Jリーグにもリアルタイム分析の波。新世代ツール「LIVE SCOUTER」
2018-19から適用された新競技規則に素早く対応し、極限まで進化したリアルタイム分析の活用により選手の「戦術適応能力」が格段にアップした欧州だけでなく、日本でも新しいリアルタイム分析へのアプローチが生まれている。Jリーグ、NTTグループ、データスタジアムが知識と技術を結集して作り上げた分析ツール「LIVE SCOUTER」だ。J1を対象に今シーズンから導入されている「新兵器」の正体を関係者に直撃した。
Kazuki MATSUBARA
松原一樹
2017年よりNTTグループより(株)Jリーグメディアプロモーションに出向。LIVE SCOUTERをはじめ、Jリーグの映像配信事業の新規事業開発やNTTグループとの協働事業を担当している。
Takeshi MOGI
茂木剛史
2008年に社団法人日本プロサッカーリーグ入社。以後、競技運営、イベント企画、アカデミー業務等に従事。2019年より(株)Jリーグメディアプロモーションにて、LIVE SCOUTERをはじめ、Jリーグデジタルアセットハブ、通称“JリーグFUROSHIKI”の構築に関わる。
Koji SAITO
斉藤浩司
2002年にデータスタジアム(株)に入社し、サッカーデータ事業の立ち上げチームの一員として分析ツールの開発等に携わる。以後メディア向けセールスや新規事業開発等を経験し、2017年から執行役員として主にサッカー事業の統括をしている。
Motoi KATAOKA
片岡基
システム受託開発会社を経て2017年にデータスタジアム(株)に入社。主にサッカーのクラブ向けデータ入力システム・分析ツールの開発を担当し、LIVE SCOUTERの開発では中心メンバーとしてプロジェクトを推進。
きっかけは競技規則の改正
──今シーズンの明治安田生命J1リーグ第5節から始まったばかりの「LIVE SCOUTER」は初耳の人が多いと思うので、まずはその説明からお願いします。
松原「まず映像に関する取り組みからお話ししますと、Jリーグは過去26年間すべての試合を俯瞰映像で撮影し、それを『スカウティング映像』という形で各クラブの強化担当者にご提供してきました。スカウティング映像というのは、各クラブの分析担当の方々が自クラブ、次に対戦するクラブ、他のクラブ含めて分析を進めていくために見る映像のことです。これまでは試合後に提供されていたスカウティング映像を試合中にリアルタイムで見られるシステムを作りました。主に分析担当の方がいるスタジアム内の記者席、そして監督やコーチがいるベンチ周辺に通信環境を用意しています。そうしたスカウティング映像と詳細データのリアルタイム配信と通信環境をセットにしたものが『LIVE SCOUTER』というサービスで、現在はJ1のクラブを対象にご提供させていただいているところです」
──全体がわかるスカウティング映像を試合中にライブで見られるだけでも戦い方に大きな影響がありそうですね。どういう経緯で今回「LIVE SCOUTER」が導入されたのでしょうか?
松原「昨年、競技規則の改正がありまして、テクニカルエリアの電子通信機器の使用が解禁されました。それをきっかけに『今後サッカー界ではリアルタイムの分析が進んでいくのではないか』という話になり、JリーグとテクノロジーパートナーであるNTTグループとデータスタジアムの三者で話し合いを重ねていきました。そこで『今まで積み重ねてきたスカウティング映像があるので、それをリアルタイムでも提供することができればリーグ全体として情報分析の価値を高めていけるのではないか』という結論に至り検討を始め、最終的にNTTグループの中でもスポーツビジネスに理解があり、Jリーグの公式映像の監視運用を行っているNTTぷららさんにプロジェクトマネジメントをお願いしました」
──競技規則の改正は昨年のロシアW杯からでしたが、それ以降で「LIVE SCOUTER」が導入される前に、ベンチで電子通信機器を用いてリアルタイムで映像を確認するチームはあったんですか?
松原「DAZNで映像を確認したり、電話を使って記者席にいる分析担当の方と会話したりというのは実際にあったと聞いています」
斉藤「国際サッカー評議会で競技規則が変わるまでは、基本的にベンチに電子通信機器を持ち込むのは禁止でした。無線でのやりとりだけ許されていたんですけど、おっしゃるようにロシアW杯の時から現場での電子通信機器の使用が可能になりました。当時はまだリアルタイムで映像を見ることはできなくて画像やスタッツデータを確認できるだけだったので、こうした現状を踏まえてJリーグではスカウティング映像を生かした、最先端の分析ができるようにしようという提案をさせていただいたことも『LIVE SCOUTER』が生まれたきっかけの1つだと思います」
──導入前は映像を確認できてもリアルタイムでそのシーンを編集して再生するのは不可能に近かったでしょうね。スカウティング映像というのは一般向けに配信されている映像とはまったく違うものなんですか?
松原「はい、まったく別物です。スカウティング映像は俯瞰で撮影しています。メインスタンドの上部からフィールドプレーヤーの20人は確実に映すように指示をしているので、常に両チーム全体のフォーメーションが確認できるように撮影されています」
「タグづけ」ですぐにリプレー可能
──スカウティング映像のリアルタイム配信以外に、「LIVE SCOUTER」はどのような機能を備えているのでしょうか?
斉藤「大きく分けて2つ機能があります。1つは気になったシーンに目印をつけられる『タグづけ』という機能です。タグをリアルタイムで気になるシーンにつけていけるので、すぐにそのシーンを振り返ることができます」
──タグはシュートやセットプレーなど自由に設定できるのでしょうか?
斉藤「そうですね。シュートやセットプレー等、クラブごとに好きな項目を設定できます。合計12項目を設定できるので、これを試合前に設定していただいて気になったシーンにつけていただく形です。タグづけされたシーンに対して『グッド』だったか『バッド』だったのかという評価まですることができます」
──その「グッド」、「バッド」という評価も自由に変えられますか?
片岡「『グッド』、『バッド』という評価も自由に作成できます」
斉藤「タグも評価基準も全部変えられます」
──プレー種別だけでなく、評価の分類まで全部自由に作成できるんですね。
片岡「はい、そうですね。特に気になるシーンには星マークをつけて目立たせることができます」
──タグづけのやり方はいかがでしょう? リアルタイム分析では時間が限られているのでクラブもポイントとするところだけをタグ化しているのではないでしょうか?
片岡「そうですね。タグづけのやり方もクラブによってかなり違いますし、クラブによって様々な使い方がされていますね」
松原「タグづけした動画にコメントを書いたりできるので、積極的にタグづけしてコメントを書いていらっしゃるクラブもあります。おそらくクラブの中で共有したり、後で見返すためにそうされているのではないかと思います。リアルタイムでの使用を想定する以上、『使いやすいようシンプルに』というのは一番最初からコンセプトとして固めていて、それは今後も変わることはないと思います」
──ちなみに「LIVE SCOUTER」を使うために支給している電子通信機器についてはどのように運用しているんですか?
茂木「各クラブ2台ずつタブレット端末を提供させていただいています。ベンチで1台、上のスタンドや記者席で見られている分析担当の人が1台という想定です」
片岡「ブラウザ上で使えるのでOSに関係なくPCでも使えます」
──例えば、そのうち1台をクラブハウスに持ち込んだりしてもいいんですか?
松原「はい。リアルタイムでスカウティング映像がクラウドにアップロードされているので、インターネットに繋がっていればどこでもタグづけすることができます」
斉藤「実際、クラブハウスで映像を見ながらタグづけをして、スタジアムのスタンドやベンチにいるコーチがタグづけされた映像をチェックするという形でアクションを起こしているクラブもあります」
片岡「複数人でタグをつけて1カ所で集約して見ることもできるんです」
──では、タブレット端末の数はあまり関係ないんですね。
茂木「あくまでもこちらから提供しているのがタブレット端末2台というだけで、使おうと思えば何台でも構いません」
──大人数でやれば、多くのプレーにタグづけができるというわけですね。
斉藤「ただ、分析される方と監督のイメージが合っていないといけませんので、やり方はクラブそれぞれですね」
──いろんな使い方がありそうで面白そうですね。ちなみにリアルタイムでタグづけした映像は、アーカイブ化して蓄積させることができるのでしょうか?
片岡「リアルタイム分析に特化しているため、アーカイブ機能はありませんが、映像はクラウド上にあるのでそこから端末にダウンロードしてオフラインで見たり、次の試合のために使ったりできます」
──大きな機能は2つあるとうかがいましたが、もう1つは何でしょうか?
斉藤「もう1つは、リアルタイムで見られる『スタッツ』です。ボールタッチ系のデータからトラッキングデータまで見られるようになっています。
さらにそれらを時間帯やエリア別に分けて見られますし、パッと見てすぐわかるランキング機能もあります」
──リアルタイムのデータはどのように集計されているのでしょうか?
斉藤「トラッキングデータはスタジアムに専用カメラを置いて、画像処理の技術とオペレーターの作業を組み合わせてデータを取得します。ボールタッチ系のデータは、データスタジアム社内で映像を見ながら入力しています」
──まだ導入したばかりだと思うんですけど、現場からのフィードバックや反応はもうあったりするんですか?
茂木「まずは今までリアルタイムで取得することが難しかった映像やデータが提供されるので、非常に画期的でありがたいという声をいただいています」
松原「特にハーフタイムという限られた時間の中でコーチや監督から物事を伝える時に、映像があれば一発でわかりやすく伝えられます」
片岡「あとは、トラッキングデータ。選手の走行距離が出ていますので、そこの数値を参考にして『走れてないな』、『疲れてきたな』と判断し、選手交代に生かしているとうかがっています」
現場での課題。通信環境という壁
──開発にはどのくらいの時間がかかったんですか?
松原「開発はかなりNTTぷららさんとデータスタジアムさんに頑張っていただきました(笑)」
片岡「期間的には4カ月くらい(笑)」
斉藤「一気に作りましたね」
松原「プロジェクトがスタートしたのは去年の6、7月でした」
斉藤「今年の開幕に間に合わせようと10月から1月半ばにかけて開発していました」
──実際には今季のJ1第5節から運用されることになりました。
松原「開幕から提供したかったのですが、システムの安定性が保証できていませんでした」
茂木「通信環境はお客さんが入っているスタジアムじゃないとテストができませんが、ちょうどオフシーズンと重なってしまってテストができなかったんです」
──だから第5節スタートだったのですね。技術的な質問になるのですが、有線じゃなくて無線でサービスを提供していますよね?
松原「はい、そうです」
──先日まで開催されていた女子W杯でもリアルタイム分析をやっていましたが、調べてみたら有線でやっているらしいんですね。スタジアムの通信環境が一定じゃないから有線にしているとのことですが、無線で運用する上でスタジアムによる通信環境の違いは影響しないのでしょうか?
松原「かなり影響があります。今、一番の改善点として我われが意識しているところです。今おっしゃっていただいたように、かなりスタジアムによって環境が違います。今はスタジアムWi-Fi等、キャリアが運用しているWi-Fiもスタジアムに加え、一般のお客様が使用するモバイルルータも普及してきているので、かなり干渉も発生してきています。そうした理由で試合前には使えても試合中になると通信が遅くなったりすることがありますので、なるべく無線のアンテナを分析担当がいるエリアの近くに設置して、少しでも通信環境を良くできるよう努力しています。今は運用面でカバーすることが多いですね」
──逆にスタジアム外のクラブハウスならスムーズに通信できたりしますか?
松原「それは間違いないです。通信環境が安定していれば問題ないですね。ただ、最後に判断するのはベンチにいる監督なのでそこまで情報が届くかが重要なポイントです」
──3、4万人がスタジアムに入るとなかなか無線だと難しいですよね。
松原「今は5GHz帯という一般的なWi-Fiで使用されている無線の周波数でやっていたりするんですけど、そういった一般的な周波数から専門的な周波数に変えることも検討しています。今後5G回線で新たな通信規格の普及が見込まれていくので、そういったものの使用も含めて考えています。高速な5G回線が普及すればかなり改善はされるかなと、その辺りはNTTグループとも今後活用できないかなという話を今進めています」
──確かに、そこでNTTグループさんの力があると心強いですね。現実的でないかもしれないですけど、有線を導入する可能性はあったりするんですか?
松原「今も一部無線、有線を繋げるところは繋いでいただいているクラブもあるので、できないことはないです。通信環境を安定させる手段の1つとしての有線はありだと思うんですが、有線でやるにしても各スタジアムで状況が違うので簡単ではないです」
視線は世界へ。「シンプルに」「使いやすく」
――日本はスタジアムが自治体所有のケースが多いので、工事も簡単ではないですからね。そうした課題もある中で「LIVE SCOUTER」初年度となる今シーズンはどのような位置づけなのでしょうか?
茂木「テスト利用としてまず使ってもらって運用方法を検討していただいたり、フィードバックをクラブからもらって改善していこうというところです」
松原「Jリーグとしても、今後確実にこういったリアルタイム分析が進んでいくと考えているので競技規則の改正にできるだけ素早く対応していきましょうという意思が組織として共有されています」
──今後、J2やJ3にも展開していく可能性はあるのでしょうか?
松原「現時点では、今のシステムを通信環境含めて安定させることが第一だと思っています。J2やJ3に導入されるのはその後になると考えています」
──また環境が違ってきますから、新しいテストが必要かもしれませんね。
茂木「スタジアム設備の問題があるのか、逆に人が少ないことで干渉が起きにくくなってむしろ通信しやすいのか、こればっかりはやってみないとわかりませんね」
──今後の展望としてピッチ上のリアルタイム分析の課題をお聞かせください。
松原「ご利用いただいているクラブからも一番は通信環境についてご意見をいただいております。安定的に見られる環境がないと、なかなか使いづらい。その部分が現場の方の使い勝手に影響するところだと思っていますので、NTTグループとも改善策を模索しております。機能的なところでいうと、各クラブでそれぞれこうしてほしいという要望があるので、今後さらにいろんな意見を収集して改善を進めていきたいと思っています。ただ、リーグがインフラとして提供しているものなので機能の高度化というよりもまずシンプルにスカウティングビデオ映像をリアルタイムにクラブが活用できるという環境作りにフォーカスしていければと。今後も『シンプルに』というコンセプトをもとに、各クラブの意見を聞きながら、改善できればと思っています」
斉藤「データスタジアムとしても同意見です。あとは、今はどのクラブも同じフォーマットでスタッツを見ている中で、試合中にパッと見たいというところでいうと、見たい項目が決まっているクラブもあると思うんですね。そこはタグと同じようにカスタマイズして、すぐに見たいところは見られるようにデータ項目や見せ方を変えていくことは必要かなと考えています」
──サービス全体の展望というところでは、観戦者やメディア向けのサービスも予定しているのでしょうか?
松原「スタジアムで取材されているメディアの方々や公式映像のコメンタリー向けにこういったサービスを公開・提供していくことは1つの選択肢としてあります。間接的に観戦者や視聴者の方々に試合を理解していただくための1つの手段として考えています。まだ具体的な時期などは決まってはいないですが、検討はしています」
──Jクラブの育成部門へのサービス展開も今後あり得るのでしょうか?
茂木「今はJリーグの各クラブが育成に注力しているので、こういったテクノロジーが現場で導入されて、数字を見ながら選手を育てられるようなサービスの1つとして展開できればという見通しはありますが、まだアプローチを模索している段階です。Jリーグが主催している大会もありますから、試験的に参加チームにお渡しして使ってもらって、数字や映像がどのように使われるかというディスカッションは一番突き詰めていけるアプローチかなと思います」
──世界的にもリアルタイム分析は進化を遂げてきているので、日本からも新しい取り組みが誕生するのを楽しみにしています。
茂木「私たちも興味はあるところです。世界的にいろんなものが盛り上がっていると思うので、そういった要素を取り込んでいきたいです。独自の発展となるかもしれませんが、世界を見ながら各パートナーとともに発展させていきたいと思っています」
──今後の発展に注目させていただきます。本日は貴重なお話をありがとうございました。
Photos: Takahiro Fujii, J.LEAGUE
Edition: Masatoshi Adachi (footballista), Taku Momoi (footballista Lab)
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。