【THIS IS MY CLUB】総力戦で優勝を目指す。ネルシーニョ監督が見据える2020シーズン
「DAZN Jリーグ推進委員会」では「THIS IS MY CLUB – FOR RESTART WITH LOVE – 」と称し、スポーツ・サッカー専門の18メディアによる共同企画として、Jリーグ全56クラブ、総勢100人以上への取材を実施。J1再開を目前にした選手やスタッフにマイクラブへの想いを紹介する。
今回話を伺ったのは、昨シーズンより再び柏レイソルを指揮するネルシーニョ監督。J1昇格後即優勝を果たした2011シーズンの再現に向けて、当時からの変化や再開後のチームマネジメントなどについて語ってもらった。
分析するための時間は十分取れた
――ブラジルにいらっしゃるご家族、ご親戚はみなさん、ご無事でしょうか?
「おかげさまで、みんな、健康そのものです。カンピーナスに90歳になる母親がいるんですけれども、母も変わらず元気です。日本では緊急事態宣言の下、自宅待機が求められていましたが、その間、ブラジルも同じような状況でした。母は3カ月、家から一歩も出ない生活が続いていましたけれども、しっかり生活できています。ブラジルは今のところ、コロナ禍が収束する気配が見られないので、非常に心配ではあるんですけれども、おかげさまで家族は元気に暮らしています」
――ネルシーニョ監督ご自身も高齢になられた今、異国の地でこうした未曽有の事態を経験されて、不安だったのではないかと思います。
「今70歳ですが、私くらいの年齢層が一番危険だと言われていましたので、政府などが発信する忠告をしっかり聞きながら、外出を控えて妻と自宅で生活していました。ただ、時間は十分あったので、レイソルの試合だけでなく、いろいろな試合を見直していました。我われの昨シーズンのゲームスタッツなども振り返りながら、いろんな角度から分析するための時間は十分取れたんじゃないかと。空いた時間をいかにうまく埋めるかが大事でしたから、普段はしないような家事の手伝いをしたり、何かで気を紛らわしたりしながら、気が滅入らないようにしていました」
――レイソルは2カ月近くトレーニングができなかったので、選手たちのフィジカルコンディションもさることながら、メンタル面のケアも非常に大事だったと思います。この中断期間、どんな働きかけをされていたのでしょうか?
「確かに我われは相当な日数活動ができませんでしたが、中断期間に入る前に体力を維持するためのメニューを一人ひとりに渡し、それを個別にやってもらいました。そして、ある時期から週2回のペースでZoomを使って筋トレを始めました。フィジカルコーチのディオゴ・リニャーレスの仕切りで、1時間から1時間15分くらいのワークアウト。その狙いは、フィットネス、フィジカルを落とさないこと以上に、画面を通してですが選手たちの状態を把握し、管理することにありました。また、顔を合わせることで少しでも精神的なストレスを和らげたいとも考えました。さらに、活動再開の日が近づくにつれて、同じくZoomを使って過去の試合を振り返ったり、カウンターだとか、組織的な守備だとか、テーマに沿った映像を選手たちに見せたりすることも継続的にやってきました」
タイトルを獲得するために勝ち続けるという考えは変わらない
――再開初戦のFC東京戦は、万全の状態で迎えられそうですか? それとも今シーズンは、戦いながらチームの状態を上げていこうと考えていますか?
「活動再開に向けてメディカルのスタッフ、現場のコーチングスタッフと何回も協議を繰り返し、クラブとしてのプロトコルを作りました。安全面を最も危惧していましたので、まずは7人4グループに分け、時間帯も変えて少人数のトレーニングを行ないました。次のフェーズでは14人2グループに、そして今はチーム全体でトレーニングを行っています。ラスト1週間はFC東京戦に向けたサイクルに入りますが、ここまではすべて想定内に収まっているんじゃないかと。ここまで練習試合を行っていませんのでゲーム感覚がどうなのか、あるいは、無観客という環境にどこまで適応できるかはわかりませんが、それ以外はプラン通り進んでいます」
――今年2月の北海道コンサドーレ札幌との開幕戦では、4-2と勝利しました。その試合で見せたプレッシングからのショートカウンターは、今季のレイソルの武器と言っていいですか?
「武器の1つであることは確かですが、我われの特徴はカウンターだけではありません。相手との戦いの中で臨機応変にアレンジできるチームだと思っています。スペースを空けるチームに対しては、素早く効率良く攻め上がってカウンターを見舞い、ラインを下げて守備を固めてくるチームに対しては、流動的に動いて相手の守備ラインを混乱させるといった駆け引きが必要になってきます。ゲームの流れを把握して、臨機応変に攻めの形を変えることが求められますが、それは昨シーズンもやってきたこと。だから、我われは昨年から何も変える必要はありません」
――前回レイソルを率いた2009〜14年は「ヴィトーリア」(ポルトガル語で勝利)を合言葉にしていましたが、今回はどんなキーワードを掲げているのでしょうか?
「そこは変わらないですね。勝者になるためには、勝利が必要です。その雰囲気というものは、日々のトレーニングからみんなで作っていくものです。我われはなんのために戦うのか。勝つためです。それは前回も今回も変わりません」
――今シーズンは降格がありません。未来への投資と考えて若手に多くのチャンスを与える判断もあると思います。ネルシーニョ監督はどうお考えですか?
「我われのフィロソフィは勝つことですから、レギュレーションがいかに変わろうと、タイトルを獲得するために勝ち続けるという考えは変わらないですね。降格がないといっても、我われが狙うステージは残留争いではなく、優勝争いです。それに来シーズンを見据えると言ったところで、来シーズンは今シーズンの続きですから、まずは今シーズンを全力で戦い抜きます。これほどの過密日程ですから、負傷者が出てくることも考えられる。だから、選手たちに口酸っぱく言っているのは、『今年はチームとしていかに戦い抜くことができるか。総力戦がカギになるぞ』と。だから、能力の高い若手はどんどん起用しますが、投資のためだけに起用することはありません。あくまでチームの必要性に応じて、選手をチョイスしていきます」
前回就任時との違い
――「ネルシーニョ監督がミーティングでマンチェスター・シティの映像を見せた。それは前回にはなかったことなので驚いた」と大谷秀和選手が話していました。レイソルを離れていた5年間で、指導方法やミーティングの仕方、選手へのアプローチの仕方も変わってきたのでしょうか?
「もちろん、変わることは必要だと思います。切り替えの“替える”ではなくて、日本語で言うところの“変化”は必要だと思っていて、新しいものを積み上げていく、経験値を高めていく姿勢は、指導者として大事なことです。ただ、マンチェスター・シティの映像を見せたというエピソードについては、我われがマンチェスター・シティのようにやりたいとか、なりたいということではありません。私がレイソルの選手たちに要求していることは、マンチェスター・シティの選手たちもやっていることだぞ、同じような課題意識を持って彼らも戦っているんだぞ、ということを教えるために映像を見せたわけです。当然、プレミアリーグのレベルは非常に高いわけですが、試合中に選手がやらなければならないタスクは、世界のどこでも変わらない。そういったことを選手たちに理解してもらいたいという意図で映像を見せました」
――前回の就任時に、ピッチで重要な役割を果たしていた栗澤僚一さんが今回、コーチングスタッフにいます。栗澤コーチはネルシーニョ監督にとってはどういう存在ですか?
「クリとは以前、監督と選手という立場で一緒に戦ったわけですが、18年12月に私がレイソルの監督に再び就任した時、布部(陽功) GM から『クリが引退したんですけど、コーチングスタッフとして監督と一緒に仕事をさせてほしいと希望しています。どうでしょうか』と聞かれ、私はすぐに『ぜひとも連れて来い』と返答しました。選手時代の彼は、チームのために全力を尽くして戦ってくれた。彼の人間性はよくわかっているので、指導者としても素晴らしい働きをしてくれるに違いないと思ったわけです。クリや(ヘッドコーチの)井原(正巳)とは技術的、戦術的な部分において積極的に意見交換しています。他のスタッフもそうですが、選手たちがよりやりやすい環境をしっかり作ってくれているので、感謝しています」
――前回はネルシーニョ監督の下で酒井宏樹選手が大きく成長し、ヨーロッパに旅立って行きました。同じくアカデミー出身の生え抜きである古賀太陽選手も、同じように飛躍できそうですか?
「確かに2人は似ていますね。偶然にもSBという同じポジションですが、それ以外にもパワーや技術など、特徴が凄く似ていると思います。あと、なんと言っても、人間力ですね。太陽も酒井と同じように優れた人間力や自己犠牲の精神を備え、チームのために献身的に戦える選手です。そして、人の意見を聞く耳も持っている。そうした彼のポテンシャルは、確かにかつての酒井を連想させるものがあります。非常に将来有望な選手であることは間違いないですね」
――レイソルサポーターが期待するのは、11年シーズンの再現だと思います。そのために大事になるポイントはなんでしょうか?
「もう一度勝者になるために我われは今、準備をしています。選手たちもイレギュラーな事態が続く中で、しっかりやってくれていますが、この先も変化にうまくアダプトしていかないといけない状況が続くと思うんですね。無観客で試合が行われることも1つ。普段は練習場にたくさんのサポーターがいらして、選手に温かい言葉をかけてくれるんですが、そうした環境が失われていることも1つ。みなさんから目に見えるサポートを受けることはできませんが、一方で、映像で我われの試合を見てくれる人数は劇的に増えるんじゃないかと。我われの試合を『DAZN』で見ながら、手に汗握り、応援してくれる方が増えるんじゃないかと。そうした見えないサポーターの存在を、我われは強く意識しながら戦っていく必要があると思います。
――ネルシーニョ監督にとってレイソルサポーターとは、どんな存在でしょうか?
「彼らに対してのリスペクトは、言葉で表現しづらいものがあります。前回指揮を執った際にも、いい時も悪い時も、我われを信じて、背中を押し続けてくれました。過去、レイソルが積み上げてきた勝利において、彼らの貢献がどれほど大きかったか、私にはよくわかっています。彼らの存在は、我われにとって尊いもの。その彼らに勝利を届けるためにも、最善の準備をして今シーズンを戦っていきたいと思っています」
Photos: Getty Images
Profile
飯尾 篤史
大学卒業後、編集プロダクションを経て、『週刊サッカーダイジェスト』の編集記者に。2012年からフリーランスに転身し、W杯やオリンピックをはじめ、国内外のサッカーシーンを中心に精力的な取材活動を続けている。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』などがある。