2019年12月9日、ロシアとの間で2014年から続いていた紛争について、2019年中に停戦することで合意に至ったウクライナ。政治的に大きな一歩を踏み出すことになった彼らに今年、スポーツ面で希望をもたらしたのがEURO2020出場決定だった。騒乱が続き国内は疲弊、サッカー界にも影響が及ぶ中で快挙を達成できた理由とは。
10月14日、ウクライナ代表はEURO2020欧州予選でポルトガルに勝利し、前回王者を抑えて首位で本大会出場を決めた。この快挙に、MFオレクサンドル・ジンチェンコは他の選手たちのインタビューに割り込んで絶叫。中継スタジオに招かれた際もカメラを独占して歌い続け、その「泥酔しているような」大騒ぎが世界中に配信され話題となった。
3大会連続でW杯出場を逃しているウクライナにとって、EUROは自国をアピールできる貴重な国際舞台。経済の低迷により苦しい生活が続く多くの国民に明るいニュースを届けることができた選手たちの喜びは格別だ。今年6月にはU-20代表がW杯初制覇を成し遂げており、サッカー協会のアンドリー・パベルコ会長は「2019年は我が国のサッカー史上最も成功を収めた年」と胸を張った。
騒乱の思わぬ“影響”
ヨセフ・サボ前代表監督は「明日EUROが開催されればGS突破は確実」と初めてストレートインで出場権を獲得した現代表の実力に太鼓判を押す。躍進の要因はいくつか挙げられるが、まずは国外でプレーする選手の増加だろう。2014年のウクライナ騒乱以降、国内リーグは衰退。まともなサッカーができるのはディナモ・キエフとシャフタールの2強だけで、若手たちはベルギーなど欧州各国に活躍の場を求めた。ハングリーな環境から出発した彼らは各クラブで頭角を現す。特にマンチェスター・シティで主力の一員となったジンチェンコの存在は大きく、世界有数の強豪で得た自信がそのまま代表全体に波及している。
そして、昨年のUEFAネーションズリーグでのリーグA昇格に続き、チームをEUROに導いたアンドリー・シェフチェンコ監督の手腕は「選手として英雄、監督としても英雄」と絶賛を受けた。2007年から代表に名を連ねる主将のアンドリー・ピアトフは「成功の秘密は監督。ようやく代表に選手の可能性を広げてくれる人が来てくれた」と全幅の信頼を寄せる。指揮官が現役時代を過ごしたミランからタソッティとマルデラ両コーチを参謀として招へいし、戦術を研究。シェフチェンコに憧れて育った選手たちは監督を信じて献身的に一枚岩となっている。勝利ボーナスを毎試合後にではなく、目標達成後に支給するように変更したことも選手のモチベーション維持に効果を発揮した。
サッカー番組の司会を務めるオレクサンドル・デニソフは「国民のメンタリティも変化した。2000年頃は誰も国歌を歌っていなかったが、今では(帰化選手の)マルロスさえも歌っている」と、西欧とロシアの狭間で揺れるウクライナにおける愛国心の高まりを成功の一因としている。国内での代表戦はほぼ満員、観客のほとんどが国旗を持ち、スタンドは水色と黄色に染まる。選手たちには「国のために」という使命感が以前よりも強く芽生えた。
カリスマ指揮官の下、ピッチの内外で着実に変革を進めてきた「チーム・シェフチェンコ」。来年のEUROに向けて、いやがうえにも国民の期待は高まっている。
Photos: Getty Images
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Profile
篠崎 直也
1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。