「ケガとともに生きた」選手たち#4
3月12日に発売された『月刊フットボリスタ第67号』では「ケガとともに生きる」と題し、アスリートにとって逃れることのできないケガにサッカー界がどう向き合っているのか、不運に見舞われた選手たちの逆境の乗り越え方、人生への向き合い方から、なかなか表に出ないケガの予防、治療、リハビリにまつわる最新事情までを取り上げている。
ただ実は、フットボリスタがこうしてケガについて特集するのは初めてではない。ちょうど10年前の2009年11月5日発売号で、負傷に泣かされた選手たちの状況や当時の最新事情にフォーカスしていた。そこで今回の最新号に合わせて、当時の特集からいくつかの記事をピックアップして掲載する。
#4のスティーブン・ハントは、ケガを負わせてしまった立場の人間だ。糾弾されて然るべき行為だったかもしれないが、しかしその瞬間から、非難の矛先が猛然と突きつけられる。被害者と同様、選手キャリアに深い傷を負った、悲劇のもう一人の主役。その精神的ダメージは想像に余りある。
※2009年11月5日発売『週刊footballista #142』掲載
Stephen HUNT
スティーブン・ハント|レディング(当時)
休むことのない激しいアップダウン。左サイドで攻守に汗を流すハントは、本来ならばプレミアの観衆が好む「陰の英雄」タイプのハードワーカーだ。06年10月14日のリーグ戦で起こったチェフとの接触は、頭蓋骨陥没の大ケガを負ったチェルシーのGKはもちろん、ケガを負わせたレディング(当時)のウインガーにとっても不幸な出来事だった。
ハントは「故意ではない」と主張したが、相手陣営は聞く耳を持たなかった。チェルシーの監督だったモウリーニョからは「卑劣な行為だ」と非難され、ドログバからは「不可抗力とは思えない」と疑いをかけられた。中立的な立場であるはずの識者の間からも「なぜ体を投げ出してきたGKを避けなかったのか?」と疑問の声が上がると、世論は一気に“反ハント”へと傾く。ピッチ上では、正当なタックルでボールを奪っても対戦相手のサポーターから罵声を浴びるようになり、ピッチ外では脅迫状が届くようになると、事は警察沙汰にまで発展した。
■ 非難轟々の中で黙々と
当人はチェフに謝罪の手紙を送るなどしていたと言われるが、相手が事故を忘れたい一心で取り合わなかったことから両者の和解が報じられることはなく、チェルシーファンの中には現在でもハントを許していない者が少なくない。事実、今季開幕戦のスタンフォードブリッジでは、所属先がハルに変わっても、男の一挙手一投足にブーイングが沸き起こった。
レディングを去る前に、「相手にケガを負わせたことだけが記憶されているのは辛い」と心中を語っていたハント。被害者のチェフがケガを過去に葬り去ろうと意識しているのだから、第三者である観衆もハントの加害者扱いを止めるべきだろう。そうすれば、評価に値するハントの姿が見えてくるはずだ。3年前のチェルシー戦では、チェフの退場後も動揺せずにフルタイムを戦い抜き、今季の対戦では非難轟々(ごうごう)の中でハルに先制点をもたらした、心身ともにタフなウインガーとしての姿が。
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Photos: Getty Images
Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。