松本泰志が歩む、森崎和幸への道。偉大なるボランチへの一歩目
「点をとりに行く時こそ、起点になりたいのに」
ボールを蹴り上げては受け、蹴っては受ける。リフティングは、サッカーの基礎の基礎。ボールと友だちになるためには欠かせないトレーニングだと言える。
2019年5月1日、令和初日。松本泰志はトレーニングが終わると、リフティングしながらクラブハウスへと戻っていった。今年初めて、紅白戦の1本目でサブに回ったトレーニングだった。
ボールを置いた後、クーラーボックスの上に座り、じっとピッチを眺めていた。芝生はいつもと変わらずに碧く、ボールは白い。違うのは、松本にふりかかった現実だけ。そして彼は、現実を振り切って立ち上がり、誰とも会話をかわさずクラブハウスの中に消えた。
「危機感はすごくある」
その前日、20歳の若者は言葉を連ねていた。4月28日、平成最後の公式戦で途中交代。開幕戦に続き2度目となる交代は、自身にとっても衝撃的だった。開幕時の交代は、肉体的な事情であり、致し方ない。しかし今回は、戦術的な理由である。
皆川佑介を投入し、得点をとりに行く。そのために前線の選手の交代ではなく、ボランチの松本を下げることを城福浩監督は決断した。柴崎晃誠を1列下げることの方が有効だ、と。いや、本当の理由は違うのかもしれないが、松本泰志は「点をとるために自分を下げた」と受け取った。
「点をとりに行く時こそ、起点になりたいのに」
攻撃的な選手と自負しているからこそ、その思いは強い。
試合に出続けていても、レギュラーを奪った自覚はなかった。ケガで出遅れた青山敏弘や稲垣祥、そして柴﨑晃誠も本来は中盤の底が本職。ボランチの実力者が目白押しの広島にあっては、試合に出ているからといってただちに「レギュラー」とは見なしにくい。だからこそ、彼は言っていた。
「勝ち続ける。結果を残し続ければ、替えられることはない」
たしかに、勝っている間は指揮官もメンバー変更に着手しなかった。しかし、FC東京との「首位決戦」に初敗北を喫し、名古屋にも敗れて連敗してしまうと、城福浩監督は続く横浜FM戦から松本泰志を先発からはずし、稲垣祥を起用した。今季の城福監督は「実績」も「可能性」も「年齢」も全て排除し、選手の「今」を査定し、相手のスタイルを見極めながら選択する。外れたのは松本だけではない。仙台戦では野津田岳人がベンチスタートとなり、鳥栖戦では渡大生やエミル・サロモンソンが。そして浦和戦では吉野恭平も先発できなかった。一方で、結果を出した森島司や荒木隼人が抜擢を受ける。「誰にでもチャンスはある」という指揮官の言葉は、一方で「誰でも絶対的なレギュラーというわけではない」という競争原理の徹底を意味しているわけだ。
どのタイミングで、縦に入れるか。
「そこそこやっている。そういうレベルだと、レギュラーに留まることはできない。手を抜いているとは思っていないが、チームに貢献するために自分のプレーを 常に、フルに、出し続けないといけない」
指揮官は松本泰志を紅白戦の1本目から外したことについて、こう言及した。
しかし、逆に考えれば、松本はただ「世代交代」とか「未来志向」のために抜擢を受けたわけではないということだ。ピッチの上で戦い、自分のプレーを見せ付けてチームに貢献できると判断されたからこそ、開幕からずっとスタメンを守ってきたという証明なのである。
実際、昨年の大功労者である稲垣祥はケガから復帰してもベンチスタートが続いていたし、水本裕貴はリーグ戦のベンチ入りができない状態。そしてパトリックも、今季のリーグ戦先発は2試合で、名古屋戦や浦和戦ではベンチからも外れた。そういう厳しく激しく、誰も指定席を持っていない状況下で、松本は評価を受け、スタメンを張り、そして結果も出してきた。
では、松本泰志の何が、素晴らしいのか。
守備はまぎれもなく長足の進歩を遂げている。球際の激しさ、1対1の攻防でもJリーグの手練れに負けていない。
「泰志は、守備のメリハリがつくようになりましたね。アプローチを速く行くべき時は行けているし、そうでない時はポジションにしっかりと戻っている。よく走っているけれど、以前は走るベースがずっと同じだった。今はスプリントするべき時とそうでない時の切り替えができている。成長していると思います」
松本泰志にとっての憧れの存在であり、「カズさんのようになりたい」と目標に掲げている森﨑和幸クラブリレーションマネジャー(CRM)は、松本の成長ぶりをしっかりと認めている。また城福浩監督も「ダブルボランチの守備が安定しているからこそ、チームとして失点が少ない」と川辺・松本の守備力向上を高く評価していた。
ただ、守備だけでいえば、今も稲垣祥がチームナンバー1だ。海外組も含め、日本人選手屈指のボール奪取能力を持つ稲垣の守備は、まさにスペシャル。「ボールを奪いに行く」ことを前面に押し出すのであれば、どんな監督でも彼を外すことは難しい。
ただ、今季の広島は「ボールを刈り取っての速攻」だけを目指しているのではない。チーム全体としてのボール保持率は40%そこそこではあるが、リーグ屈指のボールポゼッション能力を誇る名古屋を相手に、30分以降は常に保持率で上回った。53分に見せた柏好文の決定機は29本のパスを繋いでの遅攻の結果だし、試合終了間際の皆川佑介が放った決定的ヘッドも遅攻からだ。埼玉スタジアムでクラブ史上初めて4得点を奪った浦和戦でも、セットプレーからの2点目以外は遅攻からで、相手の守備はセットされていた。
速攻一本槍では、安定した攻撃能力を発揮することはできない。その現実は何よりも昨年の広島自身が、証明している。遅攻で結果を出すためには、押し込んだ時のバランスをどう見るか、ボール回しのメリハリを付けて横に揺さぶりつつも、どのタイミングで縦に入れるか。この感覚こそ、かつての中盤の支配者だった森﨑和幸の真骨頂であり、彼の感覚を受け継ごうとしている松本泰志の目指すべきところなのである。
俺って、こんなにできなかったんだ。
名古屋戦での「29本連続パス」のシーンでも、横に揺さぶりつつ縦へのスイッチを入れたのは松本だった。特に24本目、ペナルティエリア前に立っていた柴﨑晃誠に対して入れた縦パスは、「さあ、いくぞ」という強い意志を込めたもの。そこから川辺駿→渡大生→川辺駿→エミル・サロモンソンとつなぎ、柏好文の決定的シュートが導き出された。
端からみれば、何気ない縦パスだったかもしれない。しかし、相手がブロックをつくって構えている中でバイタルエリア攻略のための縦パスを入れるのは、そう簡単にはいかないものだ。
「練習だと、どういうプレーだってできるんです。でも、公式戦だとそうはいかない。たった一つのプレーが明暗を分けるし、勝敗に直結する。そういう厳しさを強く感じています」
試合で自分の力を証明するには才能が必要になる。U-22日本代表で彼がボランチを任されているのも、開幕から広島のボランチを任されてきたのも、攻守のバランス感覚と縦にいれる才能が認められているからだ。
ただ、責任感の重さから、開幕当時はネガティブなことばかり考えていた。
俺って、こんなにできない選手だったんだ。
守ることで精一杯。この程度だったんだ。
昨年も、ルヴァンカップで出場してはいた。しかし、若手の登竜門的な存在でもあるルヴァンカップとリーグとでは「全く違う」と正直に告白する。ルヴァンカップも決勝トーナメントに入ると雰囲気はガラリと変わってくるが、昨年プレーしたグループステージでは主役は同世代の若者たち。優勝も降格もかかるリーグ戦とは、重みが違う。その重圧を強く感じながら、迫りくるベテランの脅威とも戦いながら、松本はここまで戦ってきた。そして、戦うごとに自信がつき、できることも増えてくる。成長速度があがっていることも実感している。
だが、名古屋戦は松本にとって大きな課題が見えた試合でもあった。特に前半、彼はチームを助けることができなかった。
失点シーンを振り返ると、松本はボールを持った米本拓司にブロックを崩してまでプレスを敢行している。現実にはそこであいたスペースにパスを通され、長谷川アーリアジャスールの決定的なスルーパスが生まれた。
だが松本は、プレスにいったことを後悔していないという。
「ただ、行くならボールに触ったり、相手を潰すくらいでないといけなかった。でも判断そのものは決して間違ってもいなかったと思うんですよ」
確かにどこかでボールを奪いにいかないと攻撃には転じられないわけで、。失点につながったからといってその判断そのものを「ミス」というわけにはいかない。
ただ、松本の本来の魅力は何か。稲垣ではなく松本が選択されていた理由は何か。それを考えれば、名古屋の特徴であるボールを失ったら瞬間のハイプレスに屈し、何度も高い位置でボールを奪われたことに対して、どう考えるのか。
責任を彼自身は痛感している。
「自分が前を向けるところでも前を向けず、意識が守りばかりになってしまった」
悔しそう。
「状況に応じた判断が(このポジションには)求められる。GKにボールを戻していい場面もあったし、僕自身が最終ラインに落ちて前向きにボールを受けて、そこから時間をつくってもよかった。それこそ、カズさんがやっていたように」
森崎和幸の後継者になれるか
広島はボールロストの頻度が高い。それは、ボール支配率が50%に届かない現実が如実に示している。しかし、バイタルエリアで1タッチパスを連続して崩せるくらい、選手たちのクオリティは決して低くない。
ではどうしてロストが多いのか。それは、ビルドアップの段階でチャレンジが多すぎるからだと筆者は考える。もちろん、チャレンジの意識がなければ崩せない。特にボールを奪った瞬間は相手もバランスを崩しているわけで、常にビッグチャンスへの入口である。しかし、そのチャレンジに対しては、相手もリスク管理を行なっているわけで、成功の確率は決して高くない。
また、試合のペースを考えても、押し込まれている時間が長い時は、あえてチャレンジではなく安全な道を探しながら「ポゼッションのためのポゼッション」を行なってゆっくりと主導権を握り返すプレーも必要だ。前に行きたがるアタッカーを制御したり、リスクを時には冒したり。そういうプレー判断を託されるからこそ、「ボランチ」(操縦桿)と呼ばれるのだ。
「前の選手もいい動きをしてくれているんで、だからこそもっといろいろと考えないと。奪った後にボールの逃げ道をつくって、(後ろでもいいから)ボールを握ることも大切。実際、(運動量のある)僕らは後半に勝負できるスタイル。だからこそ、前半は失点してはいけないし、名古屋戦や横浜FM戦のような状況にならないことが大切なんです」
走行距離13㎞超え4回は、リーグ最多。「自分自身、こんなに走れるなんて、驚きです」と松本は笑う。しかし、走れることはいいことだが、それだけで終わって欲しくはない。森﨑和幸は決して走行距離も長くなかったし、スプリントなど90分でゼロ回という試合もあった。だがそれでも彼は、紛れもない中心選手であり、チームの誰もが彼を頼り、苦しい時は彼に託した。精密な読みでインターセプトを多発し、時には深いタックルで相手をなぎ倒す。2015年にはパス成功率95%を記録したシーズンもあったほどのパス精度。しかし、森﨑和幸はすぐにそういう選手になったわけではない。経験と時間、そして誰よりもサッカーのことを考え尽くした努力から、レジェンドとなったのだ。
その森﨑CRMは、松本に対してこんな言葉を贈っている。
「攻撃はもっとできる。例えばミドルシュートだって、タイシは持っている。もっとチャレンジしていい。それができれば相手に対する脅威になるから。もちろん、確実にボールを繋ぎながら相手の急所をつくプレーの回数も、増やしてほしい。
チームが苦しい時、押されている時こそ、自分たちでボールを呼び込んで、パスを回して相手のプレッシャーを無力化すること。そのためには、あえて自分でボールを運んでいけばいいのか、つなぐことがいいのか。ファウルを誘うようなプレーだって、あってもいい。そういう相手が嫌がるプレーができるようになると、チームにとっても楽になるし、タイシ自身も成長できる。
結果が出ているからOKではなく、常に上を目指してやってほしい。もっともっとチームを動かせる存在になってほしい。今はまだ周りに支えてもらっている存在。自分で牽引できるようになってほしい」
松本泰志を指揮官が名古屋戦で途中交代させ、翌週の紅白戦の1本目で外したのは、「現状で満足するな」という指揮官の意思表示。2本目、Aチームに戻った松本は目の覚めるようなプレーを展開してチームを牽引し、城福監督を頷かせた。
確かにその週の横浜FM戦から2試合、彼はスタメンから外れた。だが、松本は腐ることなくトレーニングに取り組み、ピッチで結果を残し、鳥栖戦からスタメンに復帰。メルボルン・ビクトリー戦でプロ初得点を記録し、浦和戦では強烈なドリブルも見せつけて勝利に貢献。コパ・アメリカでの日本代表招集も決定した。
「(タイシが)ピッチの上でやり続けたからこそ、代表に選ばれたと思います。彼はチームの『いい守備からいい攻撃』の起点になっている部分が多い。もちろんボールを受けて捌くところが特徴であるけども、チームとしてボールを奪う起点になるところをもっとアベレージ高く出してくれればもっと成長できると思いますし、彼自身にもそのことを自覚してほしいなと思います。
若い選手はピッチに出る時間に比例して目に見えて成長していく。それを頼もしく感じていますし、われわれもやりがいを感じる。彼らには責任をもってピッチに立つ時間を大事にしてほしいと思いますし、選ばれたことに満足せずやっていってほしい。それはタイシも(大迫)ケースケも、代表に選出された二人はわかっているともいますし、要求もしていきたいと思います」(城福監督)
まだまだ、ここから。若者は成長への意欲を継続させている。指揮官の与える試練に正面から立ち向かっている。
走って、守って、攻撃もできて、リズムもつくって、得点もとれて、リーダーシップも持っている。そんな選手になれば紛れもなく日本代表に定着できるし、欧州にも行ける。夢のような話かもしれないが、松本泰志にはその可能性がある。
特に90分間の時間を計算して攻守のバランスとリズムを整える仕事がハイレベルでできる選手は日本には少なく、長谷部誠と森崎和幸くらいしか思いつかない(だからこそ、森﨑が慢性疲労症候群という病気と戦わざるを得なかったことは残念だ)。松本は彼らの後継となれる資質は十分にあるし、森﨑の近くでずっとトレーニングできていたというメリットもある。
2019年、偉大なるボランチが紡ぎ始めたその序章を、僕たちは読み始めた。
遠くない未来、松本泰志物語の書き出しをそんな言葉で綴れたら、どんなに幸せなことだろう。
Edition: Sawayama Mozzarella
Photos: Getty Images
Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。