不確実なサッカーで再現性を追求する、意外と古い「パターン攻撃」の歴史
『戦術リストランテVI』発売記念!西部謙司のTACTICAL LIBRARY特別掲載#2
フットボリスタ初期から続く人気シリーズの書籍化最新作『戦術リストランテⅥ ストーミングvsポジショナルプレー』 発売を記念して、書籍に収録できなかった西部謙司さんの戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端を味わってほしい。
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あらかじめ準備されたコンビネーションを使うパターン攻撃の威力を世界中に知らしめた例といえば、何と言っても1950年代のハンガリー代表になるだろう。
「偽9番」の起源
「マジック・マジャール」と呼ばれたハンガリーが使ったのは、いわゆる「偽9番」だった。CFナンドール・ヒデクチが下がり気味のポジションを取って相手のCBを釣り出し、守備の中央部に穴を空けた。偽9番の発想はすでにハンガリー以前にもあり、1940年代のリーベル・プレートがその先駆と言われているが、それより10年ほど前のオーストリア代表のマティアス・シンデラーはすでに偽9番的なCFだったという説もある。
ともあれ、ハンガリーのそれがひときわ有名になったのはその効果ゆえだろう。映像を確認した限りでは、ヒデクチの役割は後のローマにおけるフランチェスコ・トッティと似ている。同じ偽9番でもバルセロナのリオネル・メッシや、それ以前のヨハン・クライフ監督時代のミカエル・ラウドルップなどとは少し発想と機能性が違っている印象である。
ハンガリーの偽9番が最も効果を表すのはカウンターアタックの場面であり、ヒデクチは「偽」というより「9番」そのものの位置(最前線)にいる。そこへパスが入った時にヒデクチがボールを失わないことが前提になっていて、そこから主にサイドへ展開した後、空いている中央へフェレンツ・プスカシュ、サンドロ・コチシュのインナー・コンビなどがなだれ込んでいく形だ。中央がガラ空きになるのは、当時のDFは3人で構成していたから。まだリベロは一般的ではなかった。キープ力のあるヒデクチに対して、マークを担当するCBがボールを奪えないとなると、残りの2人は中央へ絞るポジショニングを余儀なくされる。そのことでサイドが空き、そこへ展開されると快足のウイングがサイドをえぐって一気にボールは中央へ折り返されるので、守備側の対応は間に合わないわけだ。
遅攻の時もヒデクチはトップの位置に固執せず、少し下がってプスカシュやコチシュなどと連係していた。もともとヒデクチのポジションはインサイドフォワードで、所属クラブのMTKでCFが欠場した時に代役を務め、その際に偶然生まれたコンビネーションが偽9番の発端だったという経緯がある。当時のハンガリーは代表強化のために、めぼしい選手をホンブドかMTKに集中させていた。MTKのアイディアはすぐに代表へ持ち込まれた。
ただ、ヒデクチが下がるのはもともとそれが本職だからで、遅攻の時のコンビネーションは即興に近いものだったように思う。
「状況」を設定し、選手の判断に任せる
バルセロナでクライフ監督が導入した偽9番はもう少し芸が細かい。ウイングを高い位置に張らせることで相手のSBを“ピン止め”する。サイドが上がらないとCBは上がれないので必然的にラインは低くなり、バイタルエリアが広がる。そこでCFに前を向かせるという手順だった。この時期はすでに4バックがメインなので、CBを1人釣り出しただけで中央のスペースがガラ空きになることはない。空きスペースの直撃よりも、その前面でドリブルを使って剥がせるアタッカーにボールを渡すことが主な目的だった。
バイタルエリア拡大の仕掛けでは、アーセン・ベンゲル監督のアーセナルがオーバーラップをよく使っていた。SBがサイドMFを追い越すことで相手のDFラインを下げ、それによってバイタルエリアを拡大する。オーバーラップでラインを押し込み、バイタルでセスク・ファブレガスなどにボールを渡すことで、相手に再びラインを上げるか下げたままにするかの選択を突きつけ、相手の出方に応じてスルーパス、2列目の飛び出しを使うロブなど、ラストパスの選択肢をあらかじめ用意していた。この方式は、ほぼそのままイビチャ・オシム監督が日本代表で採用している。
日本代表といえば、フィリップ・トルシエ監督が「ウェーブ」と称したDFの外へ膨らむ動きをFWへのクサビと組み合わせてパターン化していたし、アルベルト・ザッケローニ監督のビルドアップは今日のポジショナルプレーに近いものだった。主に左サイドで遠藤保仁がCBとSBの間に下りて後方ビルドアップの出口となり、左SB長友佑都が高い位置へ進出、左ウイングの香川真司が左のハーフスペースへ移動する。遠藤から長友へのパス、あるいは香川へのクサビという2つのルートを確保していた。
パターン攻撃はアメリカンフットボール、バスケットボール、ハンドボール、バレーボールでは当たり前のプレーだが、サッカーは足でボールを扱う不確実性とフィールドの広さから、セットプレー以外で完全にパターン化された攻撃アプローチはほぼ見られない。主流は状況を設定すること。その状況での相手の出方を見て、その裏を突くアイディアをいくつか用意しておくというものだ。状況設定をして見通しを良くする、選択肢も用意する、しかし最終的には選手の判断に任せるのがこれまでの主流である。
Photos: Getty Images
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Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。