「サッカー×○○」を伝える意味 “2番目に好きな娯楽”を目指せ
『日本代表とMr.Children』リレーコラム第2回
『日本代表とMr.Children』は、名波浩や中田英寿の90年代後半から始まり、長谷部誠や本田圭佑の時代まで続いた日本代表とミスチルとの密接な関係を解き明かしていくことで、「平成」という時代そのものを掘り上げていく一冊だ。
この連載では、本書を読んだ異なる立場のサッカー関係者4人にそれぞれのテーマで書評をお願いした。第2回はサッカー実況のカリスマで文筆家でもある倉敷保雄氏に、著作の『ことの次第』シリーズでもテーマにした「サッカー×○○」というクロスカルチャーの可能性について思いを馳せてもらった。
「平成の自分史を新しい形で表現してみませんか。どうです? お題は日本代表とMr.Childrenで」
おそらくそんな口当たりの良い言葉で口説かれて生まれた本に違いない。一見クロスオーバーに見えるこのアプローチは、 実はとても自然なものだ。なぜなら、僕は森羅万象、あらゆるものはサッカーと繋がっていて、どんなものでもサッカーに置き換えて話すことが可能だと思っているからだ。
イニエスタをめぐる無限の広がり
サッカーというタグを付けることで受け手の世界も広がる。サッカーは多様性にあふれたインターナショナルスポーツだ。世界のあらゆる文化との交差、融合が可能で、新しい文化も生まれやすい特質を持っている。
例えば、平成24年にアルバム収録曲の1つとして発表された森山直太朗さんの『そしてイニエスタ』という曲がある。このバルサへの愛情にあふれた作品が平成30年に新たな交差を見せた。ヴィッセル神戸にサプライズとともに移籍して来たイニエスタは当然、この曲の存在を知ったはずだ。故郷に戻った際にはスペインの友人たちに少しはにかみながらこんな曲があったよ、と話したに違いない。もしかしたら近くのバルでは地元ミュージシャンによる弾き語りでスペイン語バージョンが毎夜、披露されているかもしれない。
そこで可能ならスペインの地元に葡萄畑とワイナリーを持つ彼をこう唆したい。「音楽が植物の成長に影響を与える学術的研究もあるそうだから、畑にスピーカーを置いてこの曲を流し続ければもっとおいしい葡萄が育つのでは?」と。
もし彼がこの戯言に興味を持ってくれたら、きっと新しい交差と融合が起こる。そして、それらは必ずサッカーの話題と結びついて帰ってくる。
サッカーはとても汎用性の高い娯楽であることが長所だ。だから新しいサッカーファンを増やすには「サッカーもいいね」と感じてもらえればいい。つまり2番目に好きな娯楽を目指す柔軟性のあるアプローチこそが有効だと思っている。
現代人の趣味は多様だ。そして日本は特に娯楽の多い国だ。さらに若者は無料を優先する。何か共通のものに誰もが夢中になったという経験がない世代も増えた。もはやムーブメントはおろかブームさえ生まれにくい時代になった。
「中間」を伝える大切さ
93年の流行語大賞が“Jリーグ”だったのは遠い昔。音楽の世界もミリオンセラーは生まれても誰もが歌える歌とは限らなくなって久しい。
ただ、ブームを作り出すことにこだわる時代ではないとわかっていても、ボールを保持していながらいつまでもアタッキングサードへ入っていかないもどかしさだけはなんとかしたい。
昨年のイニエスタはそれほど輝いていなかった。そう批評したメディアがあったが、自分は違う意見だ。彼は「中間」にいる選手だ。それは彼がパスを出したい相手が前にいない、彼を追い越して上がっていく選手がいなかったからそう見えたのではないか。
彼の素晴らしさは彼の前後、フィールドの中間を見つめることで理解できる。日本のスポーツメディアはいつまでもゴール前しか伝えないから熱心なサッカーファン以外のサッカーリテラシーがなかなか上がらない。中間こそが重要なのに……。
中間を伝える同士がたくさん欲しい。本書はそう考える僕の同士としてカテゴライズされる。サッカー関係者がミスチルを語るのではなく、ミスチルに詳しい2人が、ミスチルの時代の日本代表中心選手がミスチルとどう交差したかを推測する、いわば中間にいる人々の対談だ。
スキマを埋めるという意味では時代小説のようなアプローチかもしれない。時代小説は「もしかしたら」を膨らませるジャンルだ。例えば、幕末を生きた坂本龍馬は接点のあったイギリスからサッカーボールをもらったことがあるかもしれない、と想像する。すでにFA(イングランドサッカー協会)は誕生している。空想に過ぎなくとも中間を作ることでいろいろな意見が生まれるだろう。それが娯楽だ。VARが生まれても所詮サッカーはあやふやさを楽しむ文化なのだ。
サッカーはしなやかで、浮気心にもあふれている。それゆえ、交差させる際にはそれらの中間をみんなで語らないとクロスオーバーの文化として走り出さない。「どうでもいいことについてもっと語り合おう、それを許容し合おう」って、いつかそんな歌を桜井さんが歌ってくれないかな。実はもうあるのかな?
本書の巻末には日本代表とミスチルのクロスオーバーで平成を振り返る年表がついている。この下に自分自身の出来事を書き込む段や自分の好きなクラブチーム、あるいは好きなアーチストの段を作ればサッカーや音楽とともに平成を振り返る自分史ができ上がる。
読後に『日本代表とMr.Childrenと私』という自分史を作ってみたくなる本だ。
Photos: Getty Images
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Profile
倉敷 保雄
1961年生まれ、大阪府出身。ラジオ福島アナウンサー、文化放送記者を経て、フリーに。93年から『スカパー!』、『J SPORTS』、『DAZN』などでサッカー中継の実況者として活動中。愛称はポルトガル語で「名手」を意味する「クラッキ」と苗字の倉敷をかけた「クラッキー」。著作は小説『星降る島のフットボーラー』(双葉社)、エッセイ『ことの次第』(ソル・メディア)など。