東口順昭は、それでも成長を続けている。成長を証明した「ミス」について
日本代表プレーヤーフォーカス#4
森保一監督の下、5試合を戦い4勝1分で2018年を締めくくった日本代表。チームとしては順調なスタートを切った中、選手たちは新体制での居場所をつかむべく必死に戦っている。ロシアでの経験を糧にさらなる飛躍を期す者から、新たに代表に名を連ねチャンスをうかがう者まで。プレーヤーたちのストーリーやパフォーマンスにスポットライトを当てる。
成長を証明した「ミス」
森保一監督が就任した、新生・日本代表。その初陣となった9月11日のキリンチャレンジカップ、コスタリカ戦では、これまで8年間守護神として君臨し続けた川島永嗣に代わり東口順昭がゴールマウスに立った。
そのコスタリカ戦、前半34分のプレー。相手CKのハイボールに対し、東口は果敢に飛び出すも競り合いに敗れ、あわや失点というピンチを招いてしまった。
GKのハイボール処理は「飛び出す場合は、必ずボールに触らなければならない」というのが「鉄則」である(例外もあるが)。よって、東口のこのプレーは、「ミス」と言えるかもしれない。
「ミスはミス、だからダメなんだ」と、このプレーを批判するのは簡単だ。
だが、私の見解は、真逆であった。
このミスから、東口の確かなる「成長」を感じ取ったのだ。
「自分」を出せなかった、過去5試合
コスタリカ戦までに東口が出場した国際Aマッチは、5試合。好プレーもあったが、全体的に見ると彼が持てる力を存分に発揮できたとは言いがたく、川島から正GKの座を奪うだけのパフォーマンスはできなかった。
どうしてもアピールしたい。けれど「自分」を出すことさえできない。東口はこのジレンマに陥っていた。特にそれが顕著となったのが、2017年10月10日に行なわれた、キリンチャレンジカップ、ハイチ戦(3-3)だ。
1失点目は、スルーパスに反応した相手とのペナルティエリア内の1対1に対し、すべての対応が中途半端になってしまった。「出るのか? 出ないのか? 出るならフロントダイビングで飛び込むのか? 面をつくって対応するのか?」……すべての判断、対応が中途半端となった結果、脇下を抜かれて失点してしまった。
2失点目も、東口なら止められる可能性もあった。だが、わずかな重心のコントロールの乱れなどから一瞬だけ対応が遅れ、あっさりと決められてしまう。こうしたシーンでのシュートストップこそ東口の武器の1つなのだが、残念ながらアピールすることはできなかった。
ハイチ戦の東口は、この他にも不安定なプレーに終始してしまう。おそらく、アピールしたい気持ちの空回り、国を背負う代表戦の重圧からくる緊張、Jリーグとはタイプが異なる読みづらい相手の動きに翻弄された……様々な要因から、東口はうまく「自分」を出すことができなくなったのだろう。
よりハイレベルな国の代表であれば、このハイチ戦の時点で東口には「失格」の烙印が押され、その後はもう二度とチャンスは訪れなかったはずだ。
しかし、ヴァイッド・ハリルホジッチ前日本代表監督は、ハイチ戦の後も東口を日本代表に呼び続け、試合出場のチャンスを与えている。そこには「(川島の)代わりになるGKがいない」という、日本の悩ましいGK事情も関係している。が、東口は、その後の中国戦(EAFF E-1 サッカー選手権)、パラグアイ戦(親善試合。前半のみ出)でも力を存分に発揮できたとは言いがたく、思うようなアピールはできなかった。
なぜ、東口は「変われた」のか?
これがコスタリカ戦までの、東口が出場した国際Aマッチ5試合の「流れ」である。
よって、コスタリカ戦の私の注目点は、東口が「良いプレーをできるかどうか」ではなく、それ以前に「まずは、しっかりと『自分』を出す事ができるかどうか」であった。逆に言うと、森保監督の初陣であるコスタリカ戦でも、過去と同じ失敗を繰り返すようなら……今度こそ本当に「失格」の烙印を押されてしまうのではないか?と考えていた。
そして、前述の「ミス」が起こる。確かにミスと言えるプレーだったかもしれないが、過去に出場した国際Aマッチ5試合とは明らかな「違い」が見えた。
過去5試合では、「自分のプレーを出す」ことすらできなかった。しかし、このミスでは、勇気を持って、迷いなくはっきりと「出る」決断を下すことができた。その上でのミスだった。競り合いには敗れたものの、「自分のプレーを出し切った上でのミス」だったのだ。
これまでの東口であれば、迷って一歩目が遅れたり、あるいは出ることすらできなかったかもしれない。パラグアイ戦でも、FKのハイボールに対して出て行くも、触われない……というプレーがあった。だが、あの時は「アピールしなければならない」「殻を破りたい」という強迫観念から、無理をして出て行ったように見えた。
それに対し今回は、冷静に状況を見た上で「出る」という判断が自然とできていた。この点で、大きな違いがある。このプレーの前にも、前半11分にCKのハイボールに対して出て行き、パンチングで処理したプレーがあった。その時点で「今日の東口は、違う」と感じさせた。
相手にプレスをかけられた状態でのバックパス処理も慌てずこなし、ミドルシュートを持ち味の伸びのあるセービングで止めるなど、国際Aマッチ出場6試合目にして、初めて「自分を出せた」試合となった。ようやく、1つ、殻を打ち破ったのである。
なぜ、東口は「変われた」のか?
試合後、東口は「見える景色がいつもと一緒だったので守りやすかった。自分のホームという感じは強いですし、アグレッシブにプレーできた。この吹田でスタートできて良かったです」と語っている。
慣れ親しんだガンバ大阪のホーム・吹田スタジアムが、東口の力を解き放ち、これまで、どうしても打ち破れなかった殻を打ち破ったのだ。
「小さな成長」をコツコツと積み重ねて
コスタリカ戦の「ミスから見えた成長」。確かにそれは、多くの人が気付くことさえできない、「小さな成長」かもしれない。だが東口はこれまでも、決してエリートではないサッカー人生で、こうした「小さな成長」をコツコツと、しかし着実に積み重ねて、日本代表の正GKを争うまでに登りつめてきたGKだ。
コスタリカ戦で殻を打ち破った東口は、続くウルグアイ戦でも好プレーを見せた。CKからのディエゴ・ゴディンの強烈なヘッドを、武器である鋭い反応で止めた。Jリーグでは何度も見られた得意のプレーだが、世界的な強豪国であるウルグアイを相手に発揮できるまでになったのだ。「代表戦では力を発揮できない」は、もはや過去のものとなりつつある。
32歳にして、新たな境地に入った東口。ただし、ここから先は、「さらに大きな壁」が待ち受けている。
やっと、代表戦でも力を発揮できるようになった東口だが、今度は「その上で、なお能力が及ばない」という場面が出てくる。事実、コスタリカ戦のあの「ミス」も、自分のプレーを出し切った上で、それでもなお相手に競り負けるという、能力面での課題を露呈している。ウルグアイ戦の3失点目も、東口自身が「もろにシュートストップの部分。あれは、やっぱり触っていかなあかん。そういうシンプルな修正点がもっとある」と語った通りだ。
また、「国内の親善試合」では力を発揮できるようになったが、アジア杯、W杯アジア予選、そして、さらにハイレベルなW杯本大会でも同じように「自分を出せる」のか? その上で、能力面で対抗できるのか? まだまだ未知数だ。「やれる」ことを今後、東口が自らのプレーで証明していかなければならない。
どんな能力をもっていても、試合の中でそれを発揮できなければ、意味がない。前回のケパ・アリサバラガの記事で「技術だけを見ていては見落としてしまう、重要なポイントが隠されている」と書いたのもそのためだ。今回、技術分析等は少なめにして、あえてこのような視点から記事を書いたのも、東口がこれまで持てる能力を代表戦の中で発揮できなかったからだ。
技術分析だけでは、GKのすべてを語ることはできないのである。
ようやく殻を打ち破った東口だが、同じく森保監督の下で出場機会を得た権田修一、シュミット・ダニエルも、それぞれが異なる持ち味を発揮しアピールしている。現時点では大きな差はない、横一線に近い状況と言える。
少なくともこの8年間、川島が1人、特出していたような状況ではない。現在の日本代表GK陣は今、選ばれている3人以外にも、誰でも割って入れるチャンスが充分にあると言える。ケガから復帰の中村航輔も、今後、間違いなく正GK争いに加わってくるだろう。
日本代表GKの歴史を振り返ると、川口能活、楢崎正剛、川島永嗣……みな、「実力で前任者からポジションを奪い取って」、正GKの座をつかんできた。
しかし現在の日本代表GK事情は、違う。川島が健在の内は、誰もポジションを奪うことはできなかった。川島を越えるGKは、この8年間、ついぞ現れなかったのである。これは、非常に重い現実として、受け止めなければならない。
森保監督体制下で選ばれた日本代表GKたちは、川島が呼ばれなくなったことで(あくまで現時点では)、チャンスを得ている。決して、「実力で」川島からポジションを奪い取ったものではない。代表や欧州での実績・実力で、真の「川島越え」を果たすGKは、今後現れるのか? 日本のGK界、ひいては日本サッカー界の未来をも左右する、極めて重要なテーマである。
Photos: Ryo Kubota, Getty Images
Edition: Daisuke Sawayama