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トカボーラ!サッカーで未来を切り開くファヴェーラの子供たち

2019.09.12

2019年8月。ある日本のサッカースクールがブラジルで試合を行った。開催地は“バイホ・サンパウロ”……ブラジルの南東部にあるファヴェーラだ。なぜそのような場所で試合を開催することになったのか。そして、そこで見た光景とは。この遠征を引率した同スクールコーチである小林ヒロノリ氏が解説する。

ファヴェーラで試合!?

 「ヒロ、(日本人の)子供たちをファヴェーラに連れて行って試合をさせようと考えているのだけど、どう思う?」

 ブラジルに日本の子供7人を連れて遠征中の私に対しクルゼイロのスタッフがミーティング中、突然問いかけて来ました。少しの間、沈黙が続きました。すぐに返事をすることが出来ないでいたのです。

 ファヴェーラ。スラムや貧民街を指す言葉です。ブラジルは世界でも最大クラスに貧富の差が大きい国です。国民の6割が平均所得半分に満たない一方で、上位1割の国民が国の収入の半分以上を稼ぎだしている。日本でも貧困層の増加が話題になりつつありますが、ブラジルのそれは我々の想像をはるかに超えているものと言えます。そして、その貧困層の多くがこのファヴェーラで生活しています。治安も悪く、ドラッグやギャング同士の抗争、殺人事件、窃盗などが多発。映画「シティ・オブ・ゴッド」をご覧になった方もおられると思います。あの映画はリオのファヴェーラが舞台になっています。

 スタッフがさらに言葉を続けます。

 「お前が心配するのも分かる。でも、そのファヴェーラにあるクラブとは交流がある。先日、クルゼイロのトップチームの選手も訪問している。何より安全には我々が最大限に配慮する」
 「どうしても行きたくないなら、このプランは中止にしても構わない」
 「ただ、これは子供たちにとって大きな経験になると私たちは考えている」

 クルゼイロはブラジルの中でもビッグクラブの1つです。100年近くの歴史の中で数々のタイトルを獲得しています。全国リーグ(ブラジレイロン)優勝4回、コパドブラジル(日本における天皇杯)は最多の優勝6回。南米クラブNo.1を決めるリベルタドーレス杯も2度制覇しています。そして、特徴的なのは育成にも力を入れているというところ。毎年10名以上の選手をプロに送り出し、トップチームにも育成下部出身の選手を何人も在籍しています。2002年日韓ワールドカップの得点王ロナウドはクルゼイロが生み出した最高傑作と言えるでしょう。その育成においての柱は「人間を育てること」。サッカーが上達することよりも、まず人間として成長することが何よりも大切であると考えています。

 育成下部専用の施設「TOCA 1」には天然芝3面、人工芝1面、食堂、寮、トレーニングジムに加え、来客用のホテルまであります。そして特徴的なのは施設内に学校もあるのです。州に正式に認められた学校で、10代の選手たちは勉強にも取り組んでいます。学校と提携するクラブは多いですが、自前の施設内に学校まで保有しているクラブはかなり少数なのではないでしょうか。そして学校での成績が基準に達さない、学校での生活態度に問題があるとトレーニングや試合に参加させてもらえないというルールもあります。日本の昔ながらのサッカー部のようなルールかもしれませんし、ブラジルらしく感じないかもしれません。それでも彼らは人間教育に重点を置いて選手の育成に取り組んでいるのです。

 そのクルゼイロが日本の子供たちに経験を積ませるためにファヴェーラでの試合を計画してくれている。我々の人間性を成長させるための経験として計画を立ててくれたのです。彼らを信頼して子供たちと共に訪問することを決意しました。

生活を賭けてサッカーに取り組む子供たち

 今回、8月2日に訪問したのは“バイホ・サンパウロ”と呼ばれるベロオリゾンチにあるファヴェーラです。日本人留学生(小3~中1の7名)とクルゼイロU11の8名の計15名の選手。そこにクラブのスタッフ、コーチ10名を加えて25名。町の中心にあるグラウンドで交流試合を行いました。周りの建物の壁はボロボロですが、妙にカラフルで古き良きラテンの香りがします。平日の昼間だというのに多くの観衆がグラウンドの金網越しに熱い視線を送っていました。彼らにとっては今までにないイベントであったため、注目度の高いものだったようです。グラウンドと言っても、砂交じりの土で表面はぼこぼこ。野良犬が2匹迷い込んでいたので「絶対に近づくなよ」と私は子供たちに注意を促しました。そのようなグラウンドでも、シャワー付きの更衣室がありました。そして街の人も使用できる簡単なバル(軽食・ドリンクが取れる)も併設されています。ブラジルにおけるサッカー文化を感じます。

多くの観衆が見守る中、試合は開催された

 正直に言って相手チームのレベルは高いものではありませんでした。プレーの判断も自分本位ですし、基礎技術もムラがあります。大きなクラブに所属している選手に比べると全く洗練されていない。攻守の切り替えの概念はほぼありません。守備はざる。しかし、相手のボールに向かってとにかく奪いに来るプレーを繰り返してきます。そして、とにかくゴールへの意欲が強い。ボールを持ったら前に、前に向かって行きます。ゴールが見えたら、何の迷いもなくシュート。そのシュートもコントロールされたものでなく、強いシュート。足を振り切ってシュート。ゴールを決めたい!その強い気持ちが伝わってきました。

 「トカボーラ」。ポルトガル語でボールに向かって行けという意味です。クルゼイロのコーチが日本の子供を指導している時に何度も大きな声でコーチングしていました。「ボールに向かって!」という日本語も習得しました。それくらい日本の子供たちのボールへの意識はブラジル基準では弱いようです。ヘディングの競り合い、ボールをインターセプトする。こぼれ球に行く、ルーズボールを回収に行く。そのような時に相手選手よりも先にボールに触りに行く。ボールが来るまで待っていては自分のボールになりません。

 今回、遠征に参加した選手も何百回、何千回とリフティングが出来る子供たちなので、浮き球に対する苦手意識は持っていなかったはずです。日本の子が浮き球をコントロールしようとボールが落ちてくるのを待っていた瞬間、相手チームの選手が足を高く上げて遠くからジャンプしてきました。走り幅跳びでもするかのような勢いでボールに向かってきたのです。日本の子供も危険を感じ、身をとっさによじり顔を背けました。すでにその時にボールは相手チームのものになってしまっています。このようなプレーが何度も続きます。ボールが浮いている、弾んでいる。迷いなく相手選手が足を上げたままボールに向かってくるのです。

 ファヴェーラの選手たちは生活を賭けてサッカーに取り組んでいます。

 「自分がプロ選手になって、ファヴェーラを抜け出すんだ!」
 「自分がサッカーでお金を稼いで家族を養うんだ!」

 子供ながらに強い決意を持ってサッカーに取り組んでいる選手たち。ボールを失うということは未来を失うということ。ボールを獲得するということは輝かしい未来に近づくということを意味します。だから彼らはコーチに言われなくても「トカボーラ」するのです。

“トカボーラ”するファヴェーラの選手たち

子供たちの未来

 ボールに飛び込んでくる彼らの足元を観察しました。30名近くの選手がいたのですが、ほぼ全員が見たこともないメーカーのスパイクやトレーニングシューズを着用していました。中には運動靴でプレーしている子供すら何人かいました。彼らにとっては裸足でないだけ恵まれているのでしょう。家族の期待を背負っていることを意味しているとも言えます。だからこそ、ゴールへの強い意識は高まるでしょうし、ボールに向かうプレーの強度はさらに上がっていきます。

 日本の子供たちも真剣にサッカーに取り組んでいる集団です。30数時間をかけてブラジルにまで挑戦しようとする子供たちなのですから。日本の中では趣味のレベルを超えて本気で上を目指している……はずでした。しかし、あのサッカーへの真剣さを目の当たりにすると甘さを感じてしまいます。誰かが何かをしてくれる。待っていればプレーの機会は回ってくる。そうした甘えがありました。『ボールや未来は自分でつかみ取る!』と言ったファヴェーラの子供たちが見せた決意にはまだ至っていませんでした。

 試合中に相手選手が負傷するシーンがありました。顔にボールがまともに当たり、うずくまってしまいました。ボールはこぼれて、ほかの選手が拾ってプレーを続けています。すると、相手チームのスタッフ2名がピッチ内に急いで入ってきました。レフェリーは笛で試合を止めていません。心配そうにのぞき込み、体を抱きかかえてピッチの外に連れ出して行きます。そしてレフェリーもその一連の行動を認め、見守っていました。サッカーの試合の運用としては、正しくありません。でも彼らにとって、チームの選手は家族のような存在であり、子供は宝なのです。仮にプロ選手になれるような子供でなくてもそれは変わりません。その子供を大切に扱うことが重要なことであって、サッカーやサッカーのルールではないのでしょう。うずくまっていた子供は立ち上がり、元気にピッチに戻って来ました。

 試合は無事に終了。簡単なセレモニー、記念撮影をしてファヴェーラを後にしました。私はその夜、日本の子供たちに改めてファヴェーラについて説明しました。どのような場所であるか、そして今日の対戦相手が、どのような思いでサッカーに取り組んでいるか。日本の子供たちは最初『信じられない』という表情を浮かべていましたが、少しずつ状況が理解できたようです。足を高く上げながらボールに飛び込んでくるプレーにも納得がいったようです。

ファヴェーラの選手たちとの集合写真

 今回対戦した子供たちが、将来プロの選手になっているか?ファヴェーラがより良い方向に向かっていくか?それは私には分かりません。ただ一つ分かることは、彼らは大人に大切にされて伸び伸びと育っているということ。彼らからは強い絆のようなものを感じました。日本の我々が持っているような物質的な幸せは少ないのでしょう。それでも彼らの日常は続いていきます。サッカーの国ブラジルらしく、生活の中にサッカーが当たり前にあり続ける。サッカーを話題の中心にして、家族やコミュニティが呼吸し続けていくのでしょう。

 今回、本当に貴重な体験をさせてもらうことが出来ました。改めてクラブに感謝を伝えたいと思います。世界は広い。様々な人が生活している。自分たちは恵まれている。そのような思いにはまだ至らないことでしょう。ただ、今は分からなくても、数年後か数十年後に今回の体験を思い出してくれるなら今回の遠征は成功だったのではないでしょうか。

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Profile

小林 ヒロノリ

高校、大学の部活で選手をしながら、学生コーチも兼任し指導の奥深さに魅了される。その後いくつかのチームやスクールを長年指導。1995年、2011年、2018年にJFA指導者ライセンスを取得(現在A級U12)。高校時代にブラジル留学。2006年にサンパウロ州公認フットサルコーチライセンス取得。2013年に横林事務局長と共にクルゼイロジャポンを立ち上げ指導部門責任者に就任。以来、毎年ブラジルに渡り研修を繰り返している。1975年7月生まれ。

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