たとえ「理想的」ではなくとも。欧州の端バクー でのEL決勝の意義
ついに主要リーグが開幕し本格的なシーズン到来を迎えた欧州サッカーシーン。今週にはCL/ELの出場チームと組み合わせが決定する。その前に、昨季EL決勝で話題となった「開催地問題」について、批判を浴びたバクー側の視点から紹介する。
欧州の東端、カスピ海沿岸に位置するアゼルバイジャンは豊富な資源に恵まれ、近年目覚ましい経済発展を見せている。首都バクーは2年前にEL決勝の開催が決定し、着々と準備を進めてきた。
しかし、決勝がチェルシーとアーセナルによる英国対決に決まると雲行きが怪しくなる。リバプールのクロップ監督が「バクーで決勝とは面白いね。この地域の国々やロシアのクラブが決勝に進む可能性は低い。開催を決めたUEFAは無責任」と批判を展開すると、英国メディアもそれに同調して2500km以上に及ぶ移動の困難や治安の懸念などを書きたてた。さらに、アーセナルにはアゼルバイジャンと戦争状態にある隣国アルメニア出身のMFヘンリク・ムヒタリャンが在籍しており、同選手の入国問題も浮上した。バクーにとっては運命のいたずら、まさかの事態である。
前身のUEFAカップも含めると、ELではこの15年ほどの間にCSKAモスクワ、ゼニト、シャフタールが優勝、ドニプロが準優勝に輝き、東欧勢の存在は無視できない状況だ。バクーでの決勝開催はこうした実績と無関係ではない。アゼルバイジャンのクラブもCLやELの本戦に連続出場を果たすようになり、同国のUEFA特派員を務めるオグタイ・アタエフは「我われはもはや蚊帳の外ではなくなった」と語る。F1グランプリをはじめ数多くの国際大会も開催し、その運営が高い評価を受けてきた自負もある。
待ち望んでいたビッグイベントに水を差され、同国メディアからは「クロップの発言は残念。バクーには決勝を開催する資格があるし、その意義は大きい」と反論が巻き起こった。
決勝当日、アゼルバイジャン外務省は「ムヒタリャンが安全にプレーできることを保証する」と宣言していたが、本人は家族と相談し渡航を拒否。両クラブにそれぞれ割り当てていた6000枚のチケットは売れ行きが伸びず、2000枚ほどが返還された。各国の政治事情を考慮することの難しさと欧州サッカーの拡大路線により生じるジレンマをUEFAは痛感したはずだ。
EURO2020ではどうなる?
今回の決勝を行う地としてバクーは理想的ではなかったかもしれない。それでも、世界中にファンを持つ強豪対決の一戦には近隣国やアジアから両クラブの熱心なサポーターが集結し、決勝らしい盛り上がりを見せた。イングランドでは優勝の「恩人」として知られる、1966年のW杯決勝で線審として「疑惑のゴール」を判定したアゼルバイジャンの伝説的なレフェリー、トフィク・バフラモフの記念展示も設置され両国の結びつきを紹介。はるばるやって来た英国人サポーターたちの多くは東西が混在するバクーの文化やグルメを堪能し、清潔で現代的な街の治安の良さとホスピタリティの高さを認めていた。
バクーはEURO2020の開催都市でもある。来年再び、この街は世界から様々な注目を浴びることになるだろう。
Photos: Getty Images
Profile
篠崎 直也
1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。