シティと偽SBとメンディ。ペップの戦術探求は終わらない
勝ち点100でプレミアを独走した昨季、一方でCLでは16強止まりの前年に続いて準々決勝で涙を呑んだ。自身10-11以来の欧州制覇を目指すシティ3年目、稀代の名将の次なる「革新」には、“ほぼ新戦力”の左SBが大いに関わっている。
スペインとバルセロナのフットボールを根本から支えていたポジショナルプレーという原則が、ドイツに輸入されたことを契機に「再解釈」されるようになったことは、現代フットボールにおける分岐点となった。戦術的なパラダイムシフトは、指揮官の世界においても「世代間の格差」を生み、ポジショナルプレーという原則を基盤としたチームがヨーロッパ諸国で増加している。
“サリーダ・ラボルピアーナ(Salida Lavolpiana)”と呼ばれる、中盤の底に位置する選手が開いたCBの間に下がってくるシステムで「数的優位」を保ったビルドアップを志向し、GKをビルドアップに参加させることで相手のプレッシングを回避。両翼のウイングは積極的にハーフスペースへと侵入し、相手の4バックが対応するのが難しいゾーンを狙った崩しを仕掛ける。現代的なフットボールにおける攻撃方法は、ポジショナルプレーという原則の理解を通して「模倣される」ようになった。そのように自らの戦術を支える原則を明らかにしても、ペップ・グアルディオラの圧倒的な実力は揺らがない。
完成度を高めたチームは昨季リバプールに敗北した雪辱をモチベーションに、欧州の舞台でも躍進を狙う。彼はバイエルン時代から相性の悪いユルゲン・クロップ、宿敵と位置づけられるジョゼ・モウリーニョと競い合いながら、プレミアリーグというハイレベルな戦場を最高の「実験室」に変えようと企んでいる。
偽SBの採用から見えるペップの特異性
グアルディオラの特異な能力は、おそらく圧倒的な「革新への意志」にある。ポジショナルプレーを一つの基盤として、「1トップが中盤の位置まで下がってくることで、中盤に数的優位を生み出す“ゼロトップ”」や「SBが中央のスペースに移動することで、組み立て時に中央を厚くする“偽SB”」をチームの戦術に組み込んだ実績を有するグアルディオラだが、そうした試みが常に効果を発揮するわけではない。
リオネル・メッシの能力を最大限に発揮しつつスペースを守ろうとするCBに迷いを生み出したゼロトップは最高の成功例であったものの、偽SBは「実験」としてのスタートに近かった。特にサニャ(現モントリオール・インパクト/カナダ)やクリシ(現バシャクシェヒル/トルコ)が偽SBに起用されたマンチェスター・シティ1年目のシーズンは、選手が適応に戸惑う場面も多かった。カウンターの局面におけるリスク管理になった一面もあるが、中央でポゼッションに絡むような動きには慣れておらず、円滑化には繋がらなかったのも事実だ。逆にサイドからのカウンターに脆いこともあり、諸刃の剣となってしまった。
前任地のバイエルンではアラバが「ハーフスペースにアンダーラップする形」を多用していたが、彼はユップ・ハインケス時代から偽SB的な起用に慣れていた。さらに、もともと中盤もこなせるマルチロール。偽SBは選手に求められるハードルが高いという問題も影響し、採用するチームは少なかった。しかし偽SBを諦めるかと思われていたグアルディオラは、シティ2年目のシーズンに改善を施す。本職MFのデルフを左SBとして使いながら、左右不均等の形に選手を配置することで、幅を出せないという問題を解決したのだ。
デルフ起用時は、縦パスを受ける位置にダビド・シルバやデ・ブルイネを置き、左サイドの外のレーンはサネが担当。スピードに優れたアタッカーは1対1の局面で積極的に縦に突破する動きを繰り返すことで、SBが幅を取れないシステムを補完した。逆サイドでは、右SBのウォーカーが3バックの一角に近いポジションで組み立てに参加する動きと、外のレーンをオーバーラップする動きを状況に合わせて柔軟に使い分ける。偽SBというシステムを、11人のシステムと選手の特性に合わせて組み直したグアルディオラの能力こそ、ポジショナルプレーの解釈に支えられた特異な武器なのだろう。他の指揮官が「偽SBのアイディア」を取り入れることに興味を持っている間に、彼はトライ&エラーを繰り返していく。そして、SBを中盤に動かす形が機能しないと把握すれば、「中盤をSBに置く」という思考の転換によって状況を一変させる。
バンジャマン・メンディという異才
チームの盛り上げ役で誰よりも陽気なSBは、一度ピッチに足を踏み入れれば「サイドを疾走し、相手守備陣を破壊する」獣のようなプレーヤーと化す。バンジャマン・メンディがフランス代表に参加しながらも、ロシアW杯でほぼ出場しなかったのはグアルディオラにとって朗報だったに違いない。ケガを悪化させてしまうリスクもあった中、帯同だけに終わったことはコンディション調整にも役立ったようで、フランスの怪物はシティ2年目の今季、完璧なスタートダッシュに成功した。
2011年に母国のルアーブルでデビューした後、移籍したマルセイユではマルセロ・ビエルサに重宝された攻撃的SBは、スピードに乗った状態でのセンタリング精度で他を圧倒する。フィジカルとスピードは欧州リーグでもトップクラスで、体勢を崩した状況やトップスピードでもボールの精度が落ちないので、1人でサイドのレーンを制圧することが可能。今夏に右サイドのアタッカーとしてレスターからマフレズを獲得したことは、スターリングとベルナルド・シルバのポジションに明らかに人員余剰となる投資に思えたが、メンディを最大限に生かすことを考慮すれば必要な補強だった。
実際、左サイドのアタッカーには昨季レギュラーポジションを得たサネではなく、「ハーフスペースに侵入してメンディのオーバーラップをサポートすることができる」B.シルバやスターリングを活用し、外のレーンをメンディに任せることがグアルディオラの18-19シーズンにおける戦術的なアイディアとなる。中央にアタッカーの枚数を増やせば、武器である攻撃力が倍増。組み立ては、欧州でも屈指の中距離・遠距離のキックを正確に蹴り分けることが可能なGKエデルソンと今年1月に加入したフランス人CBラポルトの存在もあり、短いパスを繋ぐことに依存しない陣容を構築。イングランド代表でも3バックの一角としてプレーした、ウォーカーの柔軟性も大きい。CLでは高い位置からのプレッシングに苦しめられたように、その回避方法には気を遣うことになるだろう。
メンディの能力を最大化しながら、チームの最適なバランスを見つけ出す。その目標を成し遂げることを目指し、開幕から様々な「実験」にグアルディオラは取り組んでいる。今季の新たなベースとなる形を予想しながら、彼らの試合を観戦するのも面白いのではないだろうか。
偽SBの新境地開拓と充実のオプション
対アーセナルの今季リーグ開幕戦(○0-2)、メンディが与えられた役割は予想外の偽SB。しかし、従来のように中盤のビルドアップに関与することをベースとした“デルフ型”ではなく、ハーフスペースへの走り込みや逆サイドからのボールを受けてミドルシュートを狙う“アラバ型”にも該当しない、彼だからこそ可能となる役割を任されることになる。
ビルドアップ時にはデルフ型と同様に中央に入る動きで縦パスを引き出すが、アタッカーがボールを受ければ外へとオーバーラップ。驚異的な機動力を武器に、ビルドアップと崩しの両方に参加する。ハーフスペース→外へのライン移動は、前方のスターリングが逆にインサイドへと切り込むことも助ける。また、ハーフスペースを初期位置としながら、相手陣内の深くまで走り込む規格外の動きを繰り返すことで、敵の右サイドで起用されたエジルを自陣に押し下げることに成功。ハーフスペースに下がって来るメンディは立ち位置的にエジルがマークしなければならないが、ボールをシンプルに下げると一気に前に出ていく。どこまで追いかけるべきか、どこで受け渡すべきかが不明瞭になってしまったため、エジルは攻撃時に効果的なポジションに位置することが困難になり、攻撃のリズムも崩してしまった。レーン移動と長い距離のダッシュ、セントラルMFの位置からウイングの裏を抜けていくような「ゴールに向かわないダイアゴナルの動き」に初見で対応することは簡単ではない。
さらに、今季のシティが一つ注意深く取り組んでいるのが、中盤の底に位置する「フェルナンジーニョのサポート」だ。相手にとって彼の動きを封じるアプローチは効果的で、中盤と後方を繋ぐ経路が断たれることにもなり得る。ナポリの中核として活躍したジョルジーニョ(チェルシー)を取り逃がしたことに加え、8月中旬にはデ・ブルイネが負傷で長期離脱。今季はD.シルバとともにギュンドアンとB.シルバが、代えの利かないブラジル人MFのサポート役として期待されている。中盤へのパスコースを生み出すことを考えれば、偽SBは一つの手段だ。ギュンドアンやフェルナンジーニョが封じられれば、メンディが縦パスの受け手になる。
プレミア第2節ハダーズフィールド戦(○6-1)では、[3-5-2]のウイングバックに起用されたメンディ。役割は攻撃的なサイドプレーヤーへと変貌し、シンプルに外のレーンを制圧した。右サイドではコンビネーションでB.シルバが絡み、左サイドではアイソレーション(孤立)状態から敵守備陣を圧倒。メンディによる「大外からの攻撃」は、低い位置でブロックを構築してシティの攻撃を跳ね返すことを狙うチーム対策としても効果的だ。耐えられずにブロックを崩せば、ゾーン間にスペースが生まれる。昨季はサネが「広げる」役割を担ったが、今季は後方から長い距離をオーバーラップしてくるメンディが「広げる」だけでなく「崩す」というタスクを任される。
第3節ウォルバーハンプトン戦(1-1)では、中盤センターに配されたギュンドアンがメンディの後ろに下がっていくシステムを披露。シティのMF陣の中でも機動力に優れたギュンドアンがSBの位置からスペースをカバーリングし、メンディを高い位置へと押し上げる。ギュンドアンからの縦パスも大きな武器となり、抜け出したメンディの背後に生まれたスペースを狙う。試合の中でいくつかのオプションを使い分けることで、相手を惑わす方法もある。
中央への依存は、特にCLの舞台では「天敵」になり得るリバプール、アトレティコ・マドリーといったチームを相手にした場合にリスクが大きい。だからこそ、外のレーンを制圧するメンディの存在価値は高まっていく。彼をどのようにチームに組み込むか、は今季のマンチェスター・シティのパフォーマンスを左右する重要なファクターとなる。引いた相手にとっても、GKとDFの間に蹴り込まれる高速クロスを簡単に防ぐことは難しい。開幕3試合で異なるフォーメーションを使い「実験」を進めるペップ・グアルディオラは、18-19シーズンを席巻することに繋がる答えを導き出そうとしている。
Photos: Getty Images
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。