勝ち試合をふいにした初陣で手にした勝ち点以上に大事なもの
指導者・中野吉之伴の挑戦 第十回
ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。2月まで指導していた「SGアウゲン・バイラータール」を解任され、新たな指導先をどこにしようかと考えていた矢先、白羽の矢を向けてきたのは息子が所属する「SVホッホドルフ」だった。さらに古巣「フライブルガーFC」からもオファーがある。最終的に、今シーズンは2つのクラブで異なるカテゴリーの指導を行うことを決めた。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。
▼9月22日、リーグ初戦を迎えた。
今シーズン、『フライブルガーU-16』が所属しているのは『U-17ベツィルクスリーガ』。ドイツ全体で見ると、5部に相当する。アウェイ戦で一番遠いところまで行くと、車で45分くらいのエリアで開催となる。
クラブからの要求は昇格!
義務という言葉は使われてないし、「プレッシャーを感じなくてもいいよ」とは言われている。だが、話をする時の育成部長やユースコーディネーターの目はいつも笑ってない。さらにことあるごとに「それができるだけのクオリティが選手にはあるはずだ」と付け加えられる。
私もアシスタントコーチのミヒャエルも、選手のクオリティの高さは認めている。シュトゥッツプンクトの選手(州トレセン)が何人もいるし、元SGフライブルクの選手もいる。しかし、そうした恵まれた状況はこれまでも経験がある。
でも、昇格がかなわなかったのはなぜか?
昇格するためには、リーグ優勝しなければならない。ただ、1学年上のリーグに参加するのは思っているほど簡単ではない。U-15とU-17ではフィジカル的なスピードとパワーが違う。戦術理解度も、試合に勝つための覚悟の持ち方も違う。正直、5部リーグともなればボールを大事にし、自分たちでゲームをコントロールしながらサッカーをできるチームは限られてくる。
いい選手は、もっと上のリーグでプレーするクラブにどんどん引き抜かれていくため、普通の町クラブではチームづくりが本当に難しくなる。そうなると、守りを固めて気合いで戦い、前線にいるスピードや高さのある選手に託すサッカーをせざるをえないのも理解はできる。また、審判のレベルも決して高くはない。ミスジャッジが基準になったまま、1試合が続くこともある。
そんな環境でプレーすることに慣れていないと、思い通りのサッカーができないことに苛立ち出し、自分たちで自分たちのゲームを壊してしまう。ペナルティエリア付近までは運べても、人数をかけてくる相手の守備を崩せず、焦ってドリブルで不要に仕掛けてはボールを失ってカウンターを受ける。一度でも「こんなのサッカーじゃない!」という考えが頭を支配すると、相手のアグレッシブなプレーを受け返すことができなくなる。
しかし、違うのだ。それもサッカーなのだ。もし、さらに上のレベルを目指すのであれば、そういう相手でも通用するように追求していく姿勢が求められる。相手のプレスを受けてもボールを失わずにパスの出口を作り出し、見つけ出し、相手を動かすためのフリーランとパスワークを身につけ、ドリブルで相手を引きつけながら、スペースを生み出していく。攻撃だけではなく、守備にも精力的に汗をかき、ゲームをコントロールし、ゲームを構築していけるようにならなければならない。
開幕戦の試合前、選手にはそうした心構えが見られなかった。
スタメンを発表し、戦術的な指針をまとめる。だが、緊張感がない。「別に気合を入れなくても勝てるし、監督の話を聞かなくても大丈夫」。どこかそうした空気が支配していた。アップを終えた後 一度控室に戻る。私が試合前の最後の指示を出そうとする。
だが、誰かがふざけ、笑い声が止まらない。
1度2度注意をし、一度静まるが話し出した瞬間また誰かがふざけだした。次の瞬間、持っていた戦術ボードを地面にたたきつけていた。乾いた大きな音が控室に響く。シーンとなった。ちょっと時間をあけて、私は静かに語り出していた。
「俺は、サッカーといつでも真剣に向き合っている。どんな試合でも、どんな練習でもだ。この試合に対してもそうだ。簡単な試合なんて一つもない。適当にやっていい試合なんて一つもない。自分たちの力を過信して、なんとなくの気持ちで試合と向き合って、それが何になる? そんな取り組みで勝とうが負けようが何を得ることができる? 何を学ぶことができる?」
選手の目が真剣になってきた。まっすぐに座り、両手を組んでいる。
「みんな、俺の仕事が何か知っているな。ジャーナリスト、ライターとして稼いでいる。いろんな仕事を掛け持ちしている。でも、そんな俺が週末の試合にこうして帯同しているのを不思議に思ったことはないか? それとも取材に行かなくても別に平気な仕事だと思っているか? そうではないよ。俺はいつも週末の仕事を休んできているんだ。練習のために仕事を休むこともある。休めば当然収入が減る。家族がいて、2人の子どもがいる。仕事をおろそかにしたりはできないし、していない。スケジュール調整はいつも大変だ。それでも俺は現場に立っていたい。なぜならサッカーは……」
そこで一度言葉を切り、みんなの顔を見渡した。ジッと見ている。耳を傾けている。
「俺にとって欠かせない人生の一部なんだ。どんなことがあっても、真剣に向き合っていきたい大切なものなんだ。みんなはどうなんだ? みんなのサッカーへの思いはそんなものなのか? ここからさらに成長できるチャンスがあるのに、それをみすみす見逃して、今が楽しければそれでいいで終わってしまうのか?」
みんなが首を横に振る。そんなはずはない。「俺たちもサッカーが大好きで、真剣にやりたいんだ」。そうした思いがにじみ出てきた。話にも熱が入ってきた。声はどんどん大きくなる。
「だったら! やるべきことが何かもわかっているはずだ。どんな態度で試合に臨むべきか。どうすればいいプレーができるのか。どうすれば自分のプレーを発揮できるのか。考えるべきことはたくさんある。口で言うだけなら誰でもできる。プレーでしっかり見せてみろ!」
選手はみんな大声を出して気合を入れながら、控室を出ていった。
発破が効いたのか、試合開始から相手を圧倒していく。スピードにのった攻撃で何度もチャンスを作り出し、前半を3対1のリードで折り返した。後半開始直後に3対2とされるが、残り20分の段階で4対2と点差を広げる。
ただ、ここで選手の気が緩んだのか、ミスが増え始める。仲間に文句を言う声が飛び交い、ボールを奪われた後の戻りも遅くなり、守備が乱れてくる。悪い流れの中で4対3とされると、さらにその傾向がひどくなり、CB2人の距離がどんどん開いていく。外から声をかけて落ち着かせようとするが、修正することができないまま、同点ゴールを奪われる。終盤勝ち越しゴールのチャンスを何度も作るがシュートミスや相手GKのファインセーブに阻まれてしまった。
結局4対4の引き分けで終わった。
勝ち試合を落としたことで、試合後の雰囲気は当然よくない。悔やまれるのはゲームメイカーのアキを起用できなかったことだ。U-17で負傷者が多く、「問題ないならアキを起用したい」と頼まれていた。試合には帯同してもらったが、起用しないまま試合を終われば、その後のU-17の試合には出場できる。4対2となったところで、「今日はアキがいなくても大丈夫」と私もアシスタントコーチも思っていた。他の選手に出場機会を与えたい思いもあった。そして、勝ち試合の試合運びを選手たちは「すでにわかっている」と思い込んでいた。
でも結果として、この判断は誤りだった。
流れが悪い時にどう修正すべきか、まだこのチームは持ち合わせていなかった。崩れたバランスを取り戻すのに、一度ゲームを落ち着けることができなかった。久しぶりのクラブで初めてのチームでの初めての公式戦。そこから見えてくることは多い。やはり、どれだけテストマッチやトレーニングを重ねても、公式戦でなければわからないことがたくさんある。
▼年上のリーグを戦うのは簡単なことではない。
試合後、私はアシスタントコーチ、U-17監督のルカ、さらにU-14監督のルーカスと話し合いを行っていた。どうすべきだったか、どこに問題があったか、どんな修正が必要だったか。戦術盤を囲んで整理をした。
しばらくしてルカとルーカスが席を立つと、そのタイミングを待っていたのか、キャプテンのマックス、副キャプテンのフェリックスらチームの代表5人が私たちのところに来て「話をしてもいいか?」とたずねてきた。試合内容に納得がいかない。「何かを変えないといけない」と訴えてきた。
「今自分たちで話していたんだけど、キチとミヒャエルにお願いしたいことがある。一つは試合中の戦術的な指示をもっとしてほしいんだ。昨シーズンの監督はすぐに修正をしてくれた。どうしたらいいかを示してくれたんだ。だから、それがないとバラバラになってしまう。2つ目は選手の交代はもっと後にした方がいいと思う。今日は選手交代後にバランスが崩れてしまった。3つ目はもっと厳しさを出してほしい。うちのチームはまだ自分からすぐ真剣になれない選手が多い。それが理由でトレーニングや試合がダメになるのが嫌なんだ」
私とミヒャエルは彼らの話をしっかり受け止め、正直に自分たちの思いを口にしてくれたことを感謝した。と同時に、私たちの考えと捉え方も伝えた。
「みんなが言うように戦術を整理していくことで、チームとしての戦い方を成熟してさせていくことはとても大切だ。みんなはそれぞれどこがわかっていて、どこがわかっていないのか。何ができて、何ができないのか。それを曖昧にせず、試合や練習を通して積み上げていこう。と同時に、それと同じか、それ以上に試合中に自分で判断する指針をたくさん持てるようになることにも取り組んでほしい。外からの私たちの声ばかりを待つのではなく、『どの時間帯でどんなプレーが必要なのか』と試合の状況や流れを自分たちでつかめるようになってほしい。そのために、お互いもっとコミュニケーションをとっていかないとね。
あと交代に関しては出場時間との兼ね合いもある。必ずしもその試合に勝つためだけの采配はできない。それでもこちらも試合の流れや展開に応じた交代ができるようにもっといろいろと考えるよ。あと、厳しさに関してだけど、それは私にとっても大きなチャレンジだ。正直に言うと、自分の強みではない。でもチームがいい方向を向いてやっていけるように、今自分は線引きをはっきりさせていくことが大事だと感じている。ダメなことはダメという。ちょっとした悪ふざけが仲間の迷惑になる。それは避けなければならない。みんなサッカーがやりたくてここに集まっているのだから。私もチームに必要な緊張感を持たせられるようにがんばっていく。だから、みんなにはそんな私をサポートしてほしい。仲間を引っ張っていってほしい。それができたら、私たちは本当にいいチームになれるよ」
全員がうなずき、しばらくいろんな話をした。しばらくして一人がふといった。
「試合前のキチの檄、あれはよかったよ。あれでみんなスイッチが入った」
確かに勝ち試合をものにできなかったのは痛い。でも、勝ち点以上に大事なものを手にした試合となったと思う。やるべきことがより明確に見えたということは、今後シーズンを戦っていく上で大きな収穫だったとポジティブに捉えていた。
■シリーズ『指導者・中野吉之伴の挑戦』
第一回「開幕に向け、ドイツの監督はプレシーズンに何を指導する?」
第二回「狂った歯車を好転させるために指導者はどう手立てを打つのか」
第三回「負けが続き思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!」
第四回「敗戦もゴールを狙い1点を奪った。その成功が子どもに明日を与える」
第五回「子供の成長に『休み』は不可欠。まさかの事態、でも譲れないもの」
第六回「解任を経て、思いを強くした育成の“欧州基準”と自らの指導方針」
第七回「古巣と息子の所属チーム。年代もクラブも違う“二刀流”指導に挑戦」
第八回「本人も驚きの“電撃就任”。監督としてまず信頼関係の構築から」
第九回「チームの理解を深めるために。実り多きプレシーズン合宿」
第十回「勝ち試合をふいにした初陣で手にした勝ち点以上に大事なもの」
第十一回「必然だが『平等』は違う。育成における『全員出場』の意味とは?」
■シリーズ『「ドイツ」と「日本」の育成』
第一回「育成大国ドイツでは指導者の給料事情はどうなっている?」
第二回「『日本にはサッカー文化がない』への違和感。積み重ねの共有が大事」
第三回「日本の“コミュニケーション”で特に感じる『暗黙の了解』の強制」
第四回「日本の『助けを求められない』雰囲気はどこから生まれる?」
第五回「試合の流れを読む」って何? ドイツ在住コーチが語る育成
※本企画について、選手名は個人情報保護のため、すべて仮名です
Photos: Kichinosuke Nakano
Profile
中野 吉之伴
1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。