ポジショナルプレーの特異性生む「枝葉」から「幹」へという着想
TACTICAL FRONTIER
サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。
ポジショナルプレー――現代サッカーを読み解く、重要なキーワードとなる概念は、その複雑性ゆえに単純化されてしまいやすい。昨季はペップ・グアルディオラのマンチェスター・シティがプレミアリーグを制覇し、今季はナポリで魅力的なフットボールを実現したマウリツィオ・サッリがチェルシーの監督に。同時に、日本でも徳島のリカルド・ロドリゲス、ヴィッセル神戸のファンマ・リージョ、 昨年は東京ヴェルディを指揮し新シーズンからセレッソ大阪を率いるミゲル・アンヘル・ロティーナなどがポジショナルプレーを志向している。今後、日本のサッカーファンが耳にすることが増えると思われるこの概念を理解するために、今回はポジショナルプレーの特異性について解釈してみたい。
ドイツの地で進んだ「言語化」
グアルディオラ率いるバルセロナが欧州を席巻したことを契機に、彼のフットボールを支える秘密を解き明かすという課題を与えられた世界中のアナリストや指導者が難題に挑んだ。しかし、ビルドアップの仕組みや配置論の分析だけでは、バルセロナのフットボールを模倣し切れない。多くのチームが表層的な理解に拘泥(こうでい)し、出口のない迷宮で苦しむことになった。
本格的な「概念の輸出」に繋がった契機は、グアルディオラのバイエルン監督就任だった。バルセロナのユースで育った選手が共有する認識を、ドイツ人選手に伝えなければならない状況に直面し、グアルディオラは「言語化」に挑んでいく。例えば「ハーフスペース」(ドイツ語では「ハルブラウム」)という単語はドイツの指導者養成学校の授業で使われていた用語だが、バイエルンのトレーニング場が「5つのレーンに区切られた」ことで、加速度的に注目を浴びることになる。特に重要な役割を果たしたのはドイツの戦術ブログ『Spielverlagerung』で、現在はザルツブルクで指導者を務めるレネ・マリッチと彼と並び称される戦術探究者アディン・オスマンバシッチの2人が戦術概念の解説に挑戦し、多くのプロ指導者の着目を集めることになった。
ドイツの地で、複雑な概念を伝えることが必要になったことで、グアルディオラは自身の概念を明確に言語化する必要性に迫られることになったが、その難題を解決した経験はマンチェスター・シティにおける理論の浸透にも役立っているに違いない。ポジショナルプレーは “Framework”「枠組み」、“Principle”「原則」という言葉によって表現されるが、それは選手たちに「思考の枠組み」を与えることによってプレーの判断を委ねながらもチーム全体の動きをコントロールすることを可能にする。パターン化された動きを繰り返すトレーニングは近年、戦術的ピリオダイゼーション理論の信奉者によって否定されているが、ポジショナルプレーは「パターン」ではなく、あくまでも「原則」によって選手の判断をサポートすることを目指す概念である。「三角形」や「ひし形」の形成は選手の思考を縛る目的ではなく、明確に味方の位置を認知することによって選手の判断を助けることを可能にするのだ。
グアルディオラは「フィジカルよりも、概念的な思考が重要になってきている」と述べているが、まさに「選手の思考に入り込む」アプローチと言えるだろう。同時にFagereng.Kの研究を参照すれば、「戦術的知識は、選手の思考速度を向上させる」と考えられている。選手の思考を同一化することで判断の速度を最大化し、まるで1つの生き物のように動かす。それこそが、「原則」の目指す理想形なのだろう。
「動的」な概念としてのポジションの再定義
ポジショナルプレーは、常に選手の位置取りを正確化することを可能にする。それは距離、位置、サポートのタイミング、角度などの様々な要素を含んでおり、決してフォーメーション図のような固定化された概念ではない。リージョもフォーメーション図を用いた説明について、「ここには、動きも、発展も、コンセプトもまったくない。こういう並びは、グラウンド上に存在しない」(弊誌インタビュー)と表現しているように、彼が提唱するポジショナルプレーは静止した状況でのプレーを表現する原則ではない。むしろ常に動き続けるゲームの中で、選手たちは連続的に「味方を助ける位置」に立ち続ける必要がある。それをサポートするのが3つの優位性(位置的優位性・質的優位性・数的優位性)をベースとしたポジショナルプレーという原則なのだ。優位性をベースにしたポジションの再定義は、試合の中での「ポジション」という概念自体にも影響を与え、「ゼロトップ」や「偽SB」といった新たな戦術を生み出すことになった。ここで特筆すべきは、地図上の点としてのポジションではなく、チーム全体の連動と密接に関連する「動的な要素を含む点」として、新たな戦術が理解されていることだ。
「ゴールを決める」「ゴールを防ぐ」という最もシンプルな目的を達成することを目指し、これまで多くの指導者が様々な戦術を考案してきた。しかし、攻守を流動的な概念と解釈するポジショナルプレーにおいて、攻撃と守備は一体化している。だからこそ、ポジショナルプレーの目的は「自軍が攻撃しやすく、敵軍が攻撃しにくい」局面を常に作り出すことになる。ポジショナルプレーは単なる攻撃の概念ではない。常に変化していく状況において、自分たちを「組織化」していくと同時に、相手の組織バランスを「崩す」。それを実現するには、すべての選手が状況に応じて役割を切り替えていく必要がある。これは、ヨハン・クライフの提唱したトータルフットボールとも共通している。
将棋の「3駒関係」との共通点
例えば、ポジショナルプレーには3つの条件がある。「1列前の選手が同じレーンに並ぶのは禁止」(条件❶)で、逆に「2列前の選手は同じレーンでなくてはならない」(条件❷)。加えて、「1列前の選手は適切な距離感を保つために隣のレーンに位置することが望ましい」(条件❸)。このルールは、三角形をベースとした位置関係によって多くのパスコースを作り出すことを目的としている。
興味深いことに、これは将棋ソフトにおける「3駒関係」と呼ばれる局面の評価方法に似ている。人間が「直感」「大局観」と表現していた、曖昧な状況の評価を正確化することを目指した開発者は、プロの棋譜を「3駒関係」と呼ばれる方法で分析し、局面を数値化することに成功した。
この3駒関係は「王を1つ以上含む、3つの駒の位置関係」のスコアを計算し、「盤面上に存在する複数の三角形から導き出す点数」を合計することで局面を評価するという方法であり、「全体の陣形をミクロ的な観点から分析している」と言い換えることも可能だ。大局観では人間に適わないと言われていたコンピューターの棋力は「異なったアプローチ」を発見したことで、棋士の歴史でもある「棋譜」を数値化することに成功。結果として、トップクラスのプロ棋士を苦しめるまでに精度が向上した。
フットボールも同様に「陣形」を大きく捉えることで「ピッチ全体」を掌握しようとするアプローチが主流だったが、ポジショナルプレーは「枝葉(細部)」から「幹(全体)」へと向かう傾向にある。ボール保持者に対する三角形の形成、ボールを受ける足やボディアングルへの徹底的なこだわり、スペースメイクの方法論などは大枠で区分すれば「枝葉」となるだろう。ポジショナルプレーは当然、「ピッチを広く保つ位置取りによってボール保持者に自由を与える方法論」という「幹」となる要素も含んではいるが、複数の局面を丁寧に積み上げていく考え方を基本としている。
それは同様に、選手の技術的な側面を強調する理由でもある。選手のテクニックが不足していれば、各エリアにボールを運んでいくような緻密なビルドアップも、ミスによって台なしになってしまう。リージョは「バタフライエフェクト(些細な現象が、様々な要因を連鎖的に引き起こした結果、大きな現象へと変化すること)」というたとえを用いて、正確なテクニックの重要性について触れている。ボールを狙った位置に止めることは些細なことではあるが、ポジショナルプレーの観点ではビルドアップを円滑化することに直結し、試合全体に影響を及ぼすことになる。
ピッチ上の枝葉となる局面での位置関係を整備し、技術に優れた選手たちを起用することで局面での優位性を連続的に作り出すプロセスは、ゲームを支配することに繋がる。特異な「原則」の存在は、新たな「原則」が生まれるまでは、猛威を振るい続けることになるだろう。そして、この原則はグアルディオラやサッリのフットボールを理解する鍵であると同時に、現代のフットボール戦術を読み解く鍵でもあるのだ。
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Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。