彼の問題であり、チームの問題。“マジョルカの久保建英”評
マジョルカ加入から1カ月、第3節でリーガデビューを飾った久保建英は3試合でピッチに立った。いずれも途中出場しプレー時間は計109分。サンプルが十分とは言えないかもしれないが、マジョルカの現状も踏まえたうえでのここまでの久保のパフォーマンスを、スペイン在住の木村浩嗣さんに評価してもらった。
久保建英の印象は、プレシーズンの親善試合とリーガ開幕後で少し変わった。少し悪くなった。
プレシーズンは「ボールのもらい方が巧みで、ボールを失わない選手」という印象だった。トラップの瞬間に体の向きを変えボールを動かし、相手のプレスを巧みにかわす。チームメイトに安心感を与えられ、これからもパスをもらえるだろうと思った。スペインにおいてロストボールが少ない、というのは仲間の信頼を得るための絶対の条件だ。
ただ、リーガ本番になれば相手のプレスはより激しくなり、インテンシティが上がる。その中でどこまでできるだろう、と楽しみにしていたが、やはり思うように前を向けず、チャレンジできる体勢にボールを持って行けず、イージーで安全なパスを戻す姿が目立つようになった。ボールを失っていないのだから悪くはない。だが、前を向けない(あるいは半身になれない)ので得意の個人で崩すプレーに持っていけない。その前段階で寸断されている状態だ。
久保“が”ではなく“も”生きない、が実態
これは久保の問題であると同時に、チームの問題である。9月22日の第5節ヘタフェ戦で特に明らかになったように当たり合いで敗れ、出足で後れを取り、ことごとくセカンドボールを拾われる。もらい方が悪く、失い方が悪く、ポジショニングが悪い。ボールを失うのは、パスを出した方の問題かもらった方の問題のどちらかであるか、それとも両方だ。そして同じ問題が2人の選手間だけではなく、チーム全体で起きている。
ヘタフェは個人の技術のレベルが高いチームではなく、マジョルカは低いチームではない。だが、ヘタフェの方が格段に上手に見え、マジョルカの方が格段に下手に見えた。2部から上がったマジョルカも、リーガ初体験の久保もリーガのインテンシティの高さに戸惑っているようだ。この点で、久保と他のマジョルカの選手の間に違いはない。“ボールが持てないので久保が生きない”というのは正確な言い方ではない。“久保も含めてボールが持てないのでチームも久保も生きない”の方が実態に近い。アタッカーとはいえ、インターセプトや守備は全員の責任である。
久保は相手ゴール前4分の1のエリアでボールを持って前を向ければ決定的な仕事をする。半身になってシュートを撃つか、対角あるいは縦のドリブルで抜くか、と相手が対応に迷うような状況では、確実に違いを作り出せる。第4節アスレティック・ビルバオ戦でPKを誘った場面がそうだった。これが親善試合レベルだけではなく、リーガのレベルでもできることがわかったのは良かった。
それと、止まったボールを蹴った時のキックの精度。FK、CKとも回転、コースとも申し分ないボールが出て来る。ヘタフェ守備陣の油断があったとはいえ、あの初アシストとなったキックは見事だった。攻撃時のFKやCKでトリックプレーをする際には必要不可欠な存在になるだろう。これは間違いない。
動きながら出すスルーパスの方は、プレシーズンで驚かせたほどのものは開幕後は出せていない。これはすでに述べたように、決定的なエリアで前を向かせてもらえない、その前提としてポゼッションができないからである。
かつて乾も通った道
プレシーズンでも少し気になっていたが、リーガ公式戦でより顕著になった久保の問題がある。それがボールを持っていない時のインテンシティの低さだ。
ボールを失った後のリアクションが一瞬遅れる。それは、両腕を広げてジャッジに抗議したり、嘆いてみせる悪い癖のせいでもある。単独でボールを奪え、とは言わない。だが、ダッシュで詰めて味方のプレスを先導したり、パスコースを消して味方のボール回復を助けるプレーは、もっとあっていい。ボールロスト時の切り替えの遅さ、対応の悪さはエイバルに入って最初の数カ月、メンディリバル監督に怒鳴られていた頃の乾貴士を思い出させた。時々怒ったように猛ダッシュしてファウルをもらって来る姿もよく似ている。
ヘタフェ戦の終盤に右サイドからのカウンターを喰らったシーンで、逆サイドの久保がどのくらい必死に戻って来るかを見ていたが、明らかに遅れていた。右サイドからクロスを上げ、逆サイドでフィニッシュされていたら間に合わなかったろう。あれは危険がない、という判断なのか、体力的に戻り切れなかったのかはわからない。ジダンが初めてレアル・マドリー監督に就任した年のマドリッドダービーで、戻りが遅く失点の原因となったハメスに激怒したことがあった。これも今後修正されるべき点だ。
久保の態度はふてぶてしく貫禄があってその点は良い、と思う。だが、マジョルカには守備で計算できない“王様”を置く余裕はない。同日のセビージャ対レアル・マドリーでのベイルやアザール、ベンゼマの汗のかきっぷりを見ればわかる通り、そんな余裕はハイレベルの試合になればレアル・マドリーですらないのだ。
まだ18歳のリーガ初体験の選手には少々辛口の評になったかもしれない。だが、良い部分は傑出しているだけに、後は明確な欠点を直せれば、と願ってしまうのだ。
Photos: MutsuKAWAMORI/MutsuFOTOGRAFIA, Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。