“人生では100%を捧げないといけない。それでうまく行かないなら自分のせいではない”
Sergio Canales
セルヒオ・カナーレス
MF6|ベティス
1991.2.16(28歳) SPAIN
サッカー選手の負傷の中でも、膝の前十字靭帯断裂は最も重い部類に入る。そこを、三度も断裂した選手は少ないだろう。そして、復活してキャリア最高のプレーをしている例はもっと少ないはずだ。3度の大ケガは、セルヒオ・カナーレスをより良い選手にした。
レジリエンス(回復力、復元力)という言葉がある。元の状態に戻ることではなく、「困難を経て元の姿を上回ること」だが、その例としてカナーレスほどの好例は知らない。
今見ている28歳のカナーレスは、19歳でレアル・マドリーへの移籍を決定づけた、セビージャ戦伝説の2ゴールを奪った彼ではない。貴公子然とし、エレガントなプレーとスレンダーな体型で「アヒルの中の白鳥」と形容された9年前の彼ではない。
繊細なトップ下ではなく、自由にグラウンドを動く許可を与えられた、馬力あるセントラルMF兼トップ下兼セカンドトップ。ゴール前のパサーではなく、味方CBの前でボール出しをし、左右サイドを駆け上がり、カウンター時には相手DFラインの裏へ飛び出す――。攻守が一体化したベティスで、攻守のすべてのタスクを1人でこなす万能でスーパーな選手である。
彼が決定的に変わったのは、3年前の左膝の前十字靭帯断裂がきっかけだった。そのリハビリ中に知り合った個人トレーナーとともに回復のみならず再発予防のために、筋肉の部分的な強化を今も続けている。特に大臀筋と大腿筋には力を入れ、腰回りと太腿は明らかに大きくなった。それでいて体重が65kg(身長176cm)のままなのは、自然食のマクロビオティックを採り入れた食事のおかげなのか。スピードもソシエダ時代よりも上がったように見えるのは「バテて試合を終えたことはない」というほどの体力がつき、終盤でも速度が落ちず相手より相対的に速くなったからかもしれない。
大ケガのたびに無駄な虚栄や油断を削ぎ落としていき、今はサッカー選手に24時間を捧げる禁欲的な生活をしており、夜の街で見かけることもない。自分への要求水準が高く、練習とは別に個人トレーナーとのトレーニングを日課とし、フル出場後のクールダウンでも集団を率いて走りコーチからストップがかからないと足を止めないほど。常に上を目指す姿勢があったからこそ3度の大ケガから立ち直ることができ、3度の大ケガがあったからこそ向上心が強化されたのだろう。
“19歳の時の輝きを取り戻そうとしている”――という形容を目にするたびに、かつてのタレントの大きさを想い、“ケガがなければ……”とどうしても想像してしまう。だが、ケガがあったからこそ今のカナーレスがある。そして同情や功労ではなく、実力で初のA代表に呼ばれた今こそが最高点なのだ。
Photos: Getty Images
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。