フランス代表ビデオアナリストに聞くムバッペの凄み、理想のアタッカー育成
インタビュー:ティエリ・マルザレク
2018年のロシアW杯を制したレ・ブルー。決して表に出ることはないが、縁の下の力持ちとしてチームを支えるのがティエリ・マルザレク氏だ。「自分がいなくてもフランス代表は成り立つ。チームは監督あってこそ」と語る謙虚な人柄の53歳。週に数十本は試合のビデオを見て、コーチ陣に貴重な情報を提供する彼の仕事は、数々の栄光に大きく貢献している。
新型コロナウィルスの影響により、INF(クレールフォンテーヌ国立サッカー養成所)訪問取材が叶わなくなってしまったが、メールと電話で懇切丁寧に対応してくれた様子からも、この仕事に傾ける真摯な姿勢や情熱が伝わってきた。今日のサッカーに欠かすことのできないビデオ分析のスペシャリストに、現代サッカーにおけるアタッカーやゲームの潮流について伺った。
サッカーの変化とINFの育成哲学
── まず、フランスサッカーの特徴について教えてください。
「私が思うに、フランスサッカーの特徴はテクニックとスピードの融合にある。育成においても、テクニックの質を高めることは必須事項とされている。それからフランスの選手たちは早い段階から、バリエーションが豊富で、なおかつレベルの高い戦術に対応する思考を養われる。このことは、育成所を卒業してすぐに異なる対戦相手や様々な状況に臨機応変に対応できるようになるという点において、所属するチームの指導者にとっても彼ら自身にとっても非常に役立つものだ。
フランス代表に関して言えば、選手たちがいろいろなリーグで研鑽していることも、貴重な付加価値を与えてくれている。なぜなら、それぞれが各リーグの様々なセクションにおいて最高のプレーに接し、それをチームに持ち帰ることができるからだ」
── プレースタイル、とりわけ攻撃面に関しては、過去から現在にかけてどのような変化を遂げていますか?
「現代のサッカーでは、スペースは非常に限られている。高度にオーガナイズされた守備ブロックを破るには、スピードとテクニックを絶妙に調和させたプレーが不可欠だ。今日では多くのチームが、相手がボールをロストした瞬間からプレスをかける戦術を採用している。そのため、選手たちはパスを受ける前の時点で、受けた後にどう展開するかという明確な解決策を見つけておくことが欠かせない。それによって、どの位置でボールを呼び込むか、相手ディフェンスの間に生まれたフリースペースの中で、コンビを組む選手に対して自分がどう位置取りするか、という判断ができることに繋がっていく。ディフェンスもオフェンスもチーム全体に関係しているものであり、現代サッカーではそのどちらかで機能できない選手は使い物にならない、と判断される」
── その中で、例えばキリアン・ムバッペの凄い点というのは?
「キリアンは先ほど挙げた2つの必須要素、テクニックとスピードが見事に結合された選手だ。彼はINFのプレフォルマシオン(12~15歳の「前育成」)を受けているから、まずテクニックの基礎はしっかりしている。非常に動きが速く、戦術を的確に理解するインテリジェンスも備えている。そのため、有効なスペースを瞬時に判断してそこに滑り込むことができるのだ。
それに加えて特筆すべきは、揺らぐことのないサッカーへの絶対的なパッションを持っていることだ。彼は常に自分がどう成長できるかを模索しているし、非常にプロ意識が高い。しっかりしたご両親のおかげで、環境にも恵まれている。メディアやエージェント、スポンサーなど、外部からの様々な要求が避けられない現代のサッカー界において、良好な環境の中で育つということは、若手選手が成功するための非常に重要なファクターとも言える。トッププレーヤーになるまでの道のりは恐ろしく長い。そして、ひとたび到達できたとしても、そこにとどまり続けることはさらに厳しい。トップになり、それを継続するには、ハードワークをたゆまず続けなくてはならない」
── 選手たちと身近に関わる上で、なにか印象的なエピソードはありましたか?
「実際、面白い話は数多くあるんだ。そしてそれがみなさんにとって興味深いものであるのも重々承知しているのだが、これはチーム内での特別な出来事であって、私はチーム外に話すことはしたくないんだ。いつか本にでも書いたらいいのだろうが、それよりも、引退した後に孫たちに話して聞かせるとっておきの思い出として自分の中にとどめておくつもりだ。
ただ、これまで私が見てきた中で1つお話ししたいのは、今日、トップレベルにいる選手というのは、あらゆる面において非常にプロ意識が高いということだ。あらゆる面とはトレーニングや食生活、睡眠などの生活習慣、自己管理、ビデオでの学習などについて。当然ながら選手はそれぞれ性格も個性も違う。だからこそ“チーム”が作れる。忘れてはならないのは、サッカーはチームスポーツだということ。みなが一丸となり、各人が仲間のためにプレーすることを最優先にしたチームが、勝利をつかむことができる。効率的にチームを動かす上で、そのことが判断基準のトップでさえあるというのが私の意見だ。2018年のフランス代表や、2019年のリバプールはその最たる例だね。チームを分けるのは、一丸となって互いのためにプレーできる適正があるかないかだ。……
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。