「HPS」「プレス耐性」「XG」… データで見るCL戦術トレンド
2月12日、マンチェスター・ユナイテッド対パリSG、ローマ対ポルトの2カードを皮切りに、18-19シーズンのCL決勝ラウンドが幕を開ける。そこで今回は、CLグループステージのデータから今シーズンの戦術的な潮流を探ってみよう。
UEFAテクニカルレポートによれば、昨シーズンのCLのゴール数は史上初めて「400」を突破。1試合平均は3.21となり、中でも「速攻」が目立った大会だった。「総得点の51%がファイナルサードでのボール奪取を起点としており、敵陣でのボール奪回が得点に直結する傾向にあった」というデータは、敵陣での即時奪回が重要視される戦術的な潮流を示唆している。
■HPSでみる、「速攻」の効果
18-19シーズンのCLでもその傾向は変わっていない。ケビン・プリンス・ボアテンクを獲得したバルセロナは、昨季同様に「ポゼッション」と「速攻」の両立を目指している。HPS(high press shot)と呼ばれる指標は、「敵陣で奪ったボールを5秒以内にシュートに持ち込んだ回数」を意味するが、多くの強豪クラブは今季も「5回/1試合」を超えている。「敵陣での即時奪回」が鍵となる潮流は、おそらく今季も加速の一途をたどるだろう。
このデータを、ハイプレスの回数と照らし合わせることで「ハイプレス効率」を検証することが可能になる。
ハイプレスの回数で比較すると、昨シーズンの戦術的潮流「ストーミング」の象徴となったリバプールが48.33回。ペップ・グアルディオラが率いるマンチェスター・シティが、49.98回で「唯一」リバプールを上回っている。今季のマンチェスター・シティはベルナルド・シルバの起用が増えていることで、「前線からのプレッシング」と「速攻へのシフト」が柔軟になっている。好調を持続するラヒーム・スターリングの存在も大きく、遅攻と速攻を使い分けることが可能な重要なカードだ。トッテナムやマンチェスター・ユナイテッドもハイプレス回数が多い。特にユナイテッドはスールシャール就任後、前線に機動力のあるアタッカーをそろえて「高い位置から仕掛ける場面」が増えている。マーカス・ラッシュフォード、ジェシー・リンガード、アントニー・マルシャルといった若きアタッカー勢は、欧州の舞台で存在感を示せるだろうか。
概してレアル・マドリー、バルセロナ、ユベントス、バイエルンといった優勝を期待される強豪クラブは「少ない投資で、大きな利益を得ること」に成功している。彼らは「45回程度のプレッシングで、5度のシュートに成功」しており、高い成功率を保っている。闇雲に仕掛けるのではなく、確実なタイミングで畳みかけるようなプレッシングで、確実に勝利を手繰り寄せているのだ。
異質な存在として着目すべきは、フランスの強豪リヨン。高い位置でのプレッシングの回数は少ないが、シュートに繋がる回数は多い。CLの決勝ラウンドにおいて、データ上では「最も効率的なチーム」である。グループステージのシティ戦では、フェルナンジーニョを取り囲むような陣形でポゼッションを妨害。[5-3-2]に近い陣形で前線に快速アタッカーを残しながら、シティを苦しめた。
逆に、数少ない「リトリート」を厭わないクラブがアトレティコ・マドリーだ。高い位置からのプレッシングも使いこなす柔軟なチームだが、ハイプレスから直接シュートに繋げる回数は2.67回と16チーム中下から2番目(最低はポルト)。彼らの得点源は、ショートカウンターよりもロングカウンターやセットプレーとなる。攻撃時に左右非対称になるのも特徴で、2人のワイドアタッカーは積極的に中央に入り込んでくる。中央の枚数を増やすことで、カウンター時の破壊力を倍増させるのがアトレティコの狙いだ。18-19シーズンの国内リーグでは、オープンプレーからのゴール期待値が「20チーム中17位」となっており、自分たちが主導権を握った局面における攻撃には不安も残る。
■「対プレッシング」のキープレーヤー
互いにハイプレスを仕掛けていく戦術的潮流によって、中盤の密度は増している。その中盤を突破するために、求められてくるのは「運ぶ」スキルだ。狭いスペースであっても、縦に正確なパスを通すスキルと、ドリブルで密集地を打開するスキル――敵陣のファイナルサードへのボール供給において、欧州の頂点に立っているのがトニ・クロースだ。精密機械のようなボールコントロールで知られるドイツ代表MFは、プレッシングを突破する縦パスを「1試合平均で12.3回」供給する。
ドリブルでのボール前進に着目すると、PSGのアドリアン・ラビオが圧倒的だ。移籍の噂が絶えない選手でもあるが、1試合平均で8回ボールを前進させるドリブルは規格外。マルコ・ベラッティとラビオを並べた中盤は、欧州最高レベルの「プレス耐性」を誇る。左SBのマルセロを組み込んだレアル・マドリーの中盤も「世界最高のプレス耐性」と称されたが、プレッシングが重要視されるからこそ「対プレッシング」も着目すべきポイントだ。リバプールとラウンド16で対戦するバイエルンでは、運ぶドリブルと縦パスの両面に優れたチアゴ・アルカンタラがキープレーヤーになるかもしれない。
■「XG(ゴール期待値)」でみる攻撃性能
近年は「90分間、無失点に抑える」ことは難しくなっている。そうなれば、ゴールを奪う力がより求められるようになるのは必然だ。堅守で知られた「BBC(ボヌッチ・バルザーリ・キエッリーニ)」を擁したユベントスが16-17シーズンのCL決勝で敗れたように、伝統的に緻密な守備戦術を誇るイタリア王者ですら、攻撃力を求められている。彼らがレアル・マドリーからクリスティアーノ・ロナウドを獲得したことも、攻撃的なチームを構成する一環と言えるだろう。
XG(ゴール期待値)は決定的なチャンスを数値化し、得点機会の多いチームを可視化する。また、XG/シュートの数値が良いチームは、効率的に決定的な場面を作れているチームとなる。
XG/シュートは、大きな差が生じにくい傾向にある。大体のクラブが0.1程度で推移しており、シュート10本に1本の決定機が生まれるイメージになる。そうなると、違いを生み出すのは「XGの低い」状況からでもゴールを決めることが可能な選手だ。例えばリオネル・メッシは18-19シーズンに「エリア外からのシュート」を増やしているというデータが存在し、遠距離からでも積極的にゴールを狙う。ドリブラーのイメージが強いが、彼は「ミドルシューター」としても世界屈指の名手なのだ。
チームに求められる試合ごとのXG(ゴール期待値)は、「1.50」が水準となるだろう。唯一ゴール期待値が2.0を上回っているPSGの前線を牽引するのは、20歳の神童キリアン・ムバッペ。彼は今季、オープンプレーからのゴール期待値+アシスト期待値が1.0を記録。端的に言い換えれば、1試合で1回の決定機に絡んでいることになる。フランス代表でも活躍した若き怪物は、今季のCLでもメッシやロナウドに比肩するパフォーマンスを続けている。
ユベントスも1.95と高い水準を保っており、ロナウドが決定的な仕事をする局面を整えている。チームに完全にロナウドを組み込めてはいないが、守備における「被ゴール期待値」と「ゴール期待値」の両方で「ベストスコア」を誇るユベントスは、データ上からも本命視されるクラブの1つと言える。アヤックスやローマもゴール期待値は1.7を超えるので、はまれば大量得点を狙えるだけのポテンシャルを秘めている。
ビッグクラブは「戦術的潮流」に柔軟に対応しており、比較的似たデータへと収束する傾向がある。細かな戦術的差異があっても、昨シーズン同様に「敵陣でのボール奪取からの速攻」と「中盤での激しいプレッシング」が重要視されていることは変わらない。リヨンやアトレティコのように特徴的なデータを示すクラブも存在するが、全体的な傾向は昨季の継続になりそうだ。彼らのようなダークホースが勝ち抜いてくるようなことがあれば、新たなトレンドを生み出すことになるのかもしれない。
Photos: Getty Images
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。