アレシャンドレ・パト。早熟の天才が母国で迎えた成熟の30歳
名優たちの“セカンドライフ”
欧州のトップリーグで輝かしい実績を残した名優たちが、新たな挑戦の場として欧州以外の地域へと旅立つケースが増えている。しかし、そのチャレンジの様子はなかなか伝わってこない。そんな彼らの、新天地での近況にスポットライトを当てる。
from BRAZIL
Alexandre PATO
アレシャンドレ・パト
17歳でインテルナシオナウのプロチームに昇格すると、同年にFIFAクラブW杯最年少ゴール記録を樹立。翌年にはミラン移籍を果たす――その天才少年が、これほど山あり谷ありのサッカー人生を歩むことを誰が想像しただろうか。
たび重なるケガと長期離脱。再起を懸けた13年のコリンチャンス移籍を皮切りにサンパウロ、チェルシー、ビジャレアル、中国の天津天海(前天津権建)と国内外での移籍を繰り返し、セレソンからも遠ざかってしまった。
ケガさえなければ、その活躍ぶりはいつだって素晴らしい。天津では中国スーパーリーグ3位とACL出場権獲得に大きく貢献した。そんな彼が今年3月、天津への感謝を述べながらも契約破棄したのは、ブラジルに帰国したいという思いからだった。経験豊富な彼の獲得に国内ではサントスとサンパウロが手を挙げ、さらにパルメイラスが最も良いオファーで参戦した。
「僕が一番に考えたのは、サッカーをするためにどこに行くのが良いかということ。だから欧州を含め、オファーをくれたクラブの監督とは全員、直接話した」と語るパトは「最後の決断は僕自身のもの」としサンパウロと2022年末まで契約を結んだ。
前回所属時に2年間で98試合38ゴールを決めているパトの到来をサポーターは大歓迎。しかし、加入後は批判もされた。今回の彼は、前回のようにゴールを量産して試合を決めるCFのパトとは違うからだ。もちろん、ゴールも決める。しかし、少し引いたポジションで守備にも貢献。チームプレーに徹しているのだ。その起用法は正しいのか? 単に彼の得点力が落ちたのか? いや、彼の成熟がこういう役割に生かされているのだ……と議論の的になった。
パト自身はこう語っている。
「ゴールを決める時は幸せだ。でも今は、戦術の中で役割を果たし、チームに貢献することにもっと幸せを感じるんだ。監督にフィニッシュ優先で起用されたらそうする。でも、サイドで相手のボランチをマークするように指示されればそうする。誰がゴールを決めようが、サッカーで一番大事なのはチームが勝つことだから」
責任感はピッチの外でも
チームを強調する現在のパトを象徴する、こんなエピソードがある。サントスとのクラシコでのこと。ホームスタジアムのモルンビーで2ゴールを決めた彼は、ピッチ脇にあるクラブエンブレムの大きなモニュメントまで走った。そして、その上に立ちサポーターに手を振った後、腹ばいになってエンブレムにキスをしたのだ。
その時はサポーターも大いに沸いたが、直後に「パトがスパイクのままでエンブレムを踏んだ!」と、大騒ぎになってしまった。パトはすぐに「クラブへの愛情と尊重からやったことだったけど、ごめんなさい!」と謝罪したのだった。
6月末には再婚もした。昨年末から交際していた9歳年上のテレビ司会者レベッカと近親者30人のみを招待して、アットホームな式を挙げた。
「これまでにない大きな責任を感じられることが、すごく幸せ。同時に彼女の支えが、本当に大事なものになっている」
サポーターとのふれ合いも、これまで以上に大事にしている。チームの遠征先に詰めかけたサポーターが「パトに気づいてもらえなかった」とSNS上で嘆いているのを知った時には、宿泊するホテルのロビーに招き一緒に自撮りをして感激させた。
トレーニングセンターの前で飴を売っていた貧しい少年に「夢を諦めないように」と語りかけたこともある。
サンパウロでも、軽傷で数試合欠場することがある。そんな彼を不安定だと評するサッカー解説者もいる。だが、パトの意欲は尽きることがない。
「まだセレソンでだって、やれると思っているんだ。そのために頑張るし、達成してみせる」
早熟な少年は成熟した30歳になり、ブラジルサッカーの最前線で、充実した戦いの日々を送っている。
Alexandre Pato
アレシャンドレ・パト
(サンパウロ)
1989.9.2(30歳)180 cm / 78 kg FW BRAZIL
2006-07 Internacional
2007-13 Milan (ITA)
2013-14 Corinthians
2014-15 São Paulo on loan
2016 Chelsea (ENG) on loan
2016-17 Villarreal (ESP)
2017-19 Tianjin Tianhai (CHN)
2019- São Paulo
Photos: Getty Images
TAG
Profile
藤原 清美
2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。