日欧を繋ぐ代理人が語る、加速する欧州挑戦とJリーグの未来
近年でも稀に見るほど多くの日本人選手がJリーグから欧州へと羽ばたいていった今夏。そのうちの1人、ガンバ大阪からオランダのトゥエンテへと活躍の場を移した中村敬斗の代理人を務めるのが、柳田佑介氏だ。ドイツに拠点を置く敏腕代理人に、欧州で変わりつつある日本人選手の価値と中村の欧州挑戦、そして対応を迫られるJリーグの今後について語ってもらった。
欧州の認識を変えつつある“若武者”たち
──今夏は多くの日本人選手が欧州挑戦を果たしています。この背景にはどんな理由があるのでしょうか?
「理由は主に2つあります。1つはここ数年にわたる欧州での日本人選手の活躍です。もちろん『日本人選手は欧州でも通用する』という認識は以前からありましたが、A代表に必ずしも定着しているわけではない選手や、年代別代表で今後のA代表入りが期待されている段階の選手でも十分に通用することが明らかになりつつあります。例えば、伊東純也選手はA代表で常にスタメン出場しているわけではありませんが、ヘンク加入後すぐに大きな活躍を見せて優勝に貢献しましたよね。そうやって『欧州での知名度がそこまで高くなくとも、Jリーグで活躍している日本人選手はオランダ、ベルギー、ポルトガルなどの欧州5大リーグ周辺国においても活躍が期待できる』ということが証明されてきたことで、欧州中で日本人選手への認識が変わってきています。
もう1つは、将来の欧州移籍を目指す選手たちはあらかじめ代理人をつけて完全移籍の移籍補償金や期限付き移籍のための条件を設定していることが多いのですが、それが欧州内の水準と比較して安くまとまっていることです。今夏ポルトガルで“NEXTロナウド”と期待されているジョアン・フェリックス選手が、ベンフィカからアトレティコ・マドリーへ推定150億円とも言われる巨額の移籍補償金を伴って移籍しました。この事例が象徴しているように、近年は欧州内で有望な若手を獲得しようとするとクラブ間で競合となり、数十億円以上の移籍補償金が必要となるケースが珍しくなくなっています。そこで欧州クラブ側にも『いずれ数十億円まで価値が上がるであろう有望な若手をできるだけ安く獲得したい』という需要が高まっているのです。日本人選手側も『欧州に行きたい』というニーズが強いので、そこが合致して『日本人選手はコストパフォーマンスが良いのでオファーが殺到する流れ』ができているのが大きな理由です」
──近年は移籍先にも変化が見られています。昔はドイツを欧州初挑戦の地に選ぶ選手が多かったですが、今夏は1人も選んでいません。
「一昔前は20代前半の日本代表選手がドイツの中堅~下位クラブに行き、そこで活躍してさらにレベルの高いリーグやクラブへステップアップを果たすのが主流でした。ブンデスリーガからプレミアリーグへ活躍の場を移した香川真司選手、岡崎慎司選手、武藤嘉紀選手などはその代表例でしょう。
その流れを注視していたのが欧州5大リーグのクラブよりも競技力や予算規模で劣るオランダやベルギーなどの周辺国のクラブでした。日本人の有望株がドイツのクラブへ行く前に獲得し、成長させた上で欧州5大リーグに移籍させればビジネスとして成り立つことに気づいたのです。つまり、かつてはある程度成熟した日本人選手がJリーグから直接欧州5大リーグに渡っていましたが、今では欧州5大リーグ周辺国のクラブがそこまでたどり着けそうな選手を青田買いしている。その結果として、伸びしろのある10代後半の日本人選手がこれらのリーグに挑戦するようになっています」
──もう1つのトレンドがシント=トロイデンです。今夏も日本から日本代表GKのシュミット・ダニエル選手ら2人の選手が移籍しました。
「シュミット選手については少し例外的なケースかと思います。DMM.com社がシント=トロイデンの経営権を取得した時、CEOに就任された立石(敬之)さんがクラブ理念の1つとして“日本代表の強化への貢献”を掲げていらっしゃいました。その一環としてDFやGKといった一般的には欧州に挑戦しづらいポジションの選手を獲得し、まずベルギー1部でフィジカルや個の能力に優れる選手たちと切磋琢磨させながら環境に慣れさせることで、冨安健洋選手のように欧州5大リーグで活躍できるレベルまで成長を促し日本代表に還元しようという考えがあると聞いています。シュミット選手はもともと欧州で活躍できる実力を持った選手ではありますが、他のクラブのように転売を狙って日本人選手を獲得するケースとは異なると見ています」
──ポルティモネンセも今夏日本人選手を獲得していますよね。
「元浦和レッズのロブソン・ポンテ氏がテクニカルディレクターとして所属しているので、日本人選手のクオリティをよく知っていると思います。中島翔哉選手の移籍オペレーションでビジネス的に大成功を収めていますし、“2人目の中島選手”を狙っているのではないでしょうか」
──その中でもベルギーリーグが目立ちますが、ベルギーで日本人選手の評価が上がっている理由は何でしょう?
「日本人選手が実績を残していることが大きいです。久保裕也選手が2017年にヘントに加入した直後から得点を量産したこと、ポーランドからベフェレンに移籍してきた森岡亮太選手が華々しい活躍を見せたこと、国際的にはほぼ無名だった豊川雄太選手がオイペンを残留に導きコンスタントに結果を残し続けたことなどが、ベルギークラブの関係者にポジティブな印象を与え、さらに昨シーズン冨安選手が抜群のパフォーマンスを見せたことが決定打となりました。シント=トロイデンのように小さなクラブが日本人選手で成功を収めている事実や、伊東選手も含む他のルートで移籍してきた日本人選手が軒並み活躍を見せた実績もあいまって、ベルギーサッカー界全体において日本人選手への評価が高まっていると言えます。
オランダでも同様で、堂安律選手がフローニンゲン移籍後すぐに結果を残したことがきっかけとなって日本人選手を獲得する動きが他クラブにも広がりつつありますし、フローニンゲンはすでに所属している板倉滉選手に加えて日本人選手のさらなる獲得を狙っています。
一方ポルトガルでは中島選手という大成功があったものの、それに続く動きは限定的です。その理由としてはベルギーやオランダと比べて資金力に劣るクラブが多いこと、またポルトガルのクラブはオーナーやそこに繋がる代理人の色が濃く、選手の移籍オペレーションには彼らの意向が強く反映されるため、前述したポルティモネンセを除くと“日本人びいき”のクラブはまだまだ少ないということが挙げられます」
──オランダとベルギーにはEU外国籍選手を獲得する際の最低年俸保証制度がありますが、両国間で違いがあったりするのでしょうか?
「ベルギーのクラブがEU外国籍選手と契約する際に求められる最低年俸は約1000万円とそれほど高額ではなく、また25歳以下の選手を獲得する際の税制上の優遇措置もあるので、今後もベルギーへ移籍する日本人若手選手は増えていくと思います。一方、オランダのクラブがEU外国籍選手と契約するには20歳未満で約2500万円、20歳以上で約5000万円以上の年俸を保証しなければならず、小規模なクラブにとってはこうした選手を獲得するだけでかなり大きな投資となります。ただ日本人選手側から見れば、オランダのクラブは獲得に要した投資を回収するためにその選手を積極的に使って価値を上げる努力をしてくれるため、メリットにもなり得ます」
中村敬斗のオランダ挑戦。その舞台裏
──そのオランダに今夏、柳田さんが代理人をされている中村敬斗選手が活躍の場を移しました。まずは中村選手の代理人となった経緯を伺ってもよろしいでしょうか?
「中村選手を一言で表現すると“目的意識が非常に強く、決断力のある選手”です。中村選手は15歳から年代別代表で各国と対戦する中で存在を知った同世代の選手たちのその後の著しい成長を目の当たりにし、彼らがイングランドやスペインなど欧州のトップリーグでデビューを果たしたりしていることを知って『もっともっと成長スピードを上げたい』と成長意欲を募らせていました。
そこで自ら描いた『18歳(高校3年)の時にはJリーグで活躍し20歳になるまでに海外でプレーする』というキャリアプランを実現するために、代理人を探していた中村選手をご縁があって紹介していただいたというのが経緯です。中村選手は当時16歳で、三菱養和SCユースに所属していました」
──トゥエンテを新天地に選んだのも将来を見据えての決断ですか?
「中村選手自身、自分の特長をよく理解し分析していました。『武器はドリブルやシュートなど攻撃面にあって型にはまる選手ではないから、守備や運動量、球際の強さももちろん必須だけど、それだけを求められても持ち味を発揮できない』。そう考えた彼から『攻撃的な選手がある程度の自由を得られて、1対1で仕掛けられて、しっかりとボールを繋いでサッカーをできるチームが多いオランダに行きたい』という希望がありました。また、中村選手は外国人選手とのコミュニケーションをいとわない性格で、異国のチームメイトに認めてもらったりしながら『自らの力でヨーロッパでのキャリアを切り開きたい』という気持ちも強く持っていました。
加えて、もともとトゥエンテはオランダ国内で継続して上位の成績を残していた名門ですが、ここ数年は財政的な事情から良い選手を売却せざるを得なくなり、競争力を落として2部に降格した背景があります。昨季1部復帰を決めたものの選手層は厚くないですし、実績のある選手というよりは若くてコストが低い選手しか獲得できないというのが現状です。そうした状況であれば中村選手が試合に出られる可能性が高く、クラブも選手の価値を上げるために成長を後押ししてくれるという計算もありました。これらがU-20W杯の後に様々な国のクラブからオファーがあった中でトゥエンテを選んだ理由です」
──契約についてはどうでしょう?中村選手は2年間の期限付き移籍を選択していますが、近年期限付き移籍で欧州挑戦する日本人選手が増えている背景にはどんな事情があるのでしょうか?
「移籍には完全移籍と期限付き移籍の2種類がありますが、完全移籍は欧州のクラブが選手の権利を100%手に入れるということであり、移籍先のクラブにもリスクが生じます。日本でいくら活躍していても欧州でどれだけ活躍できるかは未知数であり、そこで実績を残せなければ欧州内でステップアップさせてビジネス的な成功を収めることができず、移籍先のクラブは選手の獲得に要した投資を回収できないからです。そうした理由から、今まで日本人選手が欧州のクラブに完全移籍する際に支払われた移籍補償金は、20代前半でJリーグやA代表で活躍していた選手であっても1億~1億5千万円程度でした。まして、最近狙われているのはまだA代表にも選ばれていない、これからJリーグで活躍しようとしている10代の選手たちです。欧州で適応できるか、どれだけ活躍できるかが未知数の選手たちに対して1億円を超える金額を支払うのは欧州の中小クラブにとってリスクとなるため、近年はまず期限付き移籍で手元に置いて実際に欧州でやらせてみて、適応・活躍した選手を完全移籍で獲得するという“完全移籍オプション付きの期限付き移籍”が増えてきています。
この移籍形態は日本側にもメリットがあります。直接の完全移籍の場合、日本のクラブは最大でも1億5000万円程度の移籍補償金しか得られませんでしたが、オプション付きの期限付き移籍であればまず期限付き移籍補償金(レンタル料)が入ってくることに加え、オプション実行時の移籍補償金を(相手方クラブと協議の上で)直接完全移籍した場合に比べて高く設定することが可能となります。堂安選手が期限付き移籍を経て完全移籍した際の移籍補償金は約2億5000万円だったと報じられていますが、こうしたオプションとしての完全移籍の移籍補償金は2億~2億5000万円程度に設定されるケースが多いようです。完全移籍オプション付きの期限付き移籍には双方にメリットがあり、最近では日本人選手が欧州クラブへ移籍する際の主流となっています」
──中村選手はU-17W杯でもハットトリックを達成するなど大活躍していたので、もっと早い時期からチャンスがあったと思いますが、FIFAルールで欧州移籍が解禁された18歳時点ではガンバ大阪に残りましたよね。
「実は今だからお話できるのですが、ガンバ大阪に入団する前にもブンデスリーガのクラブから練習参加に誘われ、正式なオファーをもらいました。正直なところ条件も悪くなかったのですが、当時の状況を鑑みるとはじめからトップチームでプレーできるわけではなく、現実的にはドイツ4部に所属するセカンドチームでプレーしながらトップ昇格を狙うか、ドイツ2部・3部の他クラブへ期限付き移籍して環境に慣れながらプレー機会を得るかという二択でした。最終的には本人に決断を委ねたのですが、『プロ生活をいきなりドイツでスタートしてドイツ語の環境に身を置くよりも、まずはガンバ大阪でしっかりと成長し結果を残してから欧州に挑戦した方がより成功に近づける』という結論に至ったため、そのオファーを断って日本でキャリアをスタートすることにしました。
トゥエンテへの移籍に関しても財政的な事情や残留争いを強いられるかもしれないチームの立ち位置を考えて他のクラブと悩むかと思っていましたが、早い段階からトゥエンテを希望したのでその方向で話を進めていきました。代理人として参考となる情報や意見は伝えるようにしていますが、中村選手はそれを踏まえてしっかりと自ら決断ができる“自分の次の選択を描ける選手”なんです」
──柳田さんは様々な選手とお仕事をされてきたかと思いますが、代理人として各選手のキャリアプランを描くことは重要でしょうか?
「それぞれの代理人のスタイルがあるので一概には言えませんが、私の場合はまず選手のキャリアデザインをするようにしています。『選手が将来何をしたいか』を知らずしてクラブと契約を結ぶことも、契約の中身を細かく調整することもできません。選手が来年海外に行きたいと言っているのに5年契約を結んで移籍補償金を3億円に設定する代理人はいませんよね。『選手が何年後にどうしたいのか』『どこでどんな選手になっていたいのか』という方向性に応じて契約の中身は自ずと変わってくるものなので、私にとってはまずキャリアプランを一緒に描くことが最も大事な作業です」
──選手側の意識として、中村選手のように若手でも自らキャリアプランを描ける選手は増えてきていますか?
「『なるべく早く欧州に行きたい』『あのリーグでプレーしたい』という夢はあっても、何歳でどこへ移籍するというような具体的なプランを持っている選手は多くありませんが、これは普通のことだと思います。17、18歳で将来の夢やプランをしっかり描けている選手の方が稀ですし、中村選手のように目的意識の強い選手は珍しいです。
彼は契約当初からずっと『10代のうちに欧州へ行きたい』と言っていましたが、代理人としては『仮に10代で海外移籍できなくとも、中村選手のポテンシャルを考えたら将来欧州で成功することは十分可能だ』と考えていました。そこで私はもう1~2年JリーグでプレーするプランBも想定していたのですが、中村選手自身は『10代のうちに欧州へ行く』と固く信じ、すべてその目標に合わせて動いて見事に達成してしまいました。若くしてここまでの目的意識と行動力、決断力を持っているのはすごいです」
──つまり、最終到達地点から逆算していると?
「そうですね。中村選手には『将来プレミアリーグでプレーしたい』という夢があるため、2017年のU-17W杯で対戦したイングランド代表のジェイドン・サンチョ選手、フィル・フォデン選手、カラム・ハドソン・オドイ選手、リアン・ブリュースター選手ら同世代の選手たちの存在はそれ以前から常に意識しており、中村選手が自分のキャリアについて考える際の比較材料にしていたようです。そして彼らがマンチェスター・シティ、チェルシー、リバプールといったビッグクラブの下部組織からトップチームへ絡み始めている状況と自らを比較して、“日本の高校年代でプレーしていては彼らの成長に追いつけなくなること”を危惧していた。それが『まず18歳(高校3年)からJリーグで活躍し、10代のうちに海外へ行かないと彼らと競争できるステージに届かなくなってしまう』という思いを強めるきっかけになったようです」
──ただ、代理人としては闇雲に海外へ行かせればいいというわけではないですよね。
「もちろん欧州在住の代理人として選手の立ち位置、成熟度、人間性(性格)、ポジションやプレースタイルなど様々な要素を総合的に鑑みて移籍のタイミングや移籍先(国/リーグ/クラブ)について的確なアドバイスができなくてはいけないと思っているので、欧州各国・各クラブのレベル、環境、最新状況については日々調査しています。
逆に代理人が調査・情報収集を怠って選手のキャリアを台なしにしてしまったケースも時どき耳にします。例えば数年前実際に起きた出来事ですが、Jクラブのユース所属で年代別代表でも活躍した日本人選手が、ある代理人から欧州のクラブからオファーが来ていると伝えられ、その言葉を信じた選手はJクラブのユースを退団して現地に飛びました。しかし、彼はそのクラブにとってあくまで候補の1人に過ぎず、実際にあったのは練習参加(トライアル)の機会でした。現地での待遇や環境が聞いていた話とあまりにもかけ離れていたため、その選手は失望して帰国したのですが、結果として彼はユースにも戻れず行き場を失ってしまったのです。このように年代別代表に選ばれているような有望株でも、代理人の間違った振る舞いでキャリアを壊されてしまうことも起こり得ます。
今はお金を払って登録しさえすれば誰でも代理人を名乗れる時代ですが、実際にネットワークや情報を持っていない代理人が実績を作りたいあまりに無理をした結果、不幸な選手が生まれてしまうケースは絶えません。海外に行きたい選手には、まず自らの立ち位置や状況、選手としての特長などを把握した上で、信頼できる代理人と契約を結びしっかりとキャリアデザインをすることをお勧めします」
鍵を握るのはJクラブの補強・育成戦略
──今後も中村選手のように10代で欧州挑戦を目指す選手は増えていきそうです。
「私の実感ですが、若い選手のほとんどがいつか欧州にチャレンジしたいと思っている中で、今夏これだけの選手が欧州移籍を果たしたという状況を踏まえると、10代でも彼らに続いて欧州に挑戦したいという選手は増える一方でしょう。
私が旧制度の下で試験に合格して代理人資格を取得した10年ほど前のJリーグには大卒の選手が多く、そこで数年プレーしてからでも海外にチャレンジできる風潮がありました。しかし、この5年以内に限ると大卒でJリーガーになり、その後欧州主要リーグ(1部)のクラブに移籍を果たしたのは、田中順也選手や伊東選手など数えられるほどしかいません。武藤選手や長友佑都選手も大学経由ではありますが卒業前にプロ契約をしてJリーグでプレーしており、大学卒業時にはすでに数年のプロキャリアを積んでいました。欧州のトップに到達することを目標にキャリアを逆算すれば大学には進学せず、できるだけ早く欧州に挑戦するため高卒でプロになろうとする選手は今後増えていくのではないでしょうか」
──それに対してJクラブ側の対応はどのように変わっていくでしょうか?
「Jクラブのみなさんは『凄い時代がやってきたな』と一様におっしゃっています。クラブからすれば、主力中の主力だけでなくこれからの成長に期待していた有望株にさえもオファーが来てしまうと。近年の欧州大量移籍の流れは中長期的にチームを編成する上で大きな障害となります。
今、Jクラブは近い将来の海外移籍をある程度容認しないと良い選手が来てくれないというジレンマに陥っています。本来であれば競争力を維持するために長くチームに留まってほしいような選手でも、海外からオファーがあればそれを容認せざるを得ません。無理やり引き止めれば、そういうクラブの方針を知った他の有望株が来なくなってしまう。まさに“痛し痒し”といったところです。
その中で、最近は中~小規模のクラブを中心に若手の海外移籍を積極的に推奨するクラブも現れています。アカデミー育ちの有望株がJリーグのビッグクラブに引き抜かれ、そこから海外に移籍したとなるとその元クラブの育成実績として評価されづらくなってしまう。それならばむしろアカデミー出身選手を積極的に海外に羽ばたかせることで『下部組織から欧州で活躍する選手を輩出した』という実績を作り、それによってまた良い素材がクラブに集まってくる好循環を作っていこうという考えです。そのために欧州クラブとアカデミーレベルの提携を結ぶ動きも盛んになってきています。
一方、これまで高卒・大卒の有望株を戦力として鍛え上げ、他クラブからの移籍組やブラジル人選手と組み合わせることでJリーグ屈指の伝統ある強豪クラブとしての地位を確立してきた鹿島アントラーズですら、国際市場の中では選手を獲られる側に回り、有力選手が軒並み欧州に移籍していってしまう状況の中で、国内で即戦力となる選手を積極的に補強する方向に舵を切っています。この夏も安西幸輝選手、安部裕葵選手、鈴木優磨選手の3選手が欧州クラブに移籍しましたが、シーズン前から彼らの移籍を予見し穴埋めができる実力者を獲得していたことにより競争力を保つことに成功しました。アントラーズのようにシーズン中に選手が引き抜かれてもそれを補える補強戦略をいち早く実行してクオリティを維持できるクラブに対して、後手に回ってしまうクラブはJリーグを勝ち抜けなくなってしまうでしょう。
また、シーズン中の国内移籍が活発になることで主力を引き抜かれる中小規模のクラブやJ2、J3のクラブはさらに大変です。これからは、こうした夏の欧州への選手流出とそれに伴う国内移籍の活発化への対応力が各クラブのシーズンを通しての成績に大きく関わっていくと考えています」
──その他に柳田さんから見て日本サッカー界が変わっていくべき点はありますか?
「若い選手の欧州への憧れ、そして欧州クラブからの青田買いの流れは今後ますます強くなっていくと予想しています。であれば、Jリーグのクラブはそれを踏まえて少しでも高く育成の対価としての移籍補償金を受け取る、または海外クラブと提携しながら選手の育成・輩出にビジネス上のメリットが伴うような仕組みを考えていく必要があると思います。そこで得られた対価を育成の環境や指導者に還元していくことが、さらなるタレントの育成、引いては日本サッカー全体の底上げと活性化に繋がると考えます。
そのために16、17歳でも良い選手はできるだけ早くプロ契約を締結し、その選手の成熟度合いに応じた環境を用意することで、いち早くプロ選手として活躍できるような成長を促していく取り組みが必要ではないかと思っています。もちろん日本では学業との兼ね合いが考慮される必要がありますが、トップチームでは出場できなくとも高校生のうちにプロ契約して、例えばJ2やJ3など下位カテゴリーのクラブにレンタル移籍させ、大人の選手を相手に試合経験を積ませるようなケースも今後は出てくるのではないでしょうか。日本サッカー界としては、これだけ若く有望な選手が海外に出ていく時代になったことで、それが確実に日本代表に還元されるような形を考えていかなくてはならないと思います。それは私たち代理人も同様で、責任は大きいと考えています」
──中村選手が1つのモデルケースとして日本サッカー界に変化をもたらすきっかけとなることを願っています。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
Yusuke YANAGIDA
柳田佑介(日本サッカー協会登録仲介人)
1977.8.26(42歳)JAPAN
両親の駐在に伴いチリで生まれ、幼少期をベネズエラで過ごす。東京大学法学部を卒業後は日本貿易振興機構(ジェトロ)に就職し、日本企業の海外ビジネス支援に従事する。08年にプロサッカー選手代理人に転身し、日本サッカー協会公認代理人資格を取得。大手エージェンシーに所属して契約選手をサポートする傍ら、欧州サッカー界とのパイプを構築し、契約選手の欧州移籍やオランダ・アムステルダムでの東日本大震災チャリティマッチの開催等に携わった。13年よりドイツ・デュッセルドルフに居を移し、本格的に欧州のサッカー関係者との人脈作りに取り組む。その後は勤めていたエージェンシーを退職して独立。18年に東京とデュッセルドルフを拠点とする株式会社グロボル・フットビズ・コンサルティングを設立し現在に至る。
Photos: Getty Images
Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista