阿部翔平、8部リーグに移籍。 TOKYO CITY F.C.の野望とは?
SNSを介して出会ったメンバーを中心に、渋谷からJリーグを目指すフットボールクラブ――。
2014年設立のTOKYO CITY F.C.(以下TCFC)は、CEOの山内一樹氏をはじめ20~30代半ばのミレニアル世代によって運営されている若いクラブだ。2019年シーズンは東京都社会人リーグ2部(J1リーグから数えて8部に相当)を舞台とするが、元日本代表候補でJ1出場歴300試合以上を誇る阿部翔平(35)の入団を発表し、クラブの成長への本気度やビジョンを打ち出す大きな一歩を踏み出した。
そんなTCFCが3月5日、東京・渋谷区内で開催したクラブ構想発表会を取材。彼らが抱く大いなる野望、見据える未来を追った。
サッカークラブを紹介する記事の冒頭としては異色だが、まずはこの動画を見てほしい。
「ヒカサカ」と名付けられたこのアクティビティは、TCFCと東大発のインタラクティブパフォーマンス集団「動Ku光」とのコラボレーションにより形になったものだ。動く物体の軌跡を捉え、プロジェクションマッピングとしてリアルタイムに投影する技術をフットボールに応用したもので、2018年シーズンのTCFC新体制発表会の一部として披露されている。
ちょうど1年前に行われたこのイベントを現地で体験することはできなかったものの、興味を惹かれた私はすぐにクラブのオフィシャルHPをのぞいてみた。そこでわかったことは、運営メンバーにIT・ベンチャー企業のキャリアを持つスタッフが多くいること。IT・AI関連数社とパートナーシップ契約を締結しており、協働して技術開発を行い、さらにクラブ運営にも活かしていくビジョンがあること。ピッチ外イベントにも積極的で、野外フェスへの参加やスポーツビジネス業界のパネルディスカッションなどを行っていること。サッカーによる国際交流にも取り組んでおり、北マリアナ諸島代表との親善試合を含む海外遠征を複数回行ってきたこと。「渋谷とサッカークラブ」という組み合わせの意外性もさることながら、既成のサッカー競技にとらわれることのない自由な価値観を持つ、新しいクラブが生まれつつあるのかもしれない。そんな新鮮さに惹きつけられたことを覚えている。
「ミレニアル世代と呼ばれる20代から30代半ばの若者たちの声をもとに、SNSから生まれたサッカークラブ」
クラブ創設者でありCEOの山内一樹氏は、TCFCというクラブをそのように説明する。
山内氏は、青山学院大学在学中に㈱大学スポーツチャンネルを創業。同大学内に本拠地を置くこの会社は、主に大学スポーツチームのWeb制作やチーム支援サービス、JリーグやBリーグのSNSアカウント活用支援サービスなどを推進する会社で、山内氏は現在も役員を務めている。氏をはじめとしたクラブの運営陣には、IT・ベンチャー企業やスポーツビジネスに携わるスタッフが多くそろっており、スタートアップ企業のカルチャーと事業スピードを持つサッカークラブと言えそうだ。
山内氏は10年間にわたる大学スポーツチームや学生たちとの業務を通して、ミレニアル世代と呼ばれる若者たちのスポーツに対する意識に変化が起きていると語る。一つは、トップダウン型からボトムアップ型への変化。監督やキャプテンが示す方向性にその他大勢が従う上意下達の流れから、各々の楽しみのためのスポーツ、自己表現の手段としての競技という下意上達へ。もう一つはスポーツ観戦における変化で、競技そのものを観に行くという従来の動機から、遊びの延長としてお祭りやフェスに参加するような意識の変化を実感しているという。
そんな世代の価値観をベースにクラブを作ったら、どうなるか。「渋谷生まれのソーシャルフットボールクラブ」を標榜するTCFCはこのような背景によって設立されたサッカークラブであり、ここでいう「ソーシャル」とは「多様性と透明性、オープンなマインドとフラットな関係」だと山内氏は語る。この価値観をもとにSNSを介して集ったメンバーが現在のTCFCを構成しており、インターネットを通じた練習参加への問い合わせも多いという。なお、検索サイト上のSEO対策によるものかどうか、Google上で「東京都社会人サッカーリーグ」と検索して最上位に表示されるクラブはTCFCである(2019年2月末現在)。
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「兼業フットボーラー」というモデル作り
サッカーのピッチ外での特色を明確に打ち出したTCFCだが、競技面の強化を担当するGM兼監督の深澤佑介氏も、こうしたクラブのカルチャーを体現するビジョンの持ち主だ。
現在32歳の深澤氏は、英国留学を経て湘南ベルマーレで強化担当とスカウトなどを歴任、その後現在に至るまでスポーツマーケティング企業に勤めながら、2017年シーズン途中よりTCFCに招聘されている。
そのようなキャリアを持つGM兼監督が、2024年のJリーグ参入とともに掲げていることに「兼業フットボーラー」というモデル作りがある。
深澤氏いわく、現在日本でプロサッカー選手を目指す人にとっての大きな選択肢は一つ。それは、高校・大学卒業時にプロクラブに進むこと。そうでなければ、仕事に専念してサッカーを諦めるしかない。プロになれなかった選手が社会人チームに進むケース、そしてプロクラブから声がかかったものの、一般企業への就職を選びつつJFL等に進むケースも当然あるが、学生時代までと同じモチベーションでサッカーを続ける環境を持つことはとても難しいのが現状だという。
「我われが提供したい価値として、そこに新しい選択肢を加えたいなと思っています。仕事をしながらでもサッカーに本気で取り組める環境がある。サッカーをすることで、仕事の面でもより自分を高め、プラスアルファの成長に繋がる。そうした<兼業フットボーラー>という考え方を広めたいと思っています」(深澤)
続いて深澤氏は、JFAとイングランドサッカー協会(FA)のリーグ組織図を並べつつ、両者の違いについて説明する。
「JFAに登録しているサッカー競技者数の推移を見ると、2010年以降に育成年代のカテゴリーではいずれも競技者数が増えているものの、社会人のカテゴリー(1種)だけが減少傾向にあります。大人になるとサッカーをする場がなくなってしまう、このことは我われが解決できる可能性のある問題の一つかなと思っています。
日本では、J1~J3までの56チームとJFLを併せた150チームまでは、一部お金を貰いながらプレーしている選手が存在するリーグです。JFL・地域リーグのすべてのチームがそうではないと思いますが。一方イングランドでは、プレミアリーグを頂点に4部までがプロリーグで、94のチームが存在しています。その下の5部~11部まではセミプロリーグと呼ばれています。実際にこのセミプロのチームに所属する選手の多くは報酬を貰いながらプレーしていて、当カテゴリーには現在1509クラブが存在しています。日本の150クラブと比較すると、規模の違いがわかると思います。プロクラブ以上に、その下のカテゴリーに彼我の差があるのではないでしょうか。イングランドでは6部などでも数千人規模のスタジアムを持つクラブが存在していて、所属選手はサッカーでお金を貰いつつ仕事もしながらプレーしている、地元のヒーロー的存在です。イングランドと日本では歴史も違い、同じような道筋をたどれるとは思っていませんが、日本なりの身近なヒーローを作っていきたいと思っています。
当然これを成し遂げるためには、お金が必要です。今我われが所属しているアマチュアリーグであっても、稼げるクラブになること。それは我われが目指すミッションを成し遂げるうえでの大事な要素になってきます。パートナーシップ企業の皆様との協業を進めながら、サッカーができる環境を作っていきたいと思っています。
また今後カテゴリーを上げていくと同時に、サッカー中心に生活できる選手を増やしていけると思っていますが、軸足はサッカーに置きながら、それ以外の仕事にチャレンジできる環境も作っていきたいと思っています。サッカーをしながらYouTuberをできるかもしれない。サッカー選手をやりながら、サッカーアカデミーを監修して啓蒙できるかもしれない。サッカーをしながら、新しい事業を起こすことができるかもしれない。どのカテゴリーに進んでも、こうしたモデルを増やしていければと思っています。
今回阿部選手との契約に至ったのも、話をするなかでいろいろとチャレンジングなマインドを持っていることがわかり、契約に至りました。サッカー中心にやっていきつつも、新しい事業にチャレンジするなど、阿部選手とともに新しいフットボーラーの在り方、モデル作りに挑戦していきたいと思っています」(深澤)
サッカーだけでなく、競技外の価値観を大事にするTCFCのクラブカラーを構築するうえで、モデルケースとしたクラブや企業はあるのだろうか。
「イングランドにHashtag United Football Club(※脚注)というクラブがあり、ざっくりいえばYouTuberのような人たちがサッカーをやっている、というクラブです。下部リーグのチームですが、SNSの発信やコンテンツが面白くて、そういう面では参考になるかなと思っています。もちろんすべてを同じようにと考えているわけではないですが」
ピッチ上ではどんなサッカーを目指しているのか。東京・渋谷というキーワードに加えて、IT・ベンチャー企業やスポーツビジネスに携わるスタッフを多く有するクラブのカルチャーから導き出されたゲームモデルがあるとすれば、それは一体どんなものだろうか。
「これからブラッシュアップしていくところですが、ブレることのない軸としては、エンターテインメント性のあるサッカー、やっていても観ていても楽しいサッカーというものです。攻撃的なサッカー、ゴール前での攻防が90分を通して多く生まれるサッカーを志向したいですね」(深澤)
※Hashtag United Football Club
2018-19シーズンは、最上位プレミアリーグから数えて10層目にあたるEastern Counties League Division One Southに所属。
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TCFCの選手陣において名実ともに中心を成していくのが、ヴァンフォーレ甲府から移籍した阿部翔平であるのは間違いない。
J2から都リーグ2部のチームへ移籍した経緯について、本人はこのように語っている。
――今回の移籍の背景や、TCFCを選んだ理由について教えてください。
阿部「若い力が結集された面白いクラブ、というのが第一印象です。SNSやイベント(の積極活用)だったり、僕にないものが凄く魅力的で、学びたいと思うし、体験したいなというふうに思いました。サッカーにおいては、12年間(プロとして)やってきたので、このチームに還元できるものがあるんじゃないかなと思ってます。僕と若い力が合わさったら、凄く面白いことができるんじゃないかなと思い、楽しみにして来ました」
――TCFCで具体的にチャレンジしたいことがあれば教えてください。
阿部「このカテゴリーだと戦術も浸透していない部分があると思うので、そういうところもイチからやっていきたいなと思いますし、戦い方を示していければいいなと思っています。一試合、一試合を勝っていきたい、そういう風に思っています」
――2019年シーズンの抱負をお願いします。
阿部「全部勝っていく、というのはそうなんですけど、内容を含めて、選手一人ひとりが前向きに戦っていって、しっかりと結果もついてこさせるということを目指したいなと思っています」
TCFCの今シーズンを占ううえでも、阿部翔平のチームへのフィット具合はやはり気になるところだ。
会見後の3月9日、上位リーグに所属するクラブとのトレーニングマッチを取材したが、その左足から高精度のミドル・ロングパスを何本も繰り出し、相手の脅威になっていた。オフ・ザ・ボール時にも的確なコーチングでチームを牽引し、すでにピッチ内のリーダーとしての役割を十二分に発揮しているのが見て取れた。
平均年齢20代半ばのメンバーも実力者ぞろいで、FC琉球(現J2)やインターハイ優勝校に所属歴のある選手など、都2部リーグでは充実した陣容がそろう。
ピッチ内外でのTCFCの挑戦によって、日本のサッカー界に生まれつつある新たな価値観を目撃していきたい。
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Profile
成田 佳洋
1974年生まれ、音楽レーベルNRT代表。2016年、鎌倉のサッカー少年団のアシスタントコーチとして勧誘され入団。以来、様々なカテゴリーのクラブを週一度巡回。子どもの遊びと居場所問題の解決策を探るべく、こども食堂や児童館、プレイパークなどで実習を重ねる。夢は鎌倉近辺に子どもと大人のためのサッカーグラウンドを作ること。ニッパツ三ツ沢球技場サポーター。Twitterアカウント:@YoshihiroNarita