2018年10月にモスクワ市内で2件の暴行事件を起こして逮捕されていた元ロシア代表アレクサンドル・ココリンとパベル・ママエフの仮釈放が昨年9月に認められた。当初はサッカー界からの追放もやむなしという声が大勢を占めていたが、現役選手たちによる支援もあってココリンはゼニトと再契約、ママエフはロストフでの現役続行が決まった。10カ月の更生施設生活によって反省が認められ、いちおうの禊(みそぎ)が済んだという形だ。
そもそもの原因は、彼らが一晩中クラブで飲み明かした大量の酒。ゴルバチョフの時代には国の衰退の元凶として禁酒キャンペーンを行ったものの、密造酒の技術が飛躍的に向上してすぐに取り止めたほど世界有数のアルコール消費国であるロシアでは、酒によってキャリアを棒に振ったサッカー選手は枚挙にいとまがない。カールスルーエやニュルンベルクで活躍したFWイバン・サエンコのような代表経験を持つ選手でさえもケガをきっかけに酒に溺れ、現役時代の晩年はホームレスのような状態だったという。一昨年もロコモティフ・モスクワのユースチームに在籍していた18歳のアレクセイ・ロマキンが泥酔したまま公園で眠り込み、翌日凍死状態で発見された。現在のロシア代表においても空港の検査で揉めて搭乗を拒否されたGKアンドレイ・ルニョフや、飲酒運転の検問の際に警官に暴言を吐いて拘留されたMFアレクセイ・イオノフなど酒が発端となった「前科」を持つ選手が含まれ、期待されたほどの活躍ができず伸び悩んでいる。
国を挙げた酒離れ
酒が尽きたらアルコールが含まれるオーデコロンや殺虫剤すら飲んでいたソ連時代を経て、男性の平均寿命は60歳を下回っていた。状況の改善を目指してプーチン大統領が登場した2000年以降、政府は国民の酒離れに取り組む。02年の日韓W杯のGSで日本代表に敗れた際にモスクワで酔っ払った若者たちが大規模な暴動を引き起こしたことがきっかけとなり、04年にはアルコール商品の広告が世間から姿を消し、05年にはスタジアムでの酒類の販売が禁止された。12年には全国的に商店における夜間のアルコール販売ができなくなり、飲酒運転の取り締まりも強化。その結果、WHOの報告によればロシアの飲酒量は03年~16年の間に43%も低下した。例外的に販売が認められた18年のW杯で大きな混乱がなかったことから、今季からスタジアムでは収益増のためにビールの販売が再開された。
ロシア代表合宿では飲酒を禁じてはいないが、飲む選手はいないという。スタニスラフ・チェルチェソフ監督は現役時代、ソ連代表の守護神だったリナト・ダサエフと同部屋になり、毎晩飲み歩く先輩を反面教師として酒には一切手を出さず。昨年のW杯でブレイクしたFWアルチョム・ジュバも豪快な見た目とは裏腹に「ウォッカは人生で一回試しただけ。甘いものが好きなんだ」と意外な一面を明かしている。
どうやらロシア人選手が成功するためには、酒との距離の取り方が鍵を握っているようである。
Photos: Naoya Shinozaki, Bongarts/Getty Images, Getty Images
Profile
篠崎 直也
1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。