分析はゴールではない。データスタジアムのアナリスト育成術
日本スポーツデータ界の雄であるデータスタジアム社が主催する「スポーツアナリスト育成講座」が話題だ。2019年9月にvol.6が開講される同講座は現在Jリーグクラブで働くアナリストを輩出するなど、確かな成果を残している。講師を務める久永啓氏に立上げの背景、コンセプトなどを伺う中でデータを活用したサッカー分析の本質が見えてきた。
Jリーグアナリストへの登竜門
女子バレーボール日本代表監督・真鍋政義氏がiPad片手に世界選手権銅メダルを獲得したのが2010年。リアルタイムで更新されるデータを活用した戦術は当時、サッカーファンの間でも話題になった。あれから8年が過ぎた2018年、Jリーグでも競技規則の改定によりテクニカルエリアでの電子通信機器の使用が解禁。2019年シーズンからは試合中にスカウティング映像とスタッツをリアルタイムで確認できる『LIVE SCOUTER』がJ1クラブを対象に導入された。データ分析の波はプロの世界だけに留まらず、『SPLYZA』など動画分析共有ソフトの普及によりアマチュアサッカー界にも到達。もはやデータ分析はサッカー界において必須の要素となりつつある。
データ分析ツールが進化する一方、それを使いこなせるスキル・リテラシーを持ったアナリストの数が少ないという課題は業界における共通認識。そうした状況の中、日本のスポーツデータ分析の先駆けであるデータスタジアム社が2017年に開講した「スポーツアナリスト育成講座」に注目が集まっている。立上げの背景にはJリーグクラブからの強い要望もあった。
「Jリーグクラブから『アナリストを育成して欲しい』という声はずっと頂いていました。アナリストを育成しようとする講座や専門学校は増えてきていますが、出口はどうなっているのかが気になっています。現状(アナリスト輩出は)筑波大学のルートが中心ですが、この講座は新たな供給源としての役割も果たしたいと考えています」と語るのは講師を務めるデータスタジアム社所属の久永啓氏。成績優秀者にはJリーグクラブへ分析結果をプレゼンする権利が付与されることもある。久永氏自身サンフレッチェ広島でアナリストを経験しており、プロの現場で求められているスキルを受講者に求める点が同講座の特徴だ。事実、卒業生の中には現在Jリーグクラブのスタッフとして働く者もおり、新たなJリーグアナリストへの登竜門となりつつある。
過去の受講者は大学生と20代後半から30代前半の社会人が中心。10名程度の少数講座であるため事前に選考が行われる。書類選考や面接を経て、合格した本気度の高いメンバーが切磋琢磨している。講師は前述の久永氏の他、ヴィッセル神戸や名古屋グランパスでアナリストとして活躍された藤宏明氏、筑波大学蹴球部パフォーマンス局の主要メンバーだった高橋朋孝氏など数名のアナリストが務める。「参加人数を少なくして、ディスカッションを中心に行い、発表に対しては(講師が)妥協なく具体的にフィードバックする」というカリキュラムに最初は落ち込んでしまう人もいるという甘くない環境だ。また、サッカー以外のスポーツデータを扱うデータスタジアム社らしく“多様性”も特徴の1つ。同社の野球やバスケ、ラグビーなど他スポーツの視点も講座に活かされている。
「既にヨーロッパではサッカーの分析を複数人で実施するのが当たり前になっており、日本にも近い将来その流れが到来すると思います。そうなると、分析グループのそれぞれの役割分担がある中で、個人の力をどう発揮するのかが重要になってきます。なので、講座内ではグループで分析をする経験を積むワークにも力を入れていきます。また、専門分野に限らずいろんな視点を持っていることで深く分析することができると考えているので、他スポーツのアナリストも講師として参加するカリキュラムも検討しています」
データ分析ツールの進化に伴い取得できるデータは多様化。「1人では分析は追いつかない」未来を見据えた実践的な内容となっている。
データはあくまで道具である
プロのアナリストとして求められるスキルは定量的なデータ分析能力だけではない。『月刊フットボリスタ8月号』ではデータスタジアム出身で現在は横浜F・マリノスでアナリストとして働く杉崎健氏が『監督のサッカーをしっかり理解すること』の重要度を、筑波大学蹴球部の小井土監督は『データの背後にあるプレーの意味を理解すること』の必要性を語る記事が掲載されている。データでは測れない要素を理解した先にアナリストの仕事がある。
「講座ではまずデータはあくまで道具であることを伝えます。なぜデータを使うのかを考えてもらうことから始めます。サンフレッチェのアナリストだった時に森保監督から言われて印象的だったのは『選手が自信を持ってピッチに立てるための分析をしろ』という言葉。この考え方は講座でもベースになっています」
プレゼンテーションやディスカッションが重視されているカリキュラムになっている背景にはこうした考え方がある。分析ツールを使いこなせるのは当然で、数値の意味を理解、咀嚼した上で監督や選手に伝える能力が求められている。データを鵜呑みにした発表に対しては「結構、ガツンと指摘しますね(笑)」と笑う久永氏の目は本気だ。
他スポーツと比較すると偶然性の高さを特徴として持つサッカーだからこそデータの捉え方には哲学が求められる。監督が代われば戦術も変わり、データ解釈の正解も変わる。データに絶対はないのだ。そうした中、久永氏のデータへの向き合い方は適度な距離感を感じさせる。
「スポーツの中でも特にサッカーはこの方法ならゴールが決まるというセオリーがあるわけではないですからね。データだけで正解を選ぶのは難しい。僕の場合は “間違いを削る”程度にデータを使うのがベターだと思っています。確率論的に消せる選択肢はあります。最適解を選べる可能性を少しでも高めていくアプローチを取っています」
分析はゴールではない。データは意味も含めて相手に伝わってこそ価値が生まれるのだ。分析とコミュニケーション、両方の能力が現場では求められている。
久永氏はデータスタジアム社の特徴を「相手の実情に合ったデータの提供の仕方が出来ること」と語る。チームによってデータの使い方、解釈、予算が違う中でデータのカスタマイズができるのはアドバンテージだ。そして、それはデータ分析における高いリテラシーを持っているからこそ実現できている。競合ひしめくスポーツデータ業界でデータスタジアム社がトップランナーである理由がここにある。
※データスタジアム社 スポーツアナリスト育成講座の詳細はこちら
スポーツアナリスト育成講座Vol.6は9月9日(月)までエントリー受付中
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Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime