『ファンタジスタ』ってすでに死語? というくらい、この言葉をめっきり聞かなくなった今日この頃。フランスリーグにもネイマールやキリアン・ムバッペ、アンヘル・ディ・マリアら“魅せる”選手はいるけれど、ファンタジスタというのとはちょっと違う気がする。
私的なファンタジスタとは、頭で考えるより本能で、細胞が勝手に動いて凄いプレーをする選手。予測がつかなくて、奇想天外なことをやってのけるのだけど、それがゲームに強烈なインパクトを与えてしまうような選手だ。これまで実際に見た中で強烈だったのは元イングランド代表のポール・ガスコイン。ぽっちゃり体型でスピードもないのに、繰り出されるプレーは「え? 今何やった?」と目をパチクリすることばかりだった。トラップならオランダの至宝デニス・ベルカンプも凄いが、ガスコインが傑出していたのはパスワーク。「まさかあの場面であそこに出すとは!?」というパスがバンバン飛び出し、彼の動きを追っていると90分があっという間だった。
1年半プレーなし、からの再起
ただ、今季はフランスでもファンタジスタが見られるのでは? とちょっとワクワクしていた。その名はハテム・ベン・アルファ。パリ・サンジェルマンから今夏レンヌに移籍し、2017年4月以来の公式戦出場となった9月20日のEL第1節ヤブロネツ戦で、65分、同点の状況で登場すると、追加タイムにPKを決めて2-1の劇的勝利に貢献した。ボールに足をミートさせる直前に微妙にペースを変えたところが実に彼らしかったが、レンヌのラムシ監督も「試合を決定づけるプレーをするのに、ハテムに90分は必要ない」と絶賛していた。
15-16はニースで17得点6アシストと鮮烈なリーグ1復帰を飾ったが、その活躍を買われて移籍したPSGでは初年度は643分、昨季は0分とほぼピッチに立てずに終わった。しかしニース時代は巧みな緩急で5人を抜き去る超絶ドリブルや、プレスに来た相手にボールを当て敵を使ってワンツーしたり、密集地帯にあえて突っ込んだりと唸るプレーを連発。そんな彼のプレーを「自分勝手」と敬遠する人も中にはいる。 PSG時代のウナイ・エメリ監督もそれで起用に消極的だったようだが、「かなり高い確率でゴールを決められるポジションに仲間がいるのに、自分のドリブルに酔いしれてパスを出さない」というのならともかく、 ニースでのベン・アルファはほとんどの場合において、その強気の突破がブレイクスルーのきっかけを作っていた。
ムバッペも育ったクレールフォンテーヌでは、傑出した才能から飛び級入学を認められ、3年間、常に1歳上の生徒と一緒に学んだ早熟の天才。だがそのためか「仲間とうまくやれない」「おごりがあって性格が悪い」という評判がつきまとう。しかしリヨン時代を見ていた『レキップ』紙のデュルク記者は「シャイなので勘違いされやすいが、どこにでもいる青年。彼の取材で手を焼いたことは一度もない」と言うし、少々変わったところがあるのも奇才の証。それに、この国には彼のファンタジスタっぷりを敬愛するファンも多い。EL初戦の翌日、『レキップ』紙は表紙でベン・アルファをどーんとフィーチャーした。彼の復活で、今季のリーグ1に見どころが増えたかも?
Photo: Getty Images
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小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。