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決定力不足は解決できる 「ストライカー特化型スクール」に元Jリーガーが込めた願い

2019.08.28

「2030年 みんなで育てよう! W杯得点王」をスローガンに掲げ、ゴールを獲れる選手の育成にフォーカスを当て独自のメソッドによる指導を行っているサッカースクール「TRE2030 STRIKER ACADEMY」。日本サッカー界で長らく課題として叫ばれ続けている「決定力不足」の解消にも繋がる、困難なミッションにあえてチャレンジする背景に何があるのか。現役時代はヴァンフォーレ甲府などで活躍し、現在は同スクールの代表理事を務める長谷川太郎氏に、このプロジェクトに懸ける想いを聞いた。

FWの特殊性


――まずは「TRE2030 STRIKER ACADEMY」を立ち上げた動機についてお聞かせください。ゴールを獲ることに特化した珍しいサッカースクールですね。

 「きっかけは2015年アジアカップの日本対UAE戦です。TV中継を何気なく観ていたのですが、1-1で迎えたPK戦の末に負けてしまいました。その時に解説者が発した『決定力不足』という言葉に『これは何かやらないと』と思って。当時はインド(モハメダンSC)で1シーズンプレーして帰国した直後だった影響もあるのですが、インドではゴールを決めた時の称賛がすごかったんです。一方で、これはブラジル人選手も同意してくれたんですけど、(他国と比較すると)日本はゴールに対するリアクションが薄い。日本は失敗に対してのリアクションの方が大きいから外した時のリスクを考える選手が多くなってしまっているので、もっとチャレンジする雰囲気を作り出せないかと」


――スクールのビジョンの1つに「自分らしいゴールのカタチを体得する」を掲げています。これによってシュートを狙う、チャレンジする選手を育てようというアプローチでしょうか?

 「そうですね。Jリーグでプレーする選手たちは得意な得点パターンを持っていることが多いので、そのポイントを伝える機会を作りたかった。コツをつかんでチャレンジする自信をつけてほしい。僕の場合はドリブルからシュートという形を持っていたのですが、キャリアを重ねるとともにワンタッチやこぼれ球を押し込むゴールへのこだわりが強くなっていきました。(ボールへの)反応と表現されることもあるのですが、あれこそ技術なんです。例えば(こぼれ球を押し込むゴールの多かった)フィリッポ・インザーギはシュートを撃った瞬間に走り出していますし、その瞬間の判断が大切。そうした技術を鍛えるための練習メニューを行っています」


――「技術がある」というのは日本の選手を評する際の常套句となっていますが、にもかかわらずシュートが得意な選手の数は少ない印象です。つまり、FWには特殊性があるということでしょうか?

 「例えば、MFはボールを蹴る際にルックアップしていますよね。それによって受け手とのタイミングを合わせます。でもFWの場合は、GKとのタイミングをずらす必要がある。もっと言えば、DFを外した後にゴールを決めなければいけない。(DFを)外した時にルックアップしていたらゴールを決められないですよ。キーパーとタイミングが合ってしまうので。やはり他のポジションとは違うと思います」


――FWとして「自分らしいゴールのカタチを体得する」ために大切なことは何でしょうか?

 「一流のプレーをいかに早く知るかだと思います。百聞は一見に如かず。すごいプレーを目の当たりにしたら子供たちのスイッチが入ります。僕もレイソルジュニアユース、ユースという環境で育って、当時であればカレカなどスター選手のプレーを間近で見て練習できたのは大きかったですね。だからこそ、僕たちのアカデミーにも元Jリーガーなどプロで活躍した選手にも来てもらって、直接子供たちに指導してもらうことを大切にしています」


――学ぶことは真似ることから始まる。

 「僕は30歳くらいまで『考えろ』と指導者に言われても、それをどう考えていいのかわからない時が多くありました。例えば、スペインの指導ではまずはパターン練習をやりますが、4つくらい提示してその中で状況に応じて選手が選択するという形もある。もちろん、教え過ぎるのはダメなのですが、アイディアを提示する指導法はあると思います。うちのアカデミーでは毎月プレーテーマを設けて、子供たちがイメージしやすい選手の動画を渡すこともしています。ある程度の引き出しを持たせてあげることでチャレンジを促せる側面があると思っているので」


――「守破離」の考え方に近いですね。

 「子供たちは真面目に話を聞くので提示したパターンを一生懸命に練習する。だけど、相手の逆を突くためにはそれだけではダメだよというのは伝えています。チャレンジする姿勢を尊重しています」


――「FWは育てられない」と考える人もいますが、長谷川さんはそうは考えていらっしゃらない訳ですね。

 「育てられます。そのためにもノウハウを発信し続けます。将来的にはストライカーコーチが当たり前になる時代がきてほしいとも願っています。(ストライカーコーチの)資格制度の構築や、ストライカーキャラバンと題して全国47都道府県を元Jリーガーと一緒に回るなどの企画を考えている最中です」

2005年、ヴァンフォーレ甲府での覚醒


――長谷川さんの現役時代についても話を聞かせてください。記憶に残っているご自身のゴールはありますか?

 「外したシュートの方をまず思い出してしまいます(苦笑)。悔しかったのは柏レイソルに在籍していた2001年のヴィッセル神戸戦。GK掛川(誠)選手との1対1のシーンを外しちゃって……。その後、メンバーから外されて、最終的には当時J1だったレイソルからJ2のアルビレックス新潟に移籍することになりました。まさに1点の重みですよね。それ以来ずっとあのシーンのことを思い出して練習を繰り返しました。だから、2005年のJ2最終節、入れ替え戦が懸かった京都サンガ戦で同じようなシチュエーションがあって、そこでゴールを決められた時はうれしかったですね」


――その2005年はリーグ戦で17得点を決めるなど、長谷川さんの得点能力が覚醒した1年です。当時、所属していたヴァンフォーレ甲府の長谷川さんとバレー選手、石原克哉選手の3トップは強烈でした。

 「監督に大木(武)さんが就任されて、僕を認めてくれたことがまず大きかったですね。さらに当時コーチだった安間(貴義)さんが映像でいろんなタイプのゴール映像を見せてくれて、それによってイメージを持てたことも影響したと思います。実は僕、前年(2004年)は半年契約でした。契約が切れるのが6月30日だったんですけど、その数週間前の試合でケガ人の影響もあって出場のチャンスがめぐってきて、しかもジャンピングボレーを決めることができたんです。その1ゴールで契約が1年延びました。そういう、1ゴールで人生が変わった経験をしていることも今の活動に繋がっていると思います」


――当時のチームメイトについても聞かせてください。バレー選手がゴールを量産できた理由は何でしょうか? 圧倒的なフィジカルはありましたが、得意なゴールのカタチを持っているようなタイプには見えませんでした。

 「バレーはシュートをふかすタイプでした。それを見かねた大木監督がシュート練習を課したんです。その特訓で、僕は『母指球シュート』と読んでいるのですがインフロントで蹴るシュートを習得して。フィジカルで相手をかわすまではいけていたので、そこにシュート技術が加わって得点量産に繋がったのだと思います」


――再び長谷川さんのお話に戻ります。少し聞きづらいのですが、2005年にリーグ戦で17得点を決めた翌年、J1での1シーズンは3得点に終わります。レベルの違いはあるとして、それ以外に何か原因があったのでしょうか?

 「J1守備陣の能力が高いこともあるのですが、2006年は僕自身がオーバートレーニング症候群のようになってしまったんです。オフシーズンに休まないで体を動かしていたら疲れが残ってしまって。そうした状態でも序盤戦は試合に出ていたのですがケガや低パフォーマンスで評価を下げてしまい、そこからは悪循環で……」


――厳しい世界です。ただ、そうしたJリーグを経験した選手たちが指導する側に回ることで、日本の育成はまた1つ違うフェーズに入ることができるのかもしれません。

 「はい。僕のJリーガーとしての経験は子供たちに伝えたい。Jリーガー時代に相手との駆け引きの重要性に気がついたのですが、そうしたことを実際の指導に反映させられているスクールは少ない。オン・ザ・ボールの技術も大切ですが、オフ・ザ・ボールの動きも含めて知識を与えることで急激に伸びる子供も多い。今は経験をより伝えられる言語化に取り組んでいる最中です」


――「言語化」はフットボリスタにとっても重要なテーマの一つです。長谷川さんが自らの経験をどのように言語化しストライカーの指導に生かしていくのか、今後の活躍が楽しみです。直近では、8月31日(土)に「U-12ストライカー選手権大会」を開催しますね。3人制、GKはなしで代わりにゴール中央に特製のネットが設置されるなど、独自のルールを数多く採り入れているのが目を引きます。これらのルールにはどういった狙いがあるのでしょうか?

 「まず3人制であるのは3人目の動きの重要性を理解してもらうため。パスが来ない選手は動きを止めてしまいがちですが、3人制だと動き続けなければ勝てない。そして、中央のゴールネットはこぼれ球への反応を意識してもらうためです。僕の2005年の17得点もこぼれ球を押し込んだゴールが結構あります。ネットの跳ね返り(こぼれ球)につめる意識をもってほしい」

――つまり、ゴールとなるのはサイドだけなのですね。

 「はい。だから、僕は子供たちにルックアップをしないで(シュートを)撃てと指導しています。GKを見るよりも(ゴールの)サイドを意識して撃った方がゴールになる確率は高い。シュートコースとしてサイドが光って見えるような選手を育てることを意図しています」

「U-12ストライカー選手権大会」で使用される、中央部分に防球ネットが設置された特設ゴール


――狙いが明確で面白いです。

 「GKもいらない、人数も3人というルールなのでサッカーの普及にも繋がってほしいと思っています。今回は知り合いのチームなどが中心に参加する大会ですが、将来的には参加チーム数を拡大して1泊2日の大会にしたり、アジア各国から参加してもらったり、発展させていきたいですね。そして、その先には日本を代表するストライカーをこの大会から輩出できればうれしいです」

Taro HASEGAWA
長谷川 太郎

1979年8月17日生まれ。1998年、西野朗監督の下でトップチーム初出場を果たし、高校生にしてJリーグデビューを飾る。1999年にはヤマザキナビスコカップ(現ルヴァンカップ)優勝を経験した。その後、アルビレックス新潟、ヴァンフォーレ甲府、 横浜FC、ニューウェーブ北九州などを経て、2014年にインドの1部リーグであるIリーグのムハンメンSCに完全移籍。同年12月、現役引退を表明した。 そして引退後の2015年に社団法人TREを設立し、ストライカー育成に情熱を注いでいる。


Photo: TRE2030 STRIKER ACADEMY

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ヴァンフォーレ甲府育成長谷川太郎

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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