ホッフェンハイムでのラストシーズンはCLどころかEL出場権すら逃す9位。一躍スターダムにのし上がった若き知将ユリアン・ナーゲルスマンも壁にぶち当たったかと思われた。だが、やはりこの男はひと味もふた味も違う。新天地RBライプツィヒで目指すのはずばり、“エクストリーム・プレッシング”とボール保持の融合。 ラルフ・ラングニックが成せなかった壮大なチャレンジから目が離せない。
32歳の“ブンデス最年少監督”はやはりただ者ではなかった。今夏、ナーゲルスマンはホッフェンハイムからRBライプツィヒにやって来ると、次々に新しいアイディアを示して早くも選手たちの心をつかんでいる。
練習初日、用意されたのは十字形のフィールドだった(8対9+フリーマン6人)。外側に4人のフリーマンが立っているものの、十字形なので各凸部分で密集が起こりやすい。するとナーゲルスマンは叫んだ。
「ボールの周りは選手がたくさんいるぞ。角度をつけてポジションを取り、喧騒からスペースへ抜け出せ!」
いったいどんな意図があるのか? ナーゲルスマンはこう解説する。
「ボールを簡単に失わないために、自分たちが慌てる状況を作らないことが大事だ。そのためには周りのサポート、特に声によるサポートが不可欠になる。互いの声かけによってのみ、状況を修正できる。静かなチームはダメだ」
RBライプツィヒをCL出場まで導いた前任者のラングニックは、激しいプレスと攻守の切り替えに重きを置き、いつしかそれが「RBのDNA」と呼ばれるようになった。ナーゲルスマンはその遺伝子を変えるつもりはない。だが、伝統に縛られるつもりもない。
「私はサッカーにおける4つの局面、攻撃、守備、攻守の切り替え、守攻の切り替え、すべてを完璧にしたい。だから当然、自分たちのボール保持にもこだわる」
就任以来、ナーゲルスマンはボール保持の練習に力を入れている。ホッフェンハイム時代と同じ[3-3-2-2]の布陣をベースに、偶然性に頼らずパスを繋いでいく。
「なぜ私がボール保持にこだわるのか? 3つ理由がある。1つ目は、シュートの確率を高められること。2つ目は、ゲーゲンプレッシングをかける態勢を整えられること。そして3つ目は、相手に“カウンターができる”と勘違いさせられることだ。実際はこちらがしっかり奪い返す準備をしているから、相手はカウンターに転じられないんだがね」
ボール保持と聞くと攻撃の印象が強いが、ナーゲルスマンからすると「ゲーゲンプレッシングの準備」なのだ。「過密日程になったらボールを保持することで試合中に休みを作り、それがプレッシングの強度を高めることにもなる。つまりボール保持とRBのDNAは矛盾しないんだ。選手には疑問を持ったらいつでも質問してくれと伝えている」
ラングニックは練習場の壁に著名人の名言を描き、選手たちのモチベーションを高めようとしていた。ナーゲルスマンはその手法を受け継ぎながらも、ラングニック時代の名言をすべて消して新たなものを描いた。
「無理だなんて言うな。限界は恐怖と同じで幻想に過ぎないから」(マイケル・ジョーダン)
「クラブ史上初のタイトル」という目標を掲げた、RBの新たな挑戦が始まった。
Photos: Bongarts/Getty Images
Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。