2月22日金曜日、19時30分。Jリーグの2019シーズンがいよいよ幕を開ける。“キックオフ”の号砲を鳴らすのは、セレッソ大阪対ヴィッセル神戸だ。C大阪のミゲル・アンヘル・ロティーナと神戸のファンマ・リージョは、ともに「ポジショナルプレー」の信奉者。両指揮官に導かれるチームの激突は、Jリーグの戦術トレンドを占うという点で両クラブのファンならずとも注目のカードだ。
そんな一戦を前に、欧州とJリーグ、2つのステージを追い続けてきた西部謙司氏が「Jリーグにおけるポジショナルプレー」の観点から、この対決が持つ意味を綴る。
Jリーグにポジショナルプレーが最初に現れたのは、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の率いたサンフレッチェ広島だった。当時はポジショナルプレーという名前もなく、世界的にも先を走っていた戦術と言える。
ポジショナルプレーとは、ごく簡単に言えばポジションのズレを意図的に作り出すことで優位性を得ようという考え方である。ただ、重要なのはポジショナルプレーという概念を知っていることではない。それがフィールド上に反映され、プレーで表現できなければ何の意味もないわけだ。「ミシャ式」はポジショナルプレーではあったが、形から入っていた感は否めない。ポジションのズレを生み出す仕組みが決まっていて、いわばパターン化されていた。形には形で対抗できる。「ミシャ式」が年を経るにつれて当初の劇的な効果が薄れていったのは、形に形で対応できたからだ。
この「ミシャ式」は浦和レッズにも持ち込まれ、現在はコンサドーレ札幌へ移植されている。その間、シティ・フットボール・グループが経営参画した横浜F・マリノスはマンチェスター・シティのポジショナルプレーを導入。22日の試合で今季の開幕を飾るヴィッセル神戸はポジショナルプレーの創始者の1人と言われるファンマ・リージョ監督を迎え、その開幕戦で神戸と対戦するセレッソ大阪の新監督ミゲル・アンヘル・ロティーナも東京ヴェルディでポジショナルプレーを採り入れていた。
本来、ポジショナルプレーは概念であって形ではない。一定の形があるというより、一定の考え方があり、その考え方でプレーする限り形はどうなっても問題なく、むしろ形が一定でないほうが相手には対策を立てにくい。つまり、どうポジショナルプレーを実現させるか考えているうちはまだまだで、感覚でポジショナルプレーを行えるぐらい「身体化」させなければならない。その点で、ポジショナルプレーを意識せずにそれを効果的に行っている川崎フロンターレは、この面でも頭一つ抜け出た存在といえる。
外からか内からか、対照的手法
神戸は強化を「外注」した実験的なクラブだ。ポジショナルプレーが完全に身体化しているアンドレス・イニエスタを獲得し、今季はダビド・ビージャを加えた。やはり新加入の西大伍もポジショナルプレーに適した選手である。プレースタイル、つまりどうプレーするか、それはなぜかという、通常は自分たちで作り上げていく過程を省き、外部にある優れたものをそのまま受け入れた。神戸が手本にしているバルセロナもアヤックスから多くのものを輸入して今日の姿になっているので、外注が悪いわけではない。ただし、バルセロナでも消化するまでに長い時間を要している。ヨーロッパのいくつかのクラブがバルセロナ化を試み、失敗した。一過性に終わる懸念はある。だが、神戸の試みは斬新で興味深い挑戦だ。
C大阪が迎えたロティーナ監督は、東京ヴェルディにポジショナルプレーを導入して一定の成果をみせた。ロティーナ監督以上にコーチのイバン・バランコが重要な人物で、ポジショナルプレーの身体化に関してはキーパーソンだろう。ただ、C大阪に新しい概念を植え付けるとしても、それなりの時間はかかる。イニエスタやビージャに該当する選手もいない。しかし、ロティーナとバランコのコンビは東京Vでの経験もあり、意外と早期にC大阪を軌道に乗せられるかもしれない。
ことポジショナルプレーに限れば、神戸に一日の長があるだろう。ただ、1つの知見で試合が決まるわけではないし、ポジショナルプレーの浸透という意味でも長いシーズンの最初の試合で優劣を判断できるものでもない。壁パスやアーリークロスほど単純ではないポジショナルプレーだが、それがJリーグに身体化され、やがて誰でも当たり前にこなせるようになった時、この2019年の開幕戦は思い出すべき試合になるかもしれない。
Photo: Takahiro Fujii
Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。