来シーズンからのRBライプツィヒ“移籍”を発表し周囲を驚かせたユリアン・ナーゲルスマン。ホッフェンハイムでの集大成となるシーズン、ポゼッションからハイブリッドへと舵を切った指揮官は初登場となるCLの舞台でどんな采配を魅せてくれるのか。
昨シーズン、ユリアン・ナーゲルスマンは監督人生で初めて壁にぶつかった。3バック+アンカーをパサー役にし、前線の6人をレシーバー役とするポゼッションサッカーが研究され、第17節から8試合で1勝(3分4敗)しかできず、第24節時点で9位まで順位を落としたのである。CL出場権獲得は絶望的に思われた。
しかし、その苦境が進化をもたらした。第24節フライブルク戦の4日後、ビデオ分析官のベンヤミン・グリュックと地元のスパ施設へ行き戦術を議論。そこでカウンターを採り入れることを決断した。
「攻撃を仕掛ける高さにバリエーションを持たせ、常に同じように攻めるのではなく、もっとカウンターを仕掛けることにした」
主力数人と個人面談を行って戦術変更を説明。そこから驚異の追い上げを見せ、初のCL本戦出場を確定させた。前半戦の支配率は52.2%あったが、後半戦は49.1%に下がったことが戦術の変化を物語っていた。
3つのバリエーション
そして今シーズンは、そのポゼッションとカウンターを合わせたハイブリッドサッカーをさらに進化させようと取り組んでいる。現在のホッフェンハイムの戦術はとにかくバリエーションに富んでいる。攻撃では主に「後方のパス回しからのタッチダウンパスによる崩し」「相手を押し込んだ状態の崩し」「自陣からの斜めのロングパスによる速い崩し」の3つがある。
1つ目のタッチダウンパスによる崩しは、ナーゲルスマンの代名詞になった攻撃方法だ。3バックとアンカーが後方でパスを回し、正しい攻撃のパスコースを見つけるまで前方にパスを出さない。これをナーゲルスマンは『サーキュレート』(Zirkulieren)と呼んでいる。偶然に頼るのを避けるのだ。そしてパスコースを見つけたら、“クォーターバック”のフォクトを中心に一気にロングレンジのスルーパス(タッチダウンパス)を前線の選手に通し、ノンストップで相手のゴールに迫る。
ビルドアップの際、3バックにはパスコースを作るためにVの字を描くことを求め(たとえばフォクトが前に出たら、他の選手が下がって角度をつける)、ナーゲルスマンはそれを『Vの傾き』(Gekipptes V)と呼んでいる。
ただ、これを警戒して自陣に城壁を築くチームが増えてきた。そこでナーゲルスマンは「相手を押し込んだ状態の崩し」に磨きをかける。その際に鍵になっているのがハーフスペースの活用だ。ウイングバックのニコ・シュルツとカデジャーベクが幅を取ってからペナルティボックス目がけて斜めに走り、そこへ味方がスルーパスを出す。
もし相手がそこに意識を奪われたら、手薄になった中央からビッテンコートらがミドルシュートを狙う。かつてはサイドと中央で揺さぶるのが常套手段だったが、さらにハーフスペースという選択肢を加えた形だ。パスのスピードが非常に大事で、速さが十分でないとナーゲルスマンは『周波数』(Frequenz)と選手たちに対して叫ぶ。対戦相手にはわからない、味方にだけに伝わる“暗号”である。
そして3つ目の「自陣からの斜めのロングパスによる速い崩し」は、冒頭で触れたカウンターアタックだ。ボールを奪うと、すぐにウイングバックのN.シュルツとカデジャーベクを目がけて斜めのロングパスを出す。ナーゲルスマン用語では『シフト』(Verlagern)と呼ばれている。
もしパスが通ったら、そこから意識すべきは1タッチパスだ。第2節フライブルク戦の6分のシーンがまさにこれだった。ロングパスを受けたカデジャーベクが中央のツバーにパスを出すと、そこから5本連続で1タッチパスが繋がり、最後はビッテンコートがこぼれ球をネットに突き刺した。残念ながらVARによりオフサイドとなったが、相手の目が回るような速攻だった。
これを実現するうえで鍵になっているのが、半身でのプレーだ。相手に背を向けてしまうと、ボールを受けてもほぼバックパスしか出せないが、ホッフェンハイムの選手たちは半身を保ち、前へパスを出しやすいようにしている。
また、ボールの再回収も大事になる。1タッチのパス回しなので、どうしても混戦になってこぼれ球が相手に渡る。それに対して後方から走って来た選手がすぐに体を寄せ、文字通りの波状攻撃を仕掛ける。
複数の戦術と用語を使い分け、ホッフェンハイムはさらに予測不可能なチームになろうとしている。
Photos: Bongarts/Getty Images
Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。