「ソーシャル運用」だけでは無意味!専門家が提案する「共創」と「三方良し」の視点
突然ですが、あなたはどのような手順を経て、こちらの記事に辿り着きましたか?
おそらくは、TwitterやFacebook、Instagramを始めとしたソーシャルメディア、もしくはLINEを代表するようなチャットプラットフォーム経由であるという人が大多数でしょう。
もしくは、知人から「こういう記事があったよ!」というクチコミで辿りついた人もいるかもしれません。
そんな“アプリプラットフォーム”が日本サッカーを取り巻く状況は、ここ数年で大きく様変わりしました。
今回は、そんな誰でも気軽にアクセスできる「ITプラットフォーム×サッカー」を紐解く記事をお届けします。
諸外国に比べて遅れをとっていた、日本のソーシャルメディア活用
Twitterの日本語版が利用可能となったのが2008年、Facebook Japan株式会社が設立されたのが2010年、LINEがリリースされたのが2011年、Instagramの日本語アカウントが開設されたのが2014年です。ざっと並べてみただけでも、ここ10年間で数多くのソーシャルメディアが相次いで日本へと進出してきました。
その結果、都内でのスマートフォン所持率は全世代にて約8割近くとなり、デジタルメディアとの接触時間も年々増加傾向にあります。
出典:博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所「メディア定点調査2018」時系列分析|ニュースリリース|博報堂DYメディアパートナーズ
しかし、日本のスポーツ現場における「ソーシャルメディア活用」は、アメリカや欧州諸国の取り組みと比較して、やや出遅れているのが実情です。
最近でも、読売巨人ジャイアンツの原監督が「SNS禁止令」をアナウンスし、物議を醸していたのは記憶に新しいでしょう。(そのアナウンスの後に上原投手は堂々とツイートしていましたが…笑)
こうした日本のプロ野球を取り巻くITリテラシーの現状は、MLBの事例と比較しても、前時代的な状況であることは否めません。
ダルビッシュ有投手のTwitterアカウントがわかりやすい例ですが、球場を舞台として繰り広げる“選手”としての時間と、プライベートを含めた個人的なアナウンスの時間を、日本人は同一視する傾向にあります。その結果、プロ野球選手の情報発信に「マーケティング的な付加価値」を見出すチームが少なく、公式アカウントのみでファンとのコミュニケーションを取る関係性がこれまで続いてきました。
DAZNのJリーグ参入により「ソーシャルメディア活用」の風向きが変わる
ただし、Jリーグの動画配信を含む有料放送放映権をめぐり、2017年のJリーグよりDAZN(ダゾーン)が大型契約を締結してから状況は一変します。
DAZNが結んだ10年間総額で2,100億円を超える規模の契約は、日本において「スポーツビジネスへの投資」を加速する流れを生みました。
ヴィッセル神戸がイニエスタやビジャ、サガン鳥栖がトーレス、名古屋グランパスがジョーといった世界的なスーパースターを獲得できたのも、こうした契約と決して無関係ではありません。
またDAZNの特徴は、サービス利用者の「UX設計(ユーザー体験の設計)」を徹底的に磨いていたことであり、クラブチームとサポーターのコミュニケーションが活発になるキッカケを作りました。
Jリーグの試合に対する捉え方として、試合を取り巻く節目となるタイミングにあわせたコンテンツ制作に対し、DAZNが莫大な投資をしている姿が目立ちました。
時系列に沿ってきめ細やかに情報発信が行われ、試合会場に足を運ぶサポーター、映像から現地の様子を確認するDAZNユーザーにとって、「体験の時系列差」を感じさせない一体感を演出する仕掛けは実に秀逸なものばかりです。
DAZNでは、「試合前」「試合中」「試合後」のそれぞれにて適切なコンテンツを用意し、コンテンツをサービス内のみならず、非会員である見込み顧客層にも届ける仕組みを作っていました。
<試合前>
\??日立台桜前線??/
— DAZN ダゾーン (@DAZN_JPN) 2018年3月30日
今日も満開?
早めにスタジアムに行き、お花見を楽しんでみては?
?明治安田J1第5節
?3/30(金)
?#柏レイソル×#ヴィッセル神戸
?19:30から https://t.co/u4BaoHbwDg で配信@Rey_kun#DAZNピッチサイド#DAZN#時代を変えろ#金J#花見DAZN#花見#桜満開 pic.twitter.com/gM0Imir3SY
<試合中>
#伊東純也 の勝ち越し弾を臨場感あふれるピッチサイド視点で!
— DAZN ダゾーン (@DAZN_JPN) 2018年3月30日
?明治安田J1第5節
?#柏レイソル×#ヴィッセル神戸
?https://t.co/u4BaoHbwDg でLIVE中@Rey_kun #reysol#DAZN#DAZNピッチサイド#金J#花見DAZN#時代を変えろ#スポーツの新しい本拠地 pic.twitter.com/mQ6HUskqRV
<試合後>
勝利の立役者 #伊東純也 が声援を送り続けたサポーターに勝利のあいさつ☺
— DAZN ダゾーン (@DAZN_JPN) 2018年3月30日
新入生へのメッセージも⁉
?明治安田J1第5節
?#柏レイソル×#ヴィッセル神戸
?見逃し配信観るならhttps://t.co/u4BaoHbwDg@Rey_kun #reysol#DAZN#DAZNピッチサイド#金J#花見DAZN#時代を変えろ pic.twitter.com/wE6uQSvpUJ
動画配信媒体がこうした積極的なコミュニケーションを創出すると、チームに関わるステークホルダーからの満足度も向上し、クラブチーム・スポンサー・ファン全てにインパクトを与える「三方良し」のビジネスモデルが構築されつつあります。
Jクラブの現場が気づき始めた、「共創的視点」を持ちマーケティング戦略を実行する重要性
しかし、Jクラブを取り巻くSNSの活用状況は、まだまだ発展途上の段階です。
例を挙げるならば、ソーシャルメディアの醍醐味である「ユーザーとの双方向的なやりとり」を創出する余地が、まだまだ残っているように思われます。
その「双方向性を持つ現代マーケティング」を理解する上で大切な概念が“共創”という考え方です。
日本では、主にナショナルクライアントが2013年頃から取り組み始めた概念で、トライバルメディアハウス社を始めとした代理店が、その普及活動の一翼を担ってきました。
<引用>
ただモノをつくっても売れないが、何が欲しいのかを聞いても教えてもらえない。
そんな手詰まり感を打破する一つのカギになるのが、企業と顧客がオンラインコミュニティなどを通じて、中長期的な関係を築き、お互いを深く理解し合う中で、予期せぬ発見や、新しいブランド価値を生み出す「共創マーケティング」です。
共創マーケティング|サービス紹介|株式会社トライバルメディアハウス
この“共創”という概念が、日本のスポーツビジネスにおいても浸透し始めてきました。
日本のプロサッカーチーム関係者では栃木SCマーケティング戦略部長である江藤美帆さんが昨年に執筆したnoteでも、“共創”という概念の重要性が綴られていました。
<引用>
市民クラブにおいては「サッカークラブはみんなのもの」と言い切ってしまって良いのではないかと思う。
クラブが「みんなのもの」である以上、私たちフロントスタッフの役割はあくまで事務局的なものであり、事業の主体ではない。にも関わらず、その「みんな」の声が事務局に届かないとか、逆にその「みんな」に我々がやっていることが伝わらないというのは、いびつな構造なのではないかと思う。
「共創マーケティング」という言葉が出てきてかれこれ10年くらい経つけれども、いまだ多くの企業はこれを実現できないでいる。その理由の1つに、本当の意味でSNSを使いこなせる人材がいない、という問題があった。結果、日本のマーケ業界においてSNSはただリーチ数を競うだけの宣伝媒体に成り下がってしまっているという残念が現実がある。
それでも私がツイッターで発信をする理由|えとみほ(江藤美帆)|note
「アカウント運用」に終始するマーケティングは「共創」に至らない
しかし、海外に目を向けると、NBAチームなどでは既に10年近く前からユーザー参加型のキャンペーンが実施されていました。
例えば、ニューヨーク・ニックスが2009年〜2010年シーズンで取り組んだキャンペーンを見直すと、まだ日本でLINEが登場する前のタイミングにも関わらず、「tweetup」というTwitterとリアルを連動させたイベントを開催。40ドルの試合チケットを購入すれば、
● 特製Tシャツをプレゼント
● 前座試合の観戦チケット
● 選手との交流会への参加権
● Twitter創業者のジャック・ドーシーやニックス幹部も含めた試合開始前のパネルディスカッション参加権
という特典が付いたキャンペーンイベントを開催しており、クラブ幹部とファンが双方向的にコミュニケーションが取れる機会を、既に約10年近く前から創出していました。
参照:New York Knicks Host “2010 @thenyknicks TWEET UP” Presented by @DiscountTire on Saturday, February 27 | New York Knicks
実際に、ここ数年の日本のスポーツクラブにおいても、オンラインコミュニケーションを促進するための動きが活性化しています。
しかし、その打ち手が「チームの公式アカウントで呟く」というアカウント運用に終始してしまうと、その効果は一部に限られてしまいます。
例えるならば、写真を撮りたくなるようなパネルを設置するのも、SNS活用を促す施策の一つです。スタジアムに足を運んだサポーターであれば、その写真をソーシャルメディアにアップロードしたり、親族や知人にLINEなどで共有したりする想像は容易いでしょう。
また、選手同士のやりとり、選手が街中に出かける様子などを促進することも、チームにおけるソーシャルメディア上のプレゼンスを向上させます。
実際に、柏レイソルに今季加入した村田和哉選手は、移籍直後にも関わらず積極的に柏の街の様子をアップしており、既に一部のサポーターからは絶大な人気を得ています。
<柏の街中に繰り出す村田和哉選手>
なんやねんこのラーメン屋❗️
— 村田和哉 (@mkazu8) 2019年1月13日
すごっ❗️❗️
レイソル席に座ったわ(笑)#柏レイソル #村田和哉#人生最幸 #珍來 pic.twitter.com/CB8sYVNMX9
選手にこうした「ソーシャルメディアでの投稿」を必ずしも強制させるべきではないと思いますが、ソーシャルメディア上での地道な投稿の積み重ねがファンとのコミュニケーションを活発化させ、「地域におけるクラブチームの存在価値」を向上させているのは間違いないでしょう。
クラブとサポーター間でのオンラインコミュニケーションが、クラブを取り巻くステークホルダーとの関係性を良好にする。そうした目線で活動するチームが増えると、Jリーグの価値は今後も向上し続けるでしょう。
「仮説検証力」と「施策遂行力」を兼ね備えたセンスある人材がJクラブから求められている
日本のスポーツ現場でもこうしたマーケティングの重要性が高まりつつあり、IT分野に高いリテラシーを持ち、かつ「手足を動かせる」プランナーが求められています。
そのため、今のJクラブにおいては、「仮説検証力」と「施策遂行力」を兼ね備えた、マーケティング感覚に優れた人材のアサインが急務となっています。
「仮説検証力」を養うためには、「事実を集めること」が何よりも大切です。そのため、ソーシャルメディアで呟かれたクチコミを体系的に捉え直すことができ、かつ普段のプランニングにて「データ取得」を前提とした仕組みづくりを行う必要があります。
こちらに関しては、優秀なデータサイエンティストが加入するだけで、マーケティングの成果、つまりは売上の多大な伸びを期待することができるでしょう。
「施策遂行力」については、SNS文脈での話に落しこむならば、上質なクリエイティブの訴求をデザインすることができ、ファンの態度変容を突き詰められる人が求められています。
ただし、これは「ソーシャルメディアに慣れている若い世代」が取り組む方が、場合によってはうまくいくかもしれません。
特に最近では、Instagramストーリーズや、TikTokを始めとした動画コンテンツの取り組みが不可欠になってきており、そうしたコンテンツに普段から触れている人間が生み出すアウトプットの方が、ファンに受け入れてもらいやすい可能性が高いのです。
非スポーツ分野ではありますが、(現在の平均いいね数が約8,000ほどの)某アパレルブランドのInstagram運用を女子大生が担当しているケースもあり、運用アカウントのいいね数を約1.5倍に増やしたという事例もあります。
ビジネス視点での「オトナのディレクション」を入れる必要性はゼロではありませんが、そうした「普段からユーザーの視点に立っている人」を巻き込むことにより、ファン目線を突き詰めるためのヒントが得られ、効果的な施策を実施できるケースもあります。
サポーターに求められる「一民間企業としてのクラブチーム経営」と対話する態度
2019年のJリーグは、DAZNが参入してから3年目を迎えます。
年始における大きな動きとしては、ヴィッセル神戸が券売状況に応じてチケット価格が変動する「ダイナミックプライシング」を採用し、物議を醸しているのが記憶に新しいでしょう。
既に昨年から名古屋グランパスが導入している制度ですが、今後も「マーケティングの最適化」に取り組むチームを中心に、こうした施策が次第に増えてくるかと思われます。
同時に、ファンサイドとして心がける態度としては、「施策のウラにある意図」を紐解き、安易に「一側面からの主観」に揺さぶられないことです。
プロスポーツチームであれば、継続的に収益を上げ続ける必要性があり、そのために適切なマーケティングを行うことの意義を紐解く態度、言うなれば「共創的なコラボレーション」の一翼を担う必要があります。
だからこそ、ファンとしては「痛みを我慢する」ではありませんが、持続可能性を高め、強いクラブであり続けるためのクラブチームの「ビジョン」と向き合い、対話するマインドが求められています。
そして、チームとしても利害関係者からのフィードバックを真摯に受け止めるマインドを持ち、サポーターからの貴重な声に耳を傾けて改善を積み重ねていく、まさに「共創的視点」を持ち、経営を推進していく必要があります。
ステークホルダー全員の目線が揃い、ビジョンに突き進むチカラこそが今後のJリーグの成長を握るカギとなる。その重要性に気づける人が増えると、日本サッカーの未来もより明るいものとなるでしょう。
Photo: Takahiro Fujii, Getty Images
Edition:Daisuke Sawayama