SPECIAL

アンチェロッティ、ナポリを掌握。ウルティモ・ウオモが徹底分析

2018.11.21

グアルディオラ後を任されたバイエルン時代に続き、稀代の戦術家が作ったチームを引き継いだアンチェロッティ監督。サッリ(現チェルシー)のシステムを壊すことなく、バリエーションを与えることでプレーの幅を拡げるというアプローチは、すでにセリエA開幕戦から垣間見えた。そのラツィオ戦(○1-2)の『ウルティモ・ウオモ』分析記事(8月20日公開)を特別掲載。


 セリエAの初戦は、とりわけ今季のように例年よりも早く開幕した場合には、注意深く分析・評価する必要がある。多くのチームにとって8月中旬というのは、戦術的にはまだ進化の途上であり、フィジカル的にもシーズン中とはトレーニング負荷が異なるゆえにまだピークには達していないというタイミングだ。それゆえピッチ上では、チームが狙ったゲームプランを遂行できるかどうかが大きな違いを作り出すことが多い。

 8月18日のラツィオ対ナポリは、その完璧なサンプルだった。カルロ・アンチェロッティのナポリは新しいプロジェクトの第一歩を力強く踏み出し、一方シモーネ・インザーギ体制となって3年目のラツィオは、夏の不十分なフィジカルコンディションゆえに、時間の経過とともに萎むようにパフォーマンスを落としていった。

 ラツィオの動きは明らかに重く、それがゲームプランにもはっきりと影を落としていた。危険な場面を作ったのは、インモービレへのロングパスが通った時くらいで(先制ゴールもそこから生まれた)、ルイス・アルベルトとミリンコビッチ・サビッチはいつもと比べてずっと運動量が少なかった。最も重要なプレーヤー2人がコンディション不良のラツィオは、それだけでナポリに対抗する術を欠いてしまったように見えた。

 一方のナポリは対照的に、手探りで試合に入ってそこから徐々にペースをつかみ、最後は完全にゲームを支配して右肩上がりで90分を終えた。この流れの中では、与えた先制点もインモービレの素晴らしいプレーと最終ラインの連係ミスがたまたま重なって生まれた、単なる「事故」以上のものではないように見えた(インモービレの動きにDF3人がそろって引っかかった)。

8月18日のセリエA第1節、ラツィオ対ナポリ(1-2)の両チーム先発フォーメーション(左がナポリ)

 ナポリがこの開幕戦で見せた戦いぶりは、アンチェロッティが頭に描いている方向性を示すものだった。マウリツィオ・サッリのシステムを壊さずに、しかし修正を加えるというのがそれだ。ジョルジーニョの移籍(→チェルシー)がもたらした純粋なレジスタの不在という状況を自覚し、それに新たな解決を与える、と言い換えてもいい。実際、ビルドアップとその後のポゼッションにおいて、中盤の流動性が以前と比較にならないほど高まっているなど、すでにいくつかの明らかな変化を見て取ることができた。


新しい中盤
Il nuovo centrocampo

 プレシーズンマッチの段階から認められたように、アンチェロッティはレジスタにコンバートしたハムシクがジョルジーニョの仕事をそのままの形で置き換えることは不可能だという認識に立っている。確かに、2人は技術的にもフィジカル的にも明らかに異なるプレーヤーだ。それゆえアンチェロッティは、ハムシクに同じタスクを与えるのではなく、システムそのものに手を加えて、中盤のメカニズムを修正するというアプローチを選んだ。このラツィオ戦でも、中盤のトライアングルに対してできる限り流動的に振る舞うよう求めていた。左右どちらかのインサイドMFがハムシクと同じ高さまで降り、もう一方は敵プレッシャーラインの背後にポジションを取るというメカニズムだ。ビルドアップにおいては、ほぼ常に2CBとハムシク、そしてインサイドMFの4人が中央で四角形を形成し、左右のSBは攻撃の幅を取るため早いタイミングで高い位置まで進出、そしてもう一人のインサイドMF(右から組み立てる時にはアラン、左から組み立てる場合はジエリンスキ)が2ライン間でパスを引き出す役割を担う。

 この試合で2ライン間にポジションを取って実質的なトップ下として振る舞うタスクを担ったのは、主にジエリンスキだった。その分アランはハムシクの近くまで降りるため、陣形は一時的に[4-2-3-1]に近い形になっていた。とはいえ、このメカニズムが何のために準備されたかは明白だった。中盤にこれだけ高いモビリティを与えることで、ハムシクはビルドアップの中継点としての役割をインサイドMFと分担し、敵のプレッシャーを避けて動く自由を手に入れることが可能になる。

アランがハムシクと同じ高さまでポジションを下げ、ジエリンスキが敵中盤ラインの背後に入っていく。左右のS B はともに高い位置を取っている。このメカニズムは読みとテクニックに優れたファビアン・ルイス(ベティスから新加入のスペイン人MF)のようなプレーヤーに合わせて作られたようにも見えるが、彼はこの試合ではベンチを暖めた

 ラツィオのフィジカルが後半に入って明らかに落ちたこともあり、ナポリは長い時間にわたって、ボール保持を目的とするポゼッションを基本としつつ、そこによりダイレクトな攻撃を織り交ぜるという戦い方を続けることができた。そこには新しい中盤の可能性がはっきりと示されていた。しかし、敵のプレッシャーの欠如がそれを大いに助けたこともまた確かであり、この流動的な中盤によるビルドアップの機能性を正しく評価するためには、より厳しい圧力の下での振る舞いを見る必要があるだろう。

 レジスタ機能をハムシクだけに委ねず分散させるために流動性を高めた中盤は、少なくともこの試合においては十分に機能しており、ジョルジーニョの不在を感じさせなかった。相手のプレッシャーが緩く、ボールを奪われてネガティブトランジション(攻→守の切り替え)にさらされる心配をしなくて良かったため、どこから攻めるかを落ち着いて考える時間があったことも有利に働いた。サッリの下ではこれだけ低い位置でプレーすることがなかったハムシクだが、レジスタの機能を彼だけに委ねるよりも中盤全体に分散するというアンチェロッティの選択によって、このポジションでも効果的に機能することができた。ラツィオは敵アンカーの両脇に生まれるスペースでパスを受ける形を作るのに長けたチームだが、一方のインサイドMFをハムシクと同じ高さまで下げるというメカニズムは、それに対する対策としても機能していた。アンチェロッティが対戦相手を研究していた証拠である。

 この流動性の高い中盤は、個々のMFに対してボールの位置に応じて的確にポジションを調整することを要求する。サッリの下でよりパターン化されたタスクに馴れていたMF陣がこのメカニズムを完全に内面化するまでには、ある程度の時間が必要だろう。


左右対称のビルドアップ
L’uscita simmetrica del pallone

 サッリのシステムと比べてもう一つ大きく異なっているのが、組み立てがより左右対称になったことだ。よく知られているように、昨季までのナポリは、クリエイティブなプレーヤーを多く擁する左サイドから主に攻撃を組み立てていた。しかしこのラツィオ戦のナポリは、左右どちらのサイドからもバランス良く展開している。これには、左インサイドMFがハムシクではなく、2ライン間にポジションを取る傾向が強いジエリンスキに変わったことに対応するという側面もあるように見える。システム全体として見ても、サイドチェンジをより高い頻度で行い、右サイドのスペースをフィニッシュだけでなくその前のポゼッションにおいても積極的に活用できる設計に変わった。この変化は、カジェホンと比べて左右対称なシステムへの適応性がより高い新戦力ベルディの起用を容易にするだろう。

ラツィオ戦の開始から73分までのパスマップ。左右のアンバランスを小さくしようというアンチェロッティの意図が表れている

 おそらくアンチェロッティは、ビルドアップの左右対称性を高めれば、ピッチ上にトライアングルを作り続ける洗練されたメカニズムに過度に頼ることなく、スムーズなボール循環が可能になると考えたのだろう。サッリのナポリにおいて、サイドチェンジはとりわけアタッキングサードを攻略するポジショナルな攻撃のフェーズにおいて、逆サイドのスペースを使ってフィニッシュするために使われていた。しかしアンチェロッティは、攻撃を組み立てる全プロセスにおいて使うべきメカニズムとしてシステムに組み込んでいる。

 例えばこのラツィオ戦においては、すぐに中盤にボールを運べない時に、右CBのアルビオルから左サイドにボールを動かすため、そしてハムシクから右サイドにボールを動かすために使われていた。アンチェロッティは、サイドチェンジをビルドアップに組み込むことで、組み立てのリズムをコントロールするための調整弁をとして機能させ、同時に攻撃にもう一つのバリエーションを付け加えようと考えているように見える。実際ラツィオ戦における2つのゴールは、いずれもサイドチェンジが出発点となって生まれたものだった。

 1点目(前半アディショナルタイム)のアクションは、アルビオルが右サイドで奪ったボールを左サイドのインシーニェに展開したところから始まった。そこからさらにファーポスト際に送り込まれたクロスを、走り込んだカジェホンが頭で中央に折り返した。2点目(59分)の起点となったのもアルビオル。サイドチェンジを受けたマリオ・ルイから、大きなトライアングルパスで左サイドを前進し、インシーニェが右のヒサイにもう一度サイドチェンジ、そこからのクロスを走り込んだインシーニェが決めた。

アランがL.アルベルトにマークされているにもかかわらずハムシクに近づく動きを取り、敵中盤ラインの背後に動いたジエリンスキはパスを引き出すには遠くなり過ぎている。すべての状況は右へのサイドチェンジを誘導しており、実際ヒサイはハムシクが頭を上げる前から両手を上げてパスを呼んでいる

 つまるところアンチェロッティは、バイエルンに続いて今回のナポリでもまた、前衛的なシステムを普遍化するという役割を担っている。先鋭的に過ぎる部分の角を丸め、バリエーションを与えることでプレーの幅を拡げるというアプローチだ。

 バイエルンにおいては、おそらくこの路線を強く打ち出し過ぎたことによって、グアルディオラのチームが持っていた長所までも削り取ってしまうという結果に終わった。しかしこの経験から学びを得たのだろう。この初戦を見る限り、アンチェロッティはサッリのナポリが持っていた基本的なメカニズムをすべて温存した上で微調整を施し、新たなバリエーションを加えた。これが順調に定着し機能すれば、サッリのナポリが持っていた数少ない欠点の一つであるパターンの少なさとそれに基づく予見可能性の高さを克服することも可能だろう。

 最終的な評価を下すにはまだまだ時期尚早であり、今後の数試合を注意深く見る必要があることは明らかだ。だが、アンチェロッティが正しい方向に歩み始めたことは確かなように見える。

ナポリを率いるカルロ・アンチェロッティ監督


Photos: Getty Images
Translation: Michio Katano

footballista MEMBERSHIP

TAG

カルロ・アンチェロッティナポリ

Profile

ウルティモ ウオモ

ダニエレ・マヌシアとティモシー・スモールの2人が共同で創設したイタリア発のまったく新しいWEBマガジン。長文の分析・考察が中心で、テクニカルで専門的な世界と文学的にスポーツを語る世界を一つに統合することを目指す。従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で新たなファン層を開拓し、イタリア国内で高い評価を得ている。媒体名のウルティモ・ウオモは「最後の1人=オフサイドラインの基準となるDF」を意味する。

関連記事

RANKING

関連記事