実に現金なもので、アルゼンチンではリオネル・エスカローニ代表監督を取り巻く環境が嘘のように一転している。
今年3月の親善試合でベネズエラに敗れた直後から容赦なく酷評され、4月に滞在先のマジョルカで交通事故に遭い軽傷を負った際には災難をジョークのネタにされ、先のコパ・アメリカでグループステージ敗退の危機にさらされていた時にはサポーターたちから最悪の侮辱語を使った歌でなじられていた指揮官。戦術や選手起用の仕方が疑問視されただけでなく、監督としての経験不足から現場でのマネージメントにおいて至らない部分があり、一部の選手たちからも反感を買っていた。
その後、嵐のような非難を物ともせず状況を覆し、最終的にコパを3位で終えると、選手たちとも和解した上にチーム内での支持率を高め、主将リオネル・メッシからも絶大なサポートを得て来年3月より始まる2022年W杯予選の指揮も任されることが決定。そして9月10日、それまで11戦無敗だったメキシコ代表に4-0と快勝するや、つい3カ月前まで恥辱の言葉でエスカローニを批判していた一般のファンは一斉に称賛し始め、その采配に厳しい見解を下していたメディアからも好意的な意見が聞かれるようになったのだ。
A代表とユース代表の喜ばしい連携
エスカローニが代表監督の座に就くまでの過程については多くの人が批判し、賛同しなかった。ホルヘ・サンパオリ前監督によって代表コーチ陣のスタッフに選ばれたのであれば、サンパオリと一緒に去るのが筋だったとする見方や、アルゼンチン代表ほどのチームが消去法で選ばれた経験の浅い監督の手に託されて良いものか? という疑問は今なお残っている。
過去にもアルゼンチン代表では、監督が辞めた後もお構いなしに居残ったスタッフがいたが、誠実な指導者たちの間ではいまだに「タブーをおかした人物」というレッテルを貼られたままだ。今後の展開がどうなろうともエスカローニがその類のことをやってしまったのは事実であり、これについては私も賛同はできない。
だが今、一時期途切れていたA代表とユース代表との連携が確立され、全カテゴリーの指導が一貫化された体制がアルゼンチン代表に戻ってきたのは非常に喜ばしいことである。実際、FWのアドルフォ・ガイチ(サンロレンソ)やニコラス・ゴンサレス(シュツットガルト)のように、A代表候補の選手をまずフェルナンド・バティスタ監督率いるU-20およびU-23代表でプレーさせるケースも実現しており、これまで何も見えてこなかった「アルゼンチン代表強化10年プロジェクト」がようやく形になりつつある。
先述のメキシコ戦で評価を高めたエスカローニとしては、このポジティブな流れを維持したままW杯予選に向けたチーム作りを進めたいところだろう。一時は非情なまでに酷評された監督の静かなる逆襲が今、始まろうとしている。
Photo: Getty Images
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Chizuru de Garcia
1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。