ケパ・アリサバラガ。チェルシーの戦術クオリティをも左右するGK
注目はミドルパスの精度と、メンタルの強さ
マウリツィオ・サッリの戦術を遂行する上で欠かすことのできない、GKからのビルドアップ。その役割を高次元で果たすのが、同じく今季からチェルシーに「GK史上最高額」の移籍金8000万ユーロ(約104億円)で新加入した、ケパ・アリサバラガだ。
利き足である右足のキック精度が高いのはもちろん、左足の精度も非常に高い。ロングパスやショートパスの正確性のみならず、特に注目したいのはミドルパスの精密さだ。
ショートパスでCBやMFに繋ぐパスコースを相手に封じられても、正確無比のミドルパスでSBへと展開し、状況を打開できる。ケパは、これを左右両足で遜色なく行うのだ。
流れの中からだけではない。私が驚いたのはゴールキックからのミドルパス。相手はパスコースを予測して守備陣形を整えており、もし数cmでもキックがずれればカットされ、失点のリスクがある中でピンポイントのミドルパスを通してみせる。このレベルの試合で、それを平然とやってのけるメンタルの強さにも脱帽だ。
パスの前段階のサポート、そしてバックパスのコントロールの質も高い。バックパスを受ける「前」には逆サイドの状況まで把握できており、「次の選択肢」を想定したファーストタッチから、迅速に味方へパスを供給する。どちらのサイドでボールを受けても、左右両足で正確なコントロールとキックができるので、円滑にビルドアップを遂行できる。
自陣ペナルティエリア内で相手からプレッシャーを受けている状況でも、ケパがゴールを空けてボールサイドに寄りサポート、ビルドアップすることも多い。ミスが起きた場合は即失点してしまう危険もあるが、こうしたサッリの戦術を可能にするのもケパの存在があってこそだ。
サッリ率いる現在のチェルシーにおいて、ケパの存在はGKとして「失点を防ぐ」という枠を超越し、戦術のクオリティそのものにまで影響を与えていることがわかる。そう考えると、チェルシーがGK史上最高額の移籍金を払ってまでケパを獲得したのも、うなずける。
チェルシーの懸念としては、何らかのアクシデントでケパが不在となった時、戦術のクオリティを下げることなく、他のGKがケパの穴を埋められるのか?という点だ。それくらいサッリ・チェルシーにおいて、ケパの存在は大きなものとなっているのだ。
基本に忠実かつ堅実なゴールキーピング
一方、ケパのゴールキーピングはどうか? ゴールディフェンス、スペースディフェンスともに、とにかく「基本に忠実かつ堅実」である。
ゴールディフェンスにおいては、例えば、グラウンダーのボールに対する対応で、それほど高強度のボールではない時でも、「万が一」の事故が起きないよう、常にボールに正対し、ボールが股間を抜けないよう股を閉じ、よりセーフティにキャッチするために、前に倒れて身体をかぶせる。基本ではあるが、その基本をどんな状況でも徹底して忠実に行っている。
また、ポジショニングや判断も、正確かつ的確だ。ケパはマヌエル・ノイアーやオリバー・カーンのような圧倒的な身体能力がある訳ではない。しかし、的確なポジショニングと判断でシュートコースを可能な限り限定し、自身の189cmの身体を最大限に活かした守りで、多くのシュートを止めている。
「イチかバチか」という判断はしない。例えば飛び出しにおいては、「確実に自分が処理できる」という状況のみ飛び出し、飛び出した場合は高確率で処理する。「ヤマ勘で先に動く」という守り方ではなく、最後までボールをよく見てから反応している。
処理の選択基準も、まず「万が一」の事故が起きないことを優先しており、キャッチができる時はキャッチだが、無理だと判断した場合はパンチング、あるいは一度、ボールを地面に落としてからキャッチと、堅実にプレーしている。
スペースディフェンスにおいては、例えばクロスに対するポジショニングにも、堅実さが見受けられる。
守り方の概念の1つとして、クロスを蹴られる「前」から予めゴールエリアのライン上か、それを越えるくらいの高い位置に立つことで(ボールの位置にもよるが)、より守備範囲が広がる、仮にクロスを蹴られてから「出られない」と思ったら、それからポジショニングを下げれば良い……という理論も語られるが、実際は、ボールを蹴られてからポジショニングを修正する時間はないことも多く、後方に戻り切れずに正しい準備ができないまま、シュートを打たれて失点してしまうケースもよくある。
ケパはそうしたポジショニングではなく、ゴールラインよりやや前方にポジショニングはとるが、出られない時も後方まで戻れる距離でとどめている。前述した「出られなかった時に、ポジション修正が間に合わず失点する」のを避けるためだ。ケパは重心がぶれないステップからのポジション移動のスピードが非常に速いため、この立ち位置からでも、守備範囲を広く守れることも大きい。
189cmと長身だが、低いボールに対しても強い。コラプシング技術が高く、スピードある低弾道シュートへもスムーズかつ迅速に対応できる。今季のリバプール戦でも、そのコラプシング技術から決定的なグラウンダーのシュートを止めている。また、手で間に合わない場合は、足で止める技術も高く、リーチが長いのでその守備範囲も広い。
今季のプレミアリーグで印象に残ったシュートストップは、サウサンプトン戦の78分。味方のクリアを拾われて、相手に頭上を越す強烈なミドルシュートを放たれたが、指先で触ってセーブしたプレーだ。
シュートストップ技術はもちろん、注目したのはその「前段階」の動き。味方のクリアが相手に渡り、シュートを打たれる……そこからボールがゴールに届くまでのわずか数秒の間に、ポジショニングを瞬時に後方に下げている点だ。
ポジショニングを下げる理由は主に2つあり、1つは「頭上をループシュートで越されないため」。もう1つは「ボールを処理するまでの『時間』を稼ぐ」ためだ。
ケパはクリアが相手に渡る時にはシュートがくることを予測し、あのわずか数秒の間に瞬時にポジショニングを修正しているのだ。このシュートストップの「前段階」の動きがなければ、あのシュートを止めることはできなかったかもしれない。これも基本ではあるのだが、このレベルの試合の中で瞬時にできることこそが、ケパの能力の高さの証であると言える。
チェルシーは試合前ウォ―ミングアップの中でも、ポジショニングを下げる⇒シュートストップというメニューを組み込んでいる。つまり、練習の中から日常的に行い、習慣化しているからこそ、試合でもできるのだ。
シュートストップ「だけ」の練習はよくあるが、試合の中で、止まった状態からシュートを受ける……という状況は、FKなど主にセットプレーに限られ、大半は何かしらの動き(動作)の後にシュートを受けることを考えると、チェルシーの練習は非常に理に適っており、いかに練習からの取り組み、習慣化が大切かを改めて感じさせられる。
GKにおける「身長」の重要性
また、このサウサンプトン戦のシュートストップに関しては、ケパが189cmと高身長だったからこそ、ボールに届いたとも言える。
かつてのスペイン代表は、イケル・カシージャスやビクトル・バルデス、サンティアゴ・カニサレスなど180cm台中盤で、決して身長が高いとは言えないGKが多かった。しかし現在はダビド・デ・ヘアが193cm、パウ・ロペスとケパが189cmと、高身長化している。
ハリルホジッチ前日本代表監督が、理想のGK像として「身長190cm以上」という発言をした際に「身長がすべてじゃない!」といった批判も巻き起こった。だが、体型が比較的日本人に近いと言われるスペインでさえ、GKが高身長化してきている。こうした世界の流れを見ても、日本においても世界で通用する高身長でハイレベルなGKの育成は不可欠だと言える。
日本にも高身長のGKはいるが、「速く、遠くに動く」ことはできないことが多い。圧倒的な身体能力を誇るノイアーやカーンのようなゴールキーピングは、正直、日本人GKには習得が難しいが、ケパのように徹底的に基本を突き詰めた堅実なゴールキーピングは、日本人GKが取り入れることができる部分であり、身体能力の面で劣る日本人GKの生命線になるのではないかと考える。
ケパの弱点? 気になる「ある動作」
今季のアーセナル戦の失点で見られた、「ある動き」が気になった。それは、シュートを受ける際に、「両手を大きく後ろに振りかぶる」動作だ。これにより、シュートに対して、一瞬、手が遅れて失点してしまったのだ。この動作は、他の試合でも、シュートに対してのみならず、クロス対応の際にも見られた。
ケパは、常にこの動作を入れている訳ではない。癖なのか? 意図的にやっているのか? 「ある程度、距離があるシュートに対しては、この動作を入れても間に合う」……という計算でやっているのかとも思ったが、近距離からのシュートに対しても同様の動作が入る場合もある。推測ではあるが、おそらく距離に関係なく、ケパの中で「より速く、遠く(高く)に跳びたい」時に、この動作が入るのではないだろうか。また、プレジャンプが大きくなることもある。
もちろん、より速く、遠く(高く)に跳ぶために、手や足の反動を使うのも理解はできるのだが、予備動作が大きくなり過ぎるとシュートストップやハイボール処理が一瞬、遅れてしまうため、いかに予備動作をコンパクトに抑えつつ、より速く、遠く(高く)に跳ぶか?……といった点が、ケパの課題と言えるかもしれない。
日本との「違い」は
これほど若くてハイレベルなGKを次々と生み出すスペインだが、私が調査したところによると、驚くべきことにスペインサッカー協会公認のGKコーチライセンスは、まだ「ない」という(あくまでこの原稿を書いている現時点では)。これも聞いた話ではあるが、ドイツもGKコーチライセンスができたのは、比較的遅かったそうだ。
しかし、スペインにしてもドイツにしても、GKコーチライセンスがない時代から、優秀なGKを数多く輩出している。一体、日本との「違い」は、「何」なのか? そこには、技術論だけを見ていては見落としてしまう、重要なポイントが隠されているように思う。われわれ日本人は、そういった部分にも目を向けていく必要があるのではないだろうか。
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Edition: Daisuke Sawayama