長友佑都を変えた「専属シェフ」加藤超也の“ケガを防ぐ”食事法
あのアジアカップ参戦も、食事トレーニングがもたらした「奇跡」だった! 食材や食べ方、食が生み出す効果に関して半端ないこだわりを持つ長友佑都を「専属シェフ」として2年半前からサポートするのが加藤超也氏だ。アスリートの体作りにも適合し、回復力や持久力を向上させるとともにケガの予防に効くという、その「ファット・アダプテーション食事法」とは? 2月下旬、トルコから“短期出張中”のパリで直撃した。
きっかけは、あるJリーガーの“注文”
── 長友選手のサポートをするようになったのは、ご自身でメッセージを送ったのが始まりだったそうですね。
「アスリートの食事に興味を持ち始めてから2年間かけて栄養学などを勉強しまして、資格を取り、知識もできて、実際に準備ができた僕の中には、自分と同じくらいに食に対する意識が高く、モチベーションの高い選手をサポートしたい、という思いがありました。でも実際にアスリートの専属シェフとして活動する人は周りに一人もおらず、どういうふうにしてそういうことができるのかもわからなかった。自分自身で動くしかないと思っていたところ、長友選手が『食事にこだわっている』とSNSに書かれていたのを見て、『この人をサポートしたい!』と直感が働いたんです。そこにはミーハーな気持ちなどはまったくなく、とにかくこの人とコンタクトを取りたい、という一心でした。そのメッセージを見たのは深夜だったのですが、どうしても本人に伝えたくてその夜のうちに自分の情熱や思いを送ったら、次の日に返信があったという奇跡的な話です。
長友選手は以前はすごくケガが多くて、離脱することも多く放出リストにも載る状況にありましたが、食事でケガが改善されるということはまったく考えていなかったらしいです。『なんでこんなにケガが多いんだろう?』と強く感じる中で、食事にフォーカスして取り組み始めたちょうどその時に、僕が連絡をした、という流れでした」
── 加藤シェフご自身は小さい頃から食に興味が?
「父が建築士で、幼い頃から建築の現場を見てきて、ものづくりにすごく興味があったというのはあります。高校を卒業後は一部上場企業に就職してサラリーマンをしていたのですが、3、4年たった頃、もっと世の中に自分がしている仕事を評価してもらいたいという思いが強くなり、22歳になる手前くらいで転職を決めたんです。周囲には大反対されましたけど(笑)、修行しながら調理師免許を取らせてもらえるイタリアンレストランで働くことにしました」
── アスリートの食生活に興味を持たれたきっかけは?
「修行時代を終えた後でシェフをやらせてもらっていたレストランで、お客様の中にJリーグの選手がいまして、彼がアスリートの専属シェフになろうというきっかけを与えてくれた人です。当時の僕は、純粋に美味しい料理を提供したいという思いで作っていたんですが、その選手からはすごく注文が多かったんですね。豚の脂身は全部カットしてくれとか、サラダのドレッシングはなしでオリーブオイルと塩だけでいいとか。そういった注文のされ方をした時、僕は物凄く恥ずかしい気持ちになったんです。僕はプロの料理人なのに、人の体に入るものに対して何も知らない、それはすごく無責任なことしているな、と。例えば薬剤師さんが薬の調合をする時は、この薬に何の成分が入っているか、どんな効果があるかを説明できる。料理人も同じように体の中に入るものを扱っているのに、何も説明できないでその料理を食べさせている、なんと危険なことをしているのだろう、と。
それと同時に、じゃあそういうことを考えてシェフをやっている人はどれくらいいるんだろう? ここを突き詰めて料理を提供できるようになったら、そういうものを求めているアスリートに物凄くポジティブな料理を出せるのではないか? そう思って勉強を始めました。それぞれの食材にどのような栄養素が含まれていてそれにはどのような効果があるのかを調べながら、一方で資格を取った。最初は要望が多かったその選手にも、いつの日からか、僕に任せると言ってもらえるようになりました」
リカバリー、抗酸化、持久力を高める食事
── 実際に長友選手の専属シェフとして仕事を始めて、最初に意識したことは?
「飽きさせないこと、それから献立を決めることはしなかったですね。毎日、彼の表情を見たり、トレーニングも一部練の時もあれば二部練の時もあって生活スタイルも日々変わりますから、状況や彼のコンディションに合わせて、それに適した良い食材があるかを見て正解を出す。その正解というのが、その日の献立になる、という考え方でやっていました」
── 効果の面では具体的にどういった点を?
「1つ目はリカバリー。試合が終わった後にいかに筋肉を修復させてあげるか、消費したエネルギーを元に戻してあげるか。そのためには非常に良質なタンパク質、特に魚料理に注目して提供しました。
2つ目は抗酸化作用。アスリートは非常に過酷な職業で、人一倍走ったり、トレーニングしたりする中で疲労の蓄積が物凄い。そうなると活性酸素という、体を酸化させて錆びさせてしまう物質が発生してしまうんです。それを抑制するために、抗酸化作用のあるサーモンや、野菜だったらパプリカやトマトを入れたものを多く摂ってもらうということに気をつけていました。コンディションの維持・向上という意味では、しっかりバランスの取れた栄養を摂ること。三大栄養素(タンパク質・糖質・脂質)はもちろん、ビタミン、ミネラル、食物繊維もしっかり摂る。
そして3つ目ですが、彼はサイドバックですから、11人の中でもより多く走るポジションでプレーしています。実際、ワールドカップの時も長友選手は最も走行距離が長い部類で、1試合で10km以上も走っていた。そこにフォーカスすると持久力がポイントになり、強化のためにはエネルギーとして蓄えられるタンパク質と良質な脂質を摂取することが必要になる。こういった取り組みは、他のアスリートとはまったく違う食事の摂り方だと思います」
── それにより、目に見えて効果が上がってきた。
「一番は、多かった筋肉系のケガがまったくなくなったことでしょうか。あとは本人のコンディション的にスピードが上がったり。ただ、長友選手自身も言っていますけど、食事で持久力やスタミナがつくのは事実ですが、加えて運動面のトレーニングも相乗効果としてあります。最も目に見える成果はやはりケガがなくなったことでしょうね」
── 昨年の肺気胸からの回復も異例のスピードでした。
「肺はタンパク質で構成されています。いち早く肺を塞ぐ効果を考えた時に、余計に糖分を摂り過ぎてしまうと傷口は塞がらないですし、良質なタンパク質をたくさん摂らないと傷の治癒は早くならないんです。手術が終わった時、ドクターは『復帰は1月過ぎだろう。当然アジアカップは間に合わない』と。それを聞いた長友選手からも一言『俺はアジアカップは諦める』と言われました。なので我われサポート陣も、それを本人が覚悟したのなら、1月の実戦復帰までに良い回復の仕方をトレーニングで行っていこう、と話し合ったんです。
ところが(治療中は)練習に出られず、試合もないので前泊もない。日々家にいるわけで、リハビリ生活が始まると1日3食を提供することができた。そこで、とにかく良質なタンパク質を摂取してもらうことを実践しました。栄養バランスを考える中で、傷口を塞ぐのを妨げる要素の多い糖質を摂り過ぎないようにするなど、きちんとコントロールする取り組みをした結果、11月28日のチャンピオンズリーグで実戦に復帰し、アジアカップにも間に合った。実質1カ月以上も復帰を早められたというのが食事トレーニングの成果です」
── ご本人も驚いたのでは?
「とても驚いていましたし、物凄く感謝もされました。アジアカップの決勝戦が終わった後、結果は悔しかっただろうと思いますが、『おつかれさまでした』というメールを送ったら、『いや、アジアカップに出られたこと自体が奇跡だった。一度は諦めたこの大会に出られたことだけでも感謝やし、そういった意味では良い大会だった』と言ってくれたのは、物凄くうれしかったですね。僕も本当に真剣にやってきたので」
食欲をそそる、メンタルも癒してあげる
── そういったやりがいもある一方で、長友選手のような世界的なトップアスリートの体調を担う責任というのは相当大きいのでは?
「そこがプレッシャーですね。軽い気持ちで『長友選手の専属シェフなんていいよね』と言われたりもするんですが、日本や世界の人々からの期待を背負っている選手の体を預かるということが、どれだけのプレッシャーか、どれだけの責任があるか、『一度やってみたらいいよ』と返したくなることもあります。それほど責任を持って、プレッシャーを感じてやっているので。この仕事には日々『慣れる』ということはないです。日々、真剣な気持ちを持って挑まないと相手に対しても失礼ですし、そういう気持ちは絶対に消さないようにしています」
── 体に良いだけじゃなく、食欲をそそる工夫といったご苦労もあるのでは?
「そうですね。試合が終わってからの食事は、特に長友選手の場合は食欲も落ちていますから、食欲が増進するような調味料やスパイスを使ったりもしていますね。また、調味料は全部手作りしています。ポン酢、土佐酢、マヨネーズ、ケチャップ、カレールーもそうですし、すべて手作りなので調理に時間はかかります」
── 体のコンディションが良いとメンタルも安定するという効果も?
「心と体が繋がっているということを一番理解しているのがおそらくアスリートではないかと思います。そういった意味では、体の組織を作ってあげることが自分の仕事ではありますが、もう一方で、メンタルを癒してあげるという点でも大事な役割があると思ってやっていますね。食事はリラックスできるものでもありますから」
── 長友選手に触発されて、食事トレーニングを取り入れるアスリートが増えるのではないですか?
「いきなり0から100にするような、長友選手のような取り組みはなかなかできることではないと思います。365日こういった形でサポートをしてくれる人もいないでしょうし、実際問題としてお金もかかりますから。
ただ、0を10にする取り組みは誰にでもできるはずです。よく『自分は長友さんみたいにはできない』ということを言われたりするのですが、日々の生活の中のちょっとしたこと、例えばカップラーメンを食べたいけどやめておこう、サラダから食べてみよう、青魚がいいと言われたから今日の外食では青魚にしよう、お寿司屋さんに来たらマグロや青魚を食べよう、といった小さな意識改革を少しずつでも日々行っていくことが、やがては、まったく0%だったものが50%、60%と、どんどん変わっていく流れになるのではないかと思います」
── 長友選手のチームメイトも興味を持たれているそうですね。
「インテル時代の同僚につい先月も呼ばれまして、3日間サポートしに行っていました。ミラノでも食トレの発想は皆無でしたね。でも『ユウトはケガをしなくなったし、スピードはめちゃくちゃあるし、なんだか物凄くコンディションが上がっている。お前、何やってるんだ?』という話になっていました(笑)」
── 加藤シェフが先駆者となって、後進を世に送り出すきっかけになるのではないですか?
「僕はそういう気持ちがすごく強いので、機会があれば、こういう形で発信していくことが自分の責任だと考えています。アスリートのシェフを育てることについての今後の展開も徐々に形になりつつあります。
今、僕がやっているのは『ファット・アダプテーション食事法』というもので、これは医学界では認められているのですが、一般にはまだ浸透していないんです。この食事法は、日頃から協力してくださっている北里研究所病院の山田医師によっても、アスリートにとって適合している、持久力の効果アップに繋がる、ケガの予防になる、体の酸化を予防する取り組みにもなる、といった効果が認められています。先ほどお話しした肺気胸の時も、山田先生と密に連絡を取りながら、医学的な視点を交えた食事療法で早期回復に取り組みました。もちろん、すべてがその結果というわけではありませんが、現地のお医者様が驚異的な回復だと驚かれていたことからも、一つの成果だったと言えると思います。
僕も新たに、岡崎慎司選手やバスケットボールの富樫勇樹選手など、長友選手以外のアスリートのお手伝いも始めています。彼らでも結果が現れていることを発信して、食トレの効果をより認知してもらえるように尽力したい。そこに関しての使命感は持っていますから!」
Tatsuya KATO
加藤超也
1984年生まれ。2010年より神奈川県横浜市のイタリア料理店「Cucina Pinocchio」でシェフを務め、「素材の持つパワー、魅力を最大限活かした料理」をテーマに活動。16年7月に株式会社Cuoreに入社、長友佑都専属シェフに就任し、インテル在籍時はミラノ、現在はイスタンブールと日本を行き来しながらサポートに従事している。この他、岡崎慎司やバスケットボール選手などの料理サポートも担当。
Photos: Cuore Co.,Ltd
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。