トリコロールが手にした必然 。「すべてはマリノスのために」で繋がる一体感
アディショナルタイムで歌い始めた「We are F・Marinos」のチャントから涙が止まらなかった――横浜F・マリノスは15年ぶり、4度目の優勝。今年のマリノスの強さについては既に多数の分析が為されている通り。特筆すべきは「一体感」だ。これはどこから生まれたものなのか。サポーター目線からこの抽象的な言葉を噛み砕き、マリノスのオフ・ザ・ピッチでの強さを解読する。
マンチェスター・シティ戦で一体感
2019年7月27日、シティ・フットボールグループと提携以降、ファンが熱望していたマンチェスター・シティとの対戦が行われた。この試合が今年のマリノスのターニングポイントであったように思える。それもそのはず、自分たちのやってきたサッカーの答え合わせとも言える絶好の機会だったのだ。
シティ・フットボールグループのサポートによって、堅守が伝統だったマリノスに日本では珍しいスタイルを落としこまれた選手は困惑した。私たちが急にフランス料理を作れと言われるようなものだ。いくら料理上手だとしても日常の炊事とはやり方が違う。レシピしか知らずに手探りでやってきたスタイルを数年かけて形にして、やっと本場のシェフの料理を味わう機会に恵まれたのである。
試合前日、マンチェスター・シティの公開練習では普段マリノスで使っている道具を工夫しながらマンチェスターでの練習と差異なく落とし込む様子にマリノス関係者も学びがあったようだ。横浜に来てもらえたからこそ得られたものである。
試合はテレビの中の遠い世界だったマンチェスター・シティのサッカー相手に互角に渡り合った。この試合以降マリノスは起用メンバーやスタイルも変えて、後半の怒涛の連勝に繋げている。普段Jリーグを観戦しない観客層を対象とした興行としてだけではなく、マリノスが自信をつけるきっかけにもなっていたのだ。
エリク・モンバエルツ料理長が下ごしらえを担当し、アンジェ・ポステコグルー料理長が盛り付けするとびっきりのレストランは無事に星を獲得した。
スタジアムグルメで一体感
スタジアムグルメ統括会社のCDAケータリングもクラブとサポーターを繋ぐ役割として活躍している。
今年1月、スポンサー契約が発表されたその日に「#横浜Fマリノススタグルopinion 」というハッシュタグを使ってスタジアムグルメの希望をヒアリング。サポーターから希望があった店舗にスピード交渉をして、人気グルメの「喜作」や、有名店の「大木屋」「加藤牛肉店」などを呼び込む仕事ぶりが話題を呼んだ。一部サポーター内では「マリノス最大の補強!」と囁かれているほどである。
この会社、ただキッチンカーを並べるだけでは終わらない。試合日はキッチンカー付近で階段座り込みが常態化しており、足の不自由なサポーターが階段の手すりを使用できず困っていた旨をツイートしたところ、サポーター経由でその情報を知ったCDAケータリングが階段に仕切りと張り紙を用意。座り込みを穏やかに諭す呼びかけをしたことでスタジアム全体に思いやりの空気が生まれた。以降、サポーター内では階段以外でもバリアフリー関連で困っている人達がいないか自主的に考えるツイートが増えたのである。このようにTwitter上でのコミュニケーションが密で、サポーターの意見に耳を傾け出来る限り応えようとする姿勢が信頼関係に繋がった。
以前、フットボリスタでサポーター参加型企画の横浜沸騰プロジェクトが紹介されたが、この取り組みが成功したのはCDAケータリングへの窓口がTwitterだったことも一因だと思える。沸騰プロジェクトで扱うテーマに興味が持てなかった人も、自分の胃袋を満たす欲求には一家言ある場合が多く、Twitterで意見が集まりやすかったこと。サポーターの立場から何か意見をした際、クレーマー扱いをされてしまいやすいところで公式側から意見を求め、耳を傾けてもらえた安心感。周りの人たちも建設的な意見を書いているのでアイデアがひらめく土壌が出来、相乗効果でTwitter上での意見交換が活発化したように見えた。
そうして意見を肯定され、満足度のあがったサポーターは応援への力が倍増。ラグビー開催で日産スタジアムが使えない期間が多かったにも関わらず、来場者数を前年度に比べて増やしている。こちらは傾聴のコミュニケーションとしてのSNSの王者であった。
SNSを活用する選手のおかげで一体感
SNSの使い方が上手いのはスポンサー企業だけではない。選手もSNSを使いこなしてサポーターとの距離を縮めたのだ。
以前のマリノスの弱点は選手の発信力であった。サポーターはその発信力の不足も「競技に集中しているのだろう」と前向きに捉え不満こそ出さなかったが、あまりに選手像やチームの雰囲気がミステリアスだったためにオフシーズンの移籍では代理人の言葉に左右されてしまうこともあった。
しかし、ここ数年に加入した選手はどの国籍の選手であってもSNSに慣れており、日常の様子から怪我のリハビリ明けで日本に帰ってきてくれる様子まで知らせてくれる。中にはスポンサー商品の宣伝を積極的に行う選手や、横浜の街のレストラン情報を募集して地域活性に繋げる選手もおり、マリノスの営業活動にも好影響があるようだ。
特筆すべきは大津祐樹選手だろう。彼は最終戦で発売が発表されたタオルマフラーの色が暗い色で「ゴール裏をトリコロールに染めたかったのに」とがっかりした一部サポーターの声を拾い上げ、ネット上で「大津、動いてみましょう」と企画化。すぐにクラブにかけあい、数時間後に同じデザインのタオルマフラーのトリコロールカラーも発売したのだ。
一連の行動を見たサポーターは大津選手に報いるため、発売日のオンラインショップにアクセス殺到しサーバーを落とす。もちろん、タオルマフラーは両カラーともに完売 。最終戦ではタオルマフラーでいっぱいの光景が見られた。
SNSでコミュニケーションを取るとは何もサポーターとリプライやDMを送りあうことではない。我々サポーターがキュンとするのは車でバックする時に手を回す仕草ではなく「ユニフォームのエンブレムをトントン」のようなクラブロイヤリティなのである。大津選手のような高度な企画化でなくとも、クラブへの愛情や普段の考え方を見せてくれるだけでサポーターの安心感につながるのだ。そして、安心感は「応援したい!」という気持ちに変わる。 プレー面も人間性も頼もしく今ではクラブに欠かせない存在の大津選手。インスタグラムの動画で「アイスの当たりの星が出ない!」と言っていたが、マリノスで星をつかんだ。
現役レジェンドで一体感
これだけ個性も国籍もバラバラの選手が集まり、伝統のスタイルも一新したマリノス。普通なら空中分解してもおかしくないのだが、不思議とまとまっていたのはマリノス君の影響も大きいだろう。筆者がマスコット好きだから無茶苦茶な理論を言っている、と思われるかもしれないが、彼はマリノスの創成期からクラブを見守ってきた存在なのである。
YouTube内映像コンテンツ「まりびと」でマリノス君が取り上げられた際、仲川輝人選手が「出場機会がなかった時に『しっかり準備しておけ』と声をかけてもらった。待つことの大事さを教えてもらい、活躍すれば褒めてもらえたので今の自分がある」と語っている。ピッチとピッチ外を繋ぐマスコットだったからこその活躍と言えるだろう。
近年、ナイキなどの大企業では「Chief Storytelling Officer(通称CSO)」と呼ばれる役職を設けており組織のストーリーを社内外に発信しているのだが、マリノス君は自然とCSOの役割を果たしていたのである。
昨年在籍していたウーゴヴィエイラ選手が勝利後にピッチ上で円陣を組む伝統を作ったが、マスコットも一緒に戦っているからとその輪にマリノス君を率先して入れた。時代とともに組織の変化は確実に起こる。外部組織が入ってもクラブの伝統を語り継げる人物がいたことこそが、我々の誇りを守りぬく結果に結びついたのだ。
勝者のメンタリティで一体感
2019年1月の新体制発表会でスポーティングディレクターの小倉勉氏は「近年のカップ戦の決勝敗退を受けて、新加入選手は各カテゴリから優勝経験のある選手を集めた」と語っていた。その補強ポイントが功を制したのはサポーターから見ても明らかだ。今年のマリノスの選手はとにかく「フォアザチームの精神」が垣間見える場面が多かったのである。
マルコスジュニオール選手は通常、交代の際は釈然としない顔をするのだが最終戦で自身の得点王記録がかかっているにも関わらず、GKパクイルギュ選手の退場交代で自分が下げられた際は嫌な顔1つせず、ピッチにお辞儀をしてベンチに戻った。
また、親会社の経営不振を少しでもポジティブに変えるため23(ニッサン)の背番号をつけて自分の活躍で盛り上げると宣言した仲川輝人選手はJリーグ最優秀選手と得点王に輝いた。これらが「言われてやったこと」ではなく「自らが納得して起こした行動」ということに注目したい。
チームは人間の集合体だ。その集合体の意識が環境を作り、居心地や愛着を生み出す。文化もバックグラウンドも違う人たちが集まれば最初はギクシャクするだろうが、1人1人がチームの為に献身している姿が伝播して良い循環が生まれたように見える。
「勝者のメンタリティ」という言葉があるが、それは「偉そうに振舞うこと」「冷徹に勝利だけを追い求めること」ではないように思えるのだ。シーズン半ば、試合後の集合写真の顔がみんな笑顔だったことに「今年のマリノスはいい感じ」というぼんやりとした感想しか持てていなかったが、それは間違いでなかった。誰かを見返すための勝利でなく、支えてくれるクラブ関係者全員に報いたい、というプラスのエネルギーこそが勝者のメンタリティの本質だったように思える。
多様な選手が集まるピッチ、多様な観客が集まるスタジアム。考え方の違う人々を1つにするのは容易ではないが「好きなクラブに関わる人達が幸せであること」という同じゴールを目指してそれぞれの方法で向かってきた。その待ち合わせ場所が優勝だったのである。サポーターにとって辛い移籍シーズンがはじまったが、波乱に耐えてこそ一体感は生まれる。また来年以降もこの「待ち合わせ場所」で会えるように今は強く生きよう。
Photos: Getty Images
Profile
ささゆか
1988年東京生まれ、フェリス女学院大学卒。 外資インフラ広報経験を活かしたマーケティング考察やマスコット情報、サッカーを取り巻く社会問題を中心に執筆・イベント出演など活動中。YouTube「ささゆかチャンネル」では記事の印象とは違う素顔が楽しめる。夢は沢山の海外クラブストアを巡り、世界中のマスコットと会うこと。