オーバメヤンは、最高の相棒を得た。「悪童」から「求められる選手」へ
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悪童は、年を重ねていく中で「チーム」の存在を意識する
ピエール・エメリク・オーバメヤン。このガボン代表ストライカーは、常にメディアに「悪童」として扱われてきた。
ドルトムントに所属した5年間で、報道された問題行動は主に3つ。2016年11月に、クラブの許可を得ることなくミラノへ旅行し、CLメンバーから除外されたこと。12カ月後には、練習への遅刻を問題視された。アーセナル移籍が報道されていたタイミングでも、当時の指揮官ペーター・シュテーガーが「移籍を望んでおり、練習での短距離走を拒否した」と語り、物議を醸した。同時期にはチームミーティングへの欠席を報道されるなど、ドイツのメディアによって形成されたイメージは「悪童」だった。
オーバメヤン本人も、移籍前の行動を自ら「クレイジーな少年のようだった」とコメントしている。しかし、彼を2年間指導したユルゲン・クロップは「オーバメヤンは、扱いづらい選手ではない。彼は賢く、とても素晴らしい青年だ。彼と一緒に仕事するのは、とても楽しかった」と絶賛している。ドルトムントのハンス・ヨアヒム・バツケCEOも「オーバメヤンは、真のプロフェッショナルだ。彼を攻撃するタブロイド紙の報道は、好きではない」とコメントしており、彼の人間性を高く評価していた関係者も少なくない。
悪童だった少年は、年を重ねていく中で「チーム」の存在を意識するようになった。アーセナル加入後はドレッシングルームでも存在感を放っており、派手なゴールパフォーマンスを披露することも少なくなった。「兄弟のような存在」と語るヘンリク・ムヒタリャンとともに、新しい環境へと適応。フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語、英語の5カ国語を使いこなす彼は、多国籍のチームでもコミュニケーションに苦慮することはない。
もともとは右ウイングを主戦場としていたオーバメヤンは、ユルゲン・クロップやトーマス・トゥヘルの指導でCFにコンバート。もともとはイタリア代表のチーロ・インモービレを中央に配置する案が存在し、右サイドでの起用が予想されていた。しかしインモービレがチームに馴染めなかったこともあり、オーバメヤンには中央でのプレーが求められることになる。
特にトゥヘル指揮下で、オーバメヤンの動き出しは劇的に改善。オフ・ザ・ボールのスキルが劇的に向上し、ストライカーとして「パスを引き出せる」ようになっていく。もともと最大の武器とされていた爆発的なスピードは、ショートカウンター局面における火力に直結。相手のハイラインを一気に攻略する快速は、相手チームに恐れられることになった。
ドイツのフットボールジャーナリスト、ラファエル・ ホーニシュタイン はドルトムント時代のオーバメヤンについて「DFと並んだ状態からのプレーを好み、スペースに飛び込む動きを得意とする万能ストライカー。唯一、相手を背負ってのプレーは苦手」と分析している。
ドルトムント時代から得意とする「ファー詰め」
ピッチの中でも、利他性と柔軟な吸収力は群を抜いている。ウナイ・エメリが就任した今季、CFだけでなく左サイドのウイングでも起用されているが、明らかに判断の質は改善した。アーセン・ベンゲル晩期も左サイドで起用されることがあったオーバメヤンだが、当時は縦へのドリブルに依存。無理に仕掛ける場面が目立った。
それに比べて今季は、足裏でのボールコントロールで「落ち着かせる」プレーが散見される。独力で仕掛けるのではなく、相手を引き付けてから周りを使う。安全なSBへのバックパスも目立つが、時間を使う選択肢が生まれたことで「攻撃に厚みを加える」ことが可能になった。
周りにシンプルに預けてから、一気に裏へと飛び込むようなフリーランも絶品。スピード自慢のストライカーは、左ウイングのポジションで「緩急」を使いこなしている。ドリブルで縦に突破し、センタリングを狙うようなプレーに固執しなくなったことで、結果的にオーバメヤンは相手守備陣を苦しめるアタッカーに進化しているのだ。
CFとしては「屈強なCBに競り勝ち、ボールを足下にコントロールするポストプレー」を苦手としているが、ウイングのポジションであれば相手はSB。十分に縦パスを受けることも可能で、内側に切り込むようなプレーにも繋げやすい。
もちろん最大の武器であるスピードも衰えておらず、ショートカウンターの局面では猛威を振るう。スペースへのボールを追う局面になれば、相手を一瞬で置き去りにする。縦にスペースがあれば、一気に仕掛ける積極性も健在だ。エリア内では、ドルトムント時代から得意とする「ファー詰め」がある。DFの視野に入る「ニアポスト側」に入り込むフェイクを挟み、死角となる「ファーポスト側」に抜け出しながら味方の鋭いクロスに滑り込む動きは、瞬発力を武器とするオーバメヤンの「伝家の宝刀」だ。
フットサルの技術としても知られる「ファー詰め」の動きから、スピードを落とさずにダイレクトシュートを流し込む。エリア内での駆け引きの技術は、伝統的なストライカーの血統を感じさせる。
さらに、シュートを放つエリアも年々広がっている。トッテナム戦のゴールは印象的だが、パスに合わせてスピードを落としながら方向転換。そのままダイレクトで、名手ロリスのタイミングを外すようにゴールに突き刺した。中距離からのシュートは彼にとって「新たなる得点源」となっており、特にインフロントで巻くようなシュートを好む。ボールをインフロントで擦るような「フリーキック的なシュート」ではなく「比較的スピードの速いシュート」を得意とすることも特徴だ。一瞬、タイミングが遅れるような独特なフォームからのシュートは、相手のGKを惑わす。
シュートエリアが広がったことは、チームにとっても重要な武器になっている。オーバメヤンが「共にプレーすると、化学反応が起きる」と絶賛するフランス人FWアレクサンドル・ラカゼットは、利他的なアシストパスで周囲の力を引き出す。
ボックスストライカーとしてオーバメヤンのライバルになると思われていたラカゼットだが、中央のスペースでボールを引き出す能力に優れており、下がりながら起点になることも可能。ワイドに主戦場を移したオーバメヤンはラカゼットが生み出したスペースを使いながら、彼からのアシストパスを引き出す。
エリア内でのシュートセンスにも優れるラカゼットへの警戒は、オーバメヤンの存在によって軽減される。お互いのプレースタイルを理解することで、彼らはプレミアリーグ屈指のコンビネーションを築こうとしている。ラカゼットとオーバメヤンの2人を前線に置くことで、多種多様なパターンでゴールを奪うことが可能になり、アーセナルの火力は倍増。途中から2枚を前線にそろえるオプションも、効果的に機能している。
「悪童」と呼ばれた快速ストライカーは、晩年のサミュエル・エトーのように「チームに求められる選手」に変貌しつつある。アーセナルというチームに適応し、プレーの幅を広げている快速ストライカー。最高の相棒とチームを得た今、「さらなる高み」が彼を待っている。
Photos: Getty Images
Edition: Daisuke Sawayama
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。