遠藤保仁の『ウー提案』って何?「惜しいシーンはため息ではなく…」
「惜しいシーンがあった時、ため息に近い『あ~』という声ではなく、このスタジアムでは選手を奮起、促す意味で、低音で『ウー』という声にしてみませんか?」
2018年、ガンバ大阪所属の遠藤保仁選手から提案されたこのリアクションはサポーターに定着。スタジアムでの一体感を醸成する上で欠かせない要素となっている。この提案はどのような経緯で行われたのか。そして、この事例から考えるクラブとサポーターの関係性とは。ガンバ大阪広報課所属の奥永憲治氏、施設運営課の松浦悠紀氏に話を伺った。
パナソニックスタジアム完成がきっかけ
――遠藤選手の『ウー提案』は2018年のJリーグ開幕戦から始まったと認識していますが、経緯を教えてもらえますか?
松浦「きっかけは2015年に収録したスカパー!の『GAMBA FAMiLY』という番組までさかのぼります。遠藤選手が『サポーター』というお題でトークする中で、ブラジル留学やコンフェデ杯での経験を振り返って、むこうのスタジアムでは惜しいシーンがあった時に『あ~』ではなく『ウー』という声があがったことが印象的だったと語っていて。『ウー』という声を聞いて気持ちが盛り上がったと話していました」
――そこから3年が過ぎて提案に至った。
松浦「サポーターには2016年シーズンを迎えるタイミングで提案させて頂きました。(サポーターにも)了承頂いて、最初はサポーター主導で2年間くらい実施していたのですが、2018年にもっと周知しようという方針の下、スタジアムのビジョンやSNS等で本人(遠藤選手)にも出演頂いた動画を流したという経緯ですね」
――2016年は新スタジアムが完成したタイミングです。それも契機になっていますか?
松浦「それは遠藤選手も話していました。素晴らしい新スタジアムが出来たので、これを機に応援でもさらに良い雰囲気をつくってもらえればありがたいと」
――新スタジアム完成によってクラブとして応援に対するポリシーが変化した部分はありますか?ゴール裏の座席数が増え、照明による演出が出来るようになるなど、サポーターとの連携がより一層必要になった側面もあるのではないかと。
松浦「選手を鼓舞してスタジアムに一体感をもたらす応援。そこは基本的には変わらないのですが、スタジアムの収容人数が増えたので、新しいお客様を開拓する意味でも演出や試合前のイベントなどに力を入れ始めたという部分はありますね」
――『ウー提案』はその応援コンセプトにも沿っていますし、浸透している印象です。
松浦「今はホームだけではなく、アウェイでも『ウー』の声が聞こえますし、これによって良い雰囲気をつくれるなというのは実感しています。遠藤選手の発信力もそうですし、SNSによる拡散力の影響も大きかったです」
――ガンバ大阪サポーターはイタリアのアタランタをモデルとした“戦う”雰囲気が強い応援スタイルを持っていますが、そのスタイルとの親和性の高さもあったのではないかと思います。
奥永「そうですね。サポーターが応援している理由は色々あると思いますが、やはり一番はチームが勝って欲しいからであって、こういう積み重ねで選手とサポーターが良い関係を築いていければいいですね。あと、『ウー』のルーツはブラジルですが、新スタジアムが出来たタイミングで(サポーター側に)オリジナリティのある応援を出したいという想いもあったのかもしれません。万博(記念競技場)でこれをやっても屋根がないから(声が)反響しないし、定着しなかった可能性もある。そういう意味では色んなタイミングが合致して良い方向に向かったと思います」
――選手・クラブからオフィシャルな形でサポーターに応援に関する提案があったのは初めての事例ですか?
奥永「コレオグラフィーなどは(クラブとサポーターが)お互いにコミュニケーションを取りながら実施した実績はありますが、『ウー』の規模で提案したのは初めてですね」
――『ウー提案』自体は結果的にも素晴らしいと思う一方で、サポーターによる“応援の自治性”についてはいかがお考えでしょうか?
松浦「そこは意識しています。応援はクラブとして押し付けるものではありません。サポーターとのコミュニケーションの中で(応援の)方向性は揃えたいというのが基本的なスタンス。お願いしたいのはルールを守り、一体感をもってチームを後押しして頂きたいということ。太鼓がどうとか、チャントがどうとかは言いません。やり方はお任せします。だから、『ウー』に関してもクラブから広報することに対しては少し抵抗がありました。ただ、サポーター側からも色々提案頂けたことがきっかけとなって、今回の形(スタジアムビジョンやSNSでの周知)になりました」
サポーターの応援がないと成立しない
――今後、クラブとサポーターはどのような関係性であるべきなのでしょうか?クラブにとってサポーターはお客様なのか、それとも仲間なのか。それを考える前提として「サポーター」をどのように定義するのかで違ってくる部分もあります。ゴール裏で応援しているサポーターと、メインスタンドでお弁当を食べているサポーターを一括りで捉えることはできません。
奥永「仰る通りで、サポーターの定義は難しい。残念ながらガンバ大阪として明確な定義は現状ありません。運営担当(松浦)が話すサポーターはゴール裏で拡声器を持って太鼓を叩いて、応援を統率してくれている方々。けど、ゴール裏以外で応援している方もサポーターです。そうなると、私の中では『クラブのことを理解して、一緒に活動していく意思を持っている人』……コアな人という表現が正しいのか分かりませんが、そういう方がサポーターなのかなと考えています」
――「ファンベース」という言葉で表現されることが増えていますが、例えば横浜F・マリノスが取り組んでいる『沸騰プロジェクト』など、サポーターを仲間として捉え、彼らの力も借りる形でアウトプットを行うアプローチはクラブとして今後考えていますか?
奥永「ファンベースは最近のトレンドワードですが、Jリーグにおいては元々その考え方を持っていたように思います。要は(Jリーグは)サポーターの応援がないと成立しないコンテンツ。特にゴール裏で応援する人達を仲間として接することでお金ではつくり出せないスタジアムの雰囲気を生み出すことができる。そういう意味では昔からコアなファンを大切にするというファンベースのようなアプロ―チは意識的ではないかもしれませんが、行っているのだと思います。その上で、最近のマリノスさんをはじめ、色んなクラブが行っているのは、ゴール裏以外の人も含めたサポーターの協力をどのように増やしていくのかということ。次のフェーズに入ったという印象です」
松浦「私は応援を統率しているサポーター連合と話す機会が多いこともあるので、特にその(サポーターを仲間として捉える)意識はありますね。奥永も話しましたが、スタジアムの雰囲気をつくっているのは彼ら。クラブ側だけでは絶対に実現できない。彼らとはコミュニケーションを密にとる事を心がけています」
――つまり、サポーターの属性によってクラブ側からのアプローチは変える必要がある。「マグロの解体ショー」を提供しながら、サポーター連合と「コレオグラフィー」の準備も行う。クラブ側は大変ですね。
奥永「両方ともしっかりとやらなければならないことなので、クラブ内では顧客創造部や運営、広報などそれぞれの担当部署がしっかり考えていきます。その中でマリノスさんのようなサポーターと一緒に企画するような形も今後はやっていかなければならないと考えています。聞いた話ですが、飲食店などでも常連客は特別扱いではなくて『これ、お客様のところに持って行って』とか『そこ片付けて』のようなコミュニケーションの方が喜んでくれるみたいで。お客様ではなく仲間としてこっち(クラブ)側にいつに引き込むか。そういうアプローチと平行してマーケティング的なことも行う。そこは別に喧嘩するものではなくて、同時にやっていこうと思っています」
――マーケティング的なことでいえば、ガンバ大阪は今シーズン『Jリーグ デジタル殊勲賞』を受賞しました。サポーターとの接点ではSNSをここ1~2年、積極的に活用されるようになった印象もあります。
奥永「格式ばったものではなく、カジュアルにコミュニケーションを取るツールがあってもいい。『#ガンバ写真部』というサポーターにガンバ関連の写真の投稿を促すSNS上の活動があるのですが、共通の言語までは言い過ぎかもしれませんが、キーワードがあるとより盛り上がりますね」
――まずはSNSでクラブとサポーターの相互性が促進されて、新しいアウトプットが生まれそうな予感がします。
奥永「これ以上は秘密ですね(笑)。今日の段階では考えています……くらいまでで。パナソニックさんも協力してくれるという話もでているので、デジタルとアナログを上手く連動させながら面白いことが実現できればいいですね」
サポーターが持つポテンシャルとリスク
――ゴール裏のサポーターがメインになりますが、ガンバ大阪サポーターは過去いくつかのトラブルを起こしています。その結果、現在はスタジアムでの掲出物が事前申請制になるなど一部規制をかける状態が続いています。そうした背景もふまえつつ、クラブはサポーターとの現状の関係性をどのような状態だと捉えていますか?
松浦「私は良い状態になっていると思っています。お互いに思っていることは気を遣わずに言い合える。もちろん、意見が分かれる部分はありますがお互いを理解しながら落としどころを見つけているので納得感はあります」
――コミュニケーションは双方向なのでお互いの信頼関係が大切になります。松浦さんが話すサポーターとは「サポーター連合」を指していると思いますが、視野を広げるとサポーターミーティングや負け試合時で罵声を浴びせるサポーターがいるなど、常に関係性が壊れるリスクを含んでいる状態に見えます。サポーター側からの歩み寄りの必要性についてクラブはどのようにお考えですか?
奥永「クラブ側から何かを話すのは非常に難しいですね。松浦が向き合っているサポーターはクラブのことを理解してくれて、ポジティブなコミュニケーションを取れるようになった。一方、これは一般論として聞いて頂きたいですが、SNSの影響もあって『言ったもん勝ち』みたいな状況も生まれているのかなと。お客様は全員が神様ということではなく、クレーマーはお客様ではありませんと一線を引くのが日本企業は苦手であることも場が荒れる原因の1つかなと思います」
――ガンバサポーターが少し荒っぽい性格を持っている背景に戦うことを前面に押し出した応援スタイルの影響はあると思いますか?
松浦「間違いなくありますね。ただ、その魅力でお客様が増えたことも事実です。さきほどもサポーターの自治性について話しましたが、基本的にはサポーターが今の(戦う)スタイルを継続する意思を持っている以上、そこは尊重しつつも、時代と共に変化が必要な部分があることも(サポーターは)理解してくれていると思います」
――難しいテーマになればなるほど、クラブとしてコミュニケーションの相手が限定されるのは仕方ないことだと思います。対象を広げるとリスクも抱えることになる。ただ、それではクラブとしての考えをサポーター全体に周知できない。そうした中で双方向ではない一方的なクラブからの発信という選択肢はないですか?
奥永「それは考えてみてもいいかもしれませんね。資料をWEB上に公開する。YouTubeで動画を配信する。検討します」
――ゴール裏ではない場所で応援しているサポーターと話すと「クラブの力になりたい。ただ、クラブが何を求めているのか分からない」という声を聞くことがあります。基本指針のようなことだけでもクラブから発信してもらえる喜びはあると思います。
奥永「スタジアムに友達をたくさん連れてきてもらって、少しでもお金を使ってもらって……(笑)。それは冗談ですけど、その気持ちは本当にありがたいですね。さきほどの話に戻るのかもしれませんが、クラブがそういう人達をいかに巻き込んでいくのかを真剣に考える時期に来ているのでしょうね」
――パナソニックスタジアムはサポーターの声を反映してホーム側のゴール裏にはVIPルーム層がなく一体感のある応援がしやすい構造になっています。クラブとサポーターの相互理解が深まれば、このような素晴らしいアウトプットがまた生まれてくるはずです。
奥永「そうですね。クラブだけでもなく、サポーターだけでもなく、一緒により良いものを作っていくことが大切だと思っています。そこは間違いなく共通認識になりつつあると思いますよ」
――では、最後にサポーターに対してメッセージを頂けますか?
松浦「万博(記念競技場)時代からホームは強かったですが、2019シーズンもリーグ戦ではパナスタで5月以降負けていません。これは間違いなく一体感を持って選手の後押しをして頂いているサポーターの力のおかげです。いつもよりちょっとだけ声を出してくれる、手拍子をしてくれるだけでも3万人あつまれば凄い力になる。是非1人でも多くの方をスタジアムに誘って来てください」
奥永「今シーズン、パナスタのリーグ戦平均観客数は27,708人を記録して、ガンバ大阪としては過去最高です。昨シーズンと成績的にはあまり変わらない中で約4,000人増えているのは、逆に捉えると増えているからこそこの成績で留まれたのかもしれない。これだけ多くの方に来て頂けているのは非常にありがたいことです。ただ、もっと増えればもっと勝てるかもしれない。我々ももっと楽しいスタジアム作りを目指すので、皆さんも楽しんでもらって、1人でも多くの方を連れてきて頂ければ嬉しいですね。そして、本日の取材でご指摘頂いた通り、クラブとしてまだまだ発信が足りていないところは多々あると思いますので、その点は努力しながらやっていきたいと思いますので、引き続き宜しくお願い致します」
KENJI OKUNAGA
奥永憲治(写真左)
1975年8月1日生まれ。大阪府出身。大阪市立大学卒業後、大阪体育大学大学院へ進学し、スポーツマネジメントを専攻する。大学院修了後、2001年からガンバ大阪へ入社。パートナー担当や運営担当、ホームタウン担当、チケット担当を経て、2013年より広報担当を務める。
HISANORI MATSUURA
松浦悠紀(写真右)
1987年6月27日生まれ。滋賀県出身。滋賀大学卒業後、銀行での勤務を経て、2012年からガンバ大阪へ入社。ホームタウン担当を経て、2014年より試合運営担当を務める。
Photos: Getty Images,Koichi Tamari
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime