ロシアサッカーのケガ事情
本田圭佑が2010年から4年間を過ごしたCSKAモスクワ時代を振り返る時、多くの人の記憶に刻まれている印象はケガとの闘いではないだろうか。
選手にとって過酷な環境が語られがちなロシアだが、実際のところ他国に比べて突出して負傷者が多いというデータはこれまでなかった。しかし、昨シーズンはロシア代表内でW杯直前にレギュラー3人が故障離脱し、その後も各クラブの主力にケガ人が続出。なかなかベストメンバーが組めない状況に対して現地の各メディアは「ロシアに蔓延するケガのパンデミック」といった特集を組み、その要因を探っている。
これまで、ケガの一因の筆頭とされてきたのが人工芝だった。だが、これに関してはW杯開催によって環境が一変。1部リーグでは現在ほとんどの都市で天然芝やハイブリッド芝が整備され、選手が人工芝でプレーする機会は激減している。それにもかかわらずケガが増えている状況について、昨季までゼニトのドクターを務めていたミハイル・グリシンは「人工芝や沼地のような酷いピッチで試合をしていた頃の方が、選手同士の接触は少なかった」と指摘する。環境の整備に伴い現代的な戦術が導入され、プレースピードが上がったことにより衝突の強度も増すという別の問題が生じたのである。そして、その変化に応じたトレーニング法が国内全体で確立されていないため、ロシア人選手たちはケガの予防に対する準備が十分ではない。
外国人フィジカルコーチのデメリット
厳しい寒さが続く気候ではより入念な体の管理が必要となるが、フィジカルコーチの人材不足も課題となっている。現在国内トップクラブで働くフィジカルコーチはスペイン人やポルトガル人など外国人が中心だが、彼らはロシアの気候に合わせた対処を熟知している訳ではない。国内各地の体育大では、ようやく最新のメソッドを学ぶフィジカル専門コーチの養成が始まったばかりだ。
ロシア人選手がケガをした場合、ほとんどのトッププレーヤーはドイツかイタリアで手術や治療を行う。現在、国内トップの医療水準は決して西欧に劣ってはいないが、2000年代前半までの「劣悪な医療現場」というイメージがまだ残っているため、クラブや選手には「西側の方が確実」という意識が強い。言葉の壁や移動が少なからず選手の負担になるため、国内のスポーツ医療に対する信頼度を高める必要もあるだろう。
一方で育成年代や下部リーグに目を向けると、劣悪な人工芝やフィジカルコーチの不在、不十分な医療体制という上記の問題がさらに深刻な形でクラブや選手を悩ませている。トップレベルに上り詰めるまでに何らかのケガを抱える選手も珍しくはないが、W杯による環境向上の実績をアピールする連盟は「ロシアサッカーの発展はこれからも続いていく」と改善を約束している。
Photos: Getty Images
TAG
Profile
篠崎 直也
1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。