リベルタ決勝のスペイン開催に想う、サッカーがもたらす「異常な世界」
多くのサッカーファンが、12月9日(日)レアル・マドリーのホームスタジアムであるサンティアゴ・ベルナベウで行われた一戦の結果と、そこに至るまでの過程を知っていることかと思う。コパ・リベルタドーレス(南米選手権)の決勝戦がヨーロッパのスペインで行われるという数奇な出来事は、これからのサッカー界に永遠と語り継がれていくものなのかもしれない。あの時私は、アルゼンチンに居た。
「おい、見たか? ニュース。大変なことになったぞ……」
ルームメイトが私にニュースを見るよう促したのは、歴史的な一戦が行われようとしていたほんの数時間前のことだった。11月24日(土)午後、試合に向けて着々とモチベーションを上げていた私は、部屋の中で「事件」が起きたことを知った。その2週間前、ボカ・ジュニオールのボームスタジアム、ボンボネーラで行われた第1レグは、「嵐の前の静けさ」に過ぎなかったのだ。
「これは恥だ」――感情の爆発の先に何がある?
コパ・リベルタドーレス決勝第2レグ。スタジアムに向かうボカの選手たちを乗せたバスが、リーベルプレートのサポーターによって襲撃された。窓ガラスが粉々に割られた車内には唐辛子スプレーのようなものが撒かれ、ガラスの破片でケガをした選手数名が病院送りになった。バスから避難したボカの選手たちは、皆息苦しそうに俯きながらロッカールームに向かっていく。中には怒りに震えている選手の姿もあった。その一部始終はテレビ、SNSで報道され続け、一瞬の間に世界中に拡散されることになった。国内で有名な実況アナウンサーが「これは深刻な教育問題だ。末期の病気なんだ」とツイートしたのとほぼ同時に、私の携帯には「Es una vergüenza(これは恥だ)」の文字が一斉に並んだ。ライセンススクールのグループチャットだった。
もしかすると、もしかするかもしれない……という空気が流れ始めたのは、ボカとリーベルがお互い準決勝に進んだあたりだっただろうか。これまで同じ国同士が決勝で戦うことが許されていなかったコパ・リベルタドーレスだったが(一昨年までは同国が決勝で当たらないように準決勝でぶつけていた)、前回大会からそれが認められたため、決勝戦が「スーペルクラシコ」になる可能性があった。私は今季の両チームの戦いぶりを見ていて、その可能性は極めて低いと考えていた。周りの反応も私と同じようなものだったと記憶しているが、両チームは着実に歩みを進め、ついに決勝戦まで駒を進めたのだった。
アルゼンチン人、特に両チームのサポーターにとって、この試合はどれほどの意味を持つものなのだったのだろうか。ボカサポーターの友人は「2014年W杯決勝(アルゼンチンvsドイツ)の2倍緊張している」と真顔で言っていたし、リーベルサポーターの友人は、試合が近くなるにつれて明らかにナーバスになっていき、「緊張して試合を見ることができない」と言っていた。私たちには到底わかり得ない意味を持っているということは容易に想像することができたが、ただでさえ彼らがテレビの前で試合を見る時の「目」は異常で、正直、ボカやリーベルの試合を隣で観るのは遠慮したくなる。明らかに空気が変わるのだ。「アルゼンチン人にとってサッカーはどれほどのものなのか?」を知りたい人は、ぜひテレビの前でサポーターと一緒に試合を観ることをお勧めする。
私がアルゼンチンにサッカーを学びに来た理由の中に、「サッカーが人生そのものだと感じられる場所に行きたい」という想いがあった。「人間は人生が懸かったもののためならなんでもする。もしサッカーに人生を懸けている人々が世界に存在するのであれば、一体どのようにサッカーを観て、どのようにプレーをするのだろうか」。私は、自分の目でそれを確かめないわけにはいかなかった。なんとなく、欧米ではなく南米だなと、当時そう思っていたのだ。
アルゼンチンに来てある程度の日数が経ち、それを実際に感じることは何回もあったが、今回の一連の流れをこの目で見て、もう一度考え直さなければいけないなと、そう思った。どういう感情なのかは自分でもうまく説明できないが、スッキリするものではないことは確かだ。リーベルがスペインで優勝を決めた時の胸糞の悪さは、ボカを贔屓目に見ていたからなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。最初で最後になる(来年からは中立地開催)コパ・リベルタドーレス決勝戦のスーペルクラシコがアルゼンチンで行われず、何か商業的な雰囲気になってしまったことから来るやるせなさなのかもしれないし、あの事件が「作られたもの」のように見えたからなのかもしれない。ただ、サポーターが投げたビール瓶が歴史的な一戦をアルゼンチンから遠ざけ、本当にスタジアムに行くべき人々がそこには居なかったということだけは、紛れもない事実である。
「異常な世界」で生きる者に勝つために
どのようにこの記事を締めれば良いのか、正直わからないでいる。「無責任なことは書けない」という思いを抱えながら書いていたおかげで、締め切りをとうに過ぎた原稿と向き合うことになってしまった。今回の一連の事件で、アルゼンチンサッカーは世界に恥をさらしたと言われている。「これがアルゼンチンだよ」と受け入れようとする人もいれば、痛烈に批判をする人もいた。あらゆることが、適切な行動でなかったことは間違いないだろう。
ただ一つだけ伝えたいことは、世界にはサッカーというものを私たちとは明らかに違う感覚で捉えている人々が確かに存在していて、そして、その中でプレーをする選手たちがいる。あれだけの試合で、あれだけのスーパーゴールを決めてしまうファン・フェルナンド・キンテーロという選手がいるのだ。そして日本が「世界」で戦うためには、これらの選手たち、そしてそれを取り巻く人々に戦いを挑まなければならない。そのために日本はどうしていくべきなのか。きっと答えはないけれど、とりあえず私は、しばらくアルゼンチンのサッカーを見つめてみようと思う。
Photo: Getty Images
Profile
河内 一馬
1992年生まれ、東京都出身。18歳で選手としてのキャリアを終えたのち指導者の道へ。国内でのコーチ経験を経て、23歳の時にアジアとヨーロッパ約15カ国を回りサッカーを視察。その後25歳でアルゼンチンに渡り、現地の監督養成学校に3年間在学、CONMEBOL PRO(南米サッカー連盟最高位)ライセンスを取得。帰国後は鎌倉インターナショナルFCの監督に就任し、同クラブではブランディング責任者も務めている。その他、執筆やNPO法人 love.fútbol Japanで理事を務めるなど、サッカーを軸に多岐にわたる活動を行っている。著書に『競争闘争理論 サッカーは「競う」べきか「闘う」べきか』。鍼灸師国家資格保持。