将来の監督たちの「理想郷」 ウェールズの育成哲学とは?
アンリ、アルテタ、ビエラ、リュングベリ、モンク……。ピッチ上の競争力で言えば現状、強豪とは言いがたいウェールズが、現代的なフットボールを学ぶ環境を提供することで将来の監督を目指す人々にとっての「理想郷」となりつつある。彼らはどのような形で若手育成にアプローチしているのか――カーディフでアナリストを務める俊英、平野将弘氏に話を聞いた。
クラブと大学が提携する強み
── 今回はお時間をいただき、ありがとうございます。まず簡単な経歴から聞かせてください。
「もともとプロのサッカー指導者になることが夢でした。『指導者の勉強をする環境が整っているヨーロッパで、コーチングの勉強をしたい』という思いがあったので、中学校を卒業するタイミングで渡英しました。最初はロンドンに拠点のある日本人学校にサッカーコーチングを学べるコースがあったのでそこからスタートして、卒業後に日本に戻って1年間浪人しながら勉強し、サウス・ウェールズ大学に入学したという経緯です」
── 日本人学校のコーチングコースでは、どのような勉強をされたのでしょうか?
「13〜14時くらいまでは普通に勉強をするのですが、午後はC級ライセンスレベルの授業が受けられるイメージです。学校と提携しているFAの指導者が派遣されてきており、綿密に教えてもらえるような環境でした」
── ポルト大で学んだ林舞輝氏もそうですが、キッカケはイングランドなのですね。そこから、なぜウェールズを選択されたのでしょう?
「実は、(インタビュアーの)結城さんがTwitterに『ウェールズサッカー協会の指導者育成についての興味深い取り組み』を紹介されていたのを偶然目にして、興味を持っておりました。いろいろと自分で調べていくと、ウェールズのサッカー協会でコーチングを学んでいる日本人はいない。せっかくなので、そういう環境に飛び込んでみたいなと」
── 完全な不意打ちで驚きました(笑)。ウェールズの中でもなぜサウス・ウェールズ大学を?
「サッカーコーチングを専攻することが可能なコースをいくつか比較してみたのですが、サウス・ウェールズ大学はクラブや協会との繋がりが強いことが魅力的だなと。ウェールズサッカー協会や、カーディフ、スワンジーといったクラブと大学が提携しており、インターンのような形式で経験を積めるプログラムが授業の一環として用意されているんです。プロクラブの練習場を見学する機会をもらえたり、クラブ関係者が授業に来てくれたり、様々な恩恵を感じています」
── カーディフU-23の分析コーチに抜擢された経緯は?
「大学1年の時、ウェールズサッカー協会でアナリストのインターンに参加しました。2年生の時は、イングランド7部リーグのトップチームやウェールズ国内リーグの育成年代の分析など、様々な経験を積むことができました。また、カーディフU-12の分析も手伝う機会をいただきまして。3年生になったタイミングで2年間の経験や仕事が評価され、カーディフで働く大学の卒業生からオファーをもらい、カーディフに分析コーチとして参加しました」
── 18-19シーズンは平野さんのカーディフがプレミアリーグに所属し、スワンジーも育成に定評があります。
「カーディフとスワンジーは育成に関して別の特色があり、カーディフは育成年代では『個』を重視した指導をしています。それぞれのクラブが異なる育成哲学を有するのも、興味深いところかなと」
── ウェールズの指導者ライセンスといえば、ティエリ・アンリやミケル・アルテタが参加したことでも注目を集めています。ボールの保持を重視しているイメージはありますが……。
「グアルディオラの影響は間違いなくあるような気がします。アンリやアルテタも、系統としてはポジショナルプレーを信奉していますし、当初は私もロングボール重視のスタイルというイメージを持っていましたが、ゴールキックも大抵ショートパスですし、『後ろからのビルドアップを重視している』というのは育成年代でも感じます。あとウェールズサッカー協会が力を入れているテーマの1つに『Breaking line』(ラインの突破)があります。当然これもボールを繋いで、ポゼッションサッカーを試みようとする意図の表れだと思います。横パスだけではなく、崩す仕掛けも意識させようという意図もあります。以前参加したサッカー協会主催のトレセンでも、崩しの局面を意識した練習メニューが多かったです」
自ら体験したU-12トレセンの取り組み
── ウェールズサッカー協会のトレセンに参加されたのは貴重な体験ですよね。
「大学1年の頃、大学の教授に推薦してもらいました。授業ではないのですが、ウェールズサッカー協会がアナリストのインターンを定期的に募集しており、その中で選抜していただきました。サッカー協会が、学生にプロフェッショナルな経験をする機会を頻繁に与えてくれるというのはウェールズの特徴だと感じます」
── 簡単に、トレセンの仕組みを説明していただけますか?
「才能のある選手を選抜・育成することを目的に、日本で言えば地域トレセンのようなイメージです。国全体のナショナル・トレセンはなく、育成年代では南部と北部に分かれています。主にプロクラブのユースチームに所属している選手が選抜されていて、イングランドのクリスタルパレスから呼ばれている選手もいました。私が参加したのはU-12年代です」
── キャンプ中の練習の特色はありましたか?
「攻撃をメインとしたトレーニングが多かったです。ゲームに向けたグループ戦術のトレーニングではなく、個のテクニックやスキルに着目した内容がメインでした。ウェールズサッカー協会の指導者ライセンスでも『C級ライセンスでは個が中心』、『B級ライセンスはユニットが中心』、『A級ライセンスはチーム全体に関連する内容が中心』となっています。ピッチ全体を使う練習メニューではなく、狭いピッチでボールタッチ数を増やしていたことも印象的でした」
── 日本では12歳以下は8対8が導入されています。ウェールズでは?
「ウェールズは7人制ですね。科学的に証明できているわけではないのですが、実際のゲームが11vs11なので、そこに近づけるために奇数の7対7なのかなと。1日のメニューは以下になります」
── トレセンで平野さんはアナリストとしてサポートしていたわけですよね。具体的にはどんな役割なのでしょう?
「コーチは練習の強度を意識しており、重要な場面以外では練習を止めないように意識しています。練習中にコーチが気になったポイントがあれば、『手を挙げる』という合図でアナリストに『コーディング』を指示します。ビデオから必要な部分のみを抜き出すことが『コーディング』です。そのビデオを使い、選手へのフィードバックを進めます。練習と選手へのフィードバックの間にはコーチとアナリストのミーティングがあり、コーチがアナリストに意見を求めることもあります」
── 練習とフィードバックの区別が面白いですね。テクノロジーとアナリストのサポートによって、効果的なフィードバックを可能にしていると。ラムジーのような個人戦術や判断力を武器にする選手を輩出するのも、ウェールズらしさなんでしょうね。
「午後のミーティングは、まさにそのフィードバックですね。映像を確認しながらコーチが選手に質問を投げかけます。『トラップする方向などの技術的ミス』や『ポジショニングなどの個人戦術的ミス』を抜き出し、対象の選手に『どのようにすべきだったか』を尋ねていく形式です。一方的に上から答えを教えるのではなく、尋ねられた選手以外が意見することもあり、チーム全体がプレーの選択について同時に考えていきます」
── 現代サッカーでは『ビデオを使ったミーティング』や『自分のプレーを動画で確認しながら、改善する指導』が当たり前になっているので、12歳からこのようなフィードバックを受けることに慣れていれば、プロになってからも役立ちそうですね。午後の練習でも、映像を撮影しているのでしょうか?
「午後の練習はゲーム形式なのですが、それもアナリストが撮影しています。次の日に選手へのフィードバックに使うこともあります。基本的には7人制ですが、人数が多い時には強度を上げるために9人制を採用することもあります。同じ理由で特に意識しているのは、習の合間に『無駄な時間』を作らないようにすることですね。例えば1日の練習メニューの流れを考えて、練習の前にすでにピッチ上のセッティングは終わらせておきます。合間にコーンを置いたりする時間をなくすためです。メニューは前日には決まっていますね。『スポーツセッションプランナー』というソフトを使って作成した練習メニューをプリントアウトして持参するコーチが多いです」
── 最後に、今後の目標を教えてください。
「アナリストとしてのキャリアではなく、将来的にはコーチとして活躍したいと考えています。日本に戻り、Jリーグのアカデミーで指導することが最初の目標です。最終的には海外のトップチームの監督となり、優勝することが私の夢です」
Masahiro HIRANO
平野将弘(カーディフ コーチ)
1996.5.12(23歳) JAPAN
1996年5月生まれ。20歳でウェールズサッカー協会にてパフォーマンス分析のインターン。英7部クラブや大学チーム、カーディフアカデミーを経て、現在はイングランド・カーディフの1stチームでトレンド分析を行うかたわら、2019年からWelsh Premier Women’s League所属のカーディフ女子の1stチームのアシスタントコーチを務めている。また、同年6月にUEFA Bライセンスを取得した。Twitter:@manabufooty
Photos: Masahiro Hirano
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。