビー活動の結果だと言われていますね」
──ということは、その内容についてはまだ現地で議論が続いているんですね。具体的に、何が論点となっているのでしょうか?
「論点の1つは、ガイドラインの冒頭部分に『100%の安全を保障できるコンセプトではありません』と書かれていることですね。極端な話、『うまくいったらDFLのおかげ、うまくいかなかったら保険当局に責任を押しつける』という姿勢に見えてしまうので、実際に多くの政治家が疑問を投げかけているんです。ドイツ社会民主党のケビン・キューネルト副党首も、『DFLのコンセプトは一部のメディアと作成者本人から褒められ過ぎ、持ち上げられ過ぎている。できる限りのことをしたというのはよくわかるし、これは彼らの仕事でもあるが、このコンセプトを通してブンデスリーガがシーズンを終えられるかどうかは保険当局に責任があるというスタンスも見えている』と首をかしげています。同じくドイツ社会民主党のカール・ラウターバッハ氏も『DFLは我われのコンセプトはしっかりしているから再開に問題なしとの姿勢を取っているが、チーム全体が隔離になって試合延期になるかどうかの責任は保険当局にあるという責任回避もしている』と指摘しています。ドイツの地元紙や高級紙も『私の毛皮を洗え、しかし私を濡らすな』(『成功したら私のおかげ、失敗したら私の責任ではない』の意)という慣用句を使って、この責任問題を取り上げていました」
──もし早期再開が要因となって感染が拡大したとしても一切責任を取らないと。でも、このガイドラインは専門家が作成したものですよね?
「専門家が集まって作ったことは事実ですが、その最高責任者はDFBの医療委員会の委員長ティム・マイヤー教授ですし、そのメンバーの中にはドルトムントのチームドクターでもあるマルクス・ブラウン医学博士もいます。なので、ラウターバッハ氏が『DFL に対して疫学の専門家もコンセプトの作成に参加するべきと何度も伝えたがDFL は一切それを求めなかった』と嘆いていましたが、身内が作ったのではないかという批判はやはり出てしまっていますね。ただ、ガイドラインは現在もアップデートが続けられており、試合当日の中継班の行動にまで細かく規定があるくらい、厳格に定められているのも事実です」
──DFLは再開に向けてPCR検査の結果も発表していましたよね。第1回目では、ブンデスリーガ1部・2部の全36クラブが実施した計1724件のPCR検査のうち、陽性反応が出たのはわずか10件でした。
「そのレポートをしっかりと読んでみると、『弱い陽性』や『不明』という結果も多いんですよね。とはいえ、DFLはシーズン終了までに計2万5000~ 3万件のPCR検査を行うことも発表していました。定期的なPCR検査は再開をするにあたって絶対条件でしたし、再開前の検査で問題がなかったからシーズン終了までやる必要はないという話ではありません」
──「不明」というのはPCR検査がうまくいかなかったということですよね。検査方法に関する規定はうまく機能しているのでしょうか?
「ガイドラインには、『PCR 検査の実施における責任はチームドクターにある』という内容が書かれているんですけど、『誰が検査を実施するか』は明記されていないんです。ヘルタ・ベルリンのサロモン・カルー選手が自身のSNS 上で、チームメイトがPCR 検査を受けている映像を公開してしまいましたが、そこで検査を実施していたのはクラブドクターではありませんでした。検査経験のない理学療法士がやっていたそうです。しかもガイドラインには、政府の感染症専門機関であるロベルト・コッホ研究所が推奨する通りに検査するよう書かれているんですね。ロベルト・コッホ研究所は、『防護服・ゴーグル・マスクを装着して検査を実施すべき』と発表しているんですけど、あの映像ではマスクをしているだけでした」
──カルー選手が投稿した映像については、世界中で報じられていましたね。ガイドラインが遵守されていない疑惑が浮上してしまったと。
「ドイツ社会民主党をはじめとするドイツの野党はほぼ全員が再開に対して反対派で、以前から検査方法を不安視していたんです。だから、そのうちの1人であるラウターバッハ氏も『ヘルタ・ベルリンの例を見てもわかるように検査の実施は中立機関の専門家ではなく実際には専門知識や経験のないクラブスタッフが行っている。降格などチームが危険な状況に至ればPCR検査の結果を操作、もしくは単純に報告しない可能性は誰も否定できない』と懸念を強めています。ケルンの保健当局も『私たちは保険当局であって探偵事務所ではない。感染者が出た場合、クラブや選手が提出したプロトコルや情報を信用して隔離処置について判断することしかできない。彼らが正しい情報を我われに出していると信じるしかない』とコメントしていましたね。それに対して、与党やDFL は『あくまで1つのケースであり、それ以外のクラブでは正しく規定に基づいて検査が行われている』と反論しています」
──クラブが出した検査結果に応じて保健当局が隔離措置について判断する形を取っているんですね。
「ガイドラインには、『感染者が出た場合、その感染者とその濃厚接触者だけが隔離され、チーム全体が隔離される必要はない』と書かれていますが、感染者が出た場合に選手が隔離されるのか、チームが隔離されるのかを最終的に決めるのは、それぞれのクラブがある地域の保健当局、さらには選手が住んでいる地域の保健当局なんです。そこに、キューネルト副党首が『各地域の保険当局にもファン・サポーターの職員がいる。地元クラブの年間シートを購入している人もいる。では自分が応援しているクラブに感染者が出たら? 一部の職員が感情に流されて、もしくはクラブからの圧力によって論理的な判断ができなくなる可能性は誰も否定できない』と指摘しているように、彼らに政治的な圧力がかかることを心配する声も上がっています。選手は必ずしもチームがある地域に住んでいるわけではないので、保健当局で働くファン・サポーターがライバルクラブの選手やチームを意図的に隔離させることもできてしまう。そこに、リーグやクラブが圧力をかけない保証はどこにもないという話はかなり出てきていますね」
ブンデスとJリーグの間にある温度差
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Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista