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本人も驚きの“電撃就任”。監督としてまず信頼関係の構築から

2018.10.10

指導者・中野吉之伴の挑戦 第八回

ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。2月まで指導していた「SGアウゲン・バイラータール」を解任され、新たな指導先をどこにしようかと考えていた矢先、白羽の矢を向けてきたのは息子が所属する「SVホッホドルフ」だった。さらに古巣「フライブルガーFC」からもオファーがある。最終的に、今シーズンは2つのクラブで異なるカテゴリーの指導を行うことを決めた。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。


▼実は、フライブルガーFCではアシスタントコーチをやるつもりだった。

 なぜなら「今、育成コンセプトを作り上げている最中だ」と聞いていたので、まずはそのコンセプトを学ぶ必要があると思ったからだ。すでに、このクラブで活動している監督の元でクラブ全体が目指している流れを把握しながら、自分のアイディアや経験を少しずつ出していけたらと、考えた。息子が所属するホッホドルフのU-9でもコーチを続けるので、時間の調整が効きやすい方が良かったこともある。監督となると、練習・試合と常にグラウンドにいることが求められるが、私は仕事上「必ず来られる」とは約束できない。はじめはその線で話が進み、昨年U-16監督を勤めていた指導者の元でアシスタントコーチをやることがほぼ決定していた。

 ところが、新シーズンに向けてのチーム受け渡し時期になった頃、その監督が急に他クラブへ移籍することになった。育成部長に尋ねたが、「私もさっき話を聞いたところだ。何の情報もなく、勝手に向こうとコンタクトを取っていたんだ」とご立腹の様子。ドイツでは、というかヨーロッパでは引き抜きはよくある話ではある。自分が求める場所へ移ること自体を悪く言うつもりもない。ただ、やり方というのがある。「自分さえよければいい」のはいつか必ずどこかでしっぺ返しを食らうものだと、私自身は感じている。

 いずれにしろ、残った私が監督をやるしかない。しかし、一人では到底できない。クラブ生え抜きのコーチ陣は、みんな来シーズンのポストが決まっている。そのため、外部からアシスタントコーチを探さなければならない。育成部長がリストアップしてくる候補の何人かと一人ずつ直接話をし、6月の半ばにようやく適任を見つけることができた。指導者歴は短いが、学校でスポーツ担当として働いており、教育学的なアプローチが期待できる。スケジュール的には練習・試合にいつも来られるのも大きい。また、選手時代には3部リーグからも声がかかったほどの人物。地元で仲間とのプレーを選び、そのオファーは断ったのも、個人的にはとても好感が持てる。その後、膝の十字靱帯断裂で現役は引退したが、「グラウンドでの時間が恋しい」と熱い熱意を感じた。年齢も30代前半と、選手との距離が私より近いというのもいい。

 ようやく、陣容が固まった。

 6月の半ばに練習を開始した。この日はU-16とU-17との合同練習を行った。U-17監督の教え子のルカとはU-16・17は別々に考えず、コンタクトを取りながら密に育成していこうと話をしている。

 ルカ「最初のトレーニングは大事だ。選手はみんな僕らに期待をしているし、それに応えなければならない。『今季はいいシーズンになるぞ』という最初のワクワクを届けたい」

 特に、U-16チームには明確なサインを送る必要がある。多くのシュツットプンクト(日本でいうトレセン)選手がいて、GKはSCフライブルクへとステップアップを遂げた。ルカと話をし、基本的に飛び級はさせずにじっくり取り組もむことで意見は合致していた。ということは、今シーズンU-16はU-17の5部リーグで戦うことになる。彼らは昨シーズンU-15リーグで3部を戦い、2部リーグ昇格まであと一歩という経験をしていた。一学年上の戦いとはいえ、5部という数字に、モチベーションが自然に上がるという状態ではない。それだけに、「なぜこの一年をじっくり使うことが大事なのか」、「私の元でトレーニングをすることがどれだけプラスになるのか」をすぐに感じ取ってもらわなければならない。

 じっくり準備をした。

 戦術的、技術的、フィジカル的、メンタル的にバランスよく負荷がかかるトレーニングを課した。緊張感がある中で、テンポあるいいトレーニングができたと思う。練習中の選手のリアクションから少なからず手ごたえを感じた。

 その後、7月末まではU-16としての単独練習の他に、U-17との合同練習も多めに行った。そして、練習試合を重ねながら少しずつ選手とのコミュニケーションをとっていった。ただ、難しいのは私もアシスタントコーチもクラブのスタンダートを理解していない点だ。選手にとって当たり前のことが何かを知っていかなければならない。「こうした時はこうするといいだろ?」と、こちらの感覚で指摘してもピンと来てないことも多い。これまでにクラブでやってきたことと、いきなり違うことを言い出したら選手も戸惑う。

 だからといって、私やアシスタントコーチがまだピンと来ていないことを実行しようとしても、形だけのトレーニングになってしまう。準備をして、練習中に修正して、練習後にフィードバックをもらって、次回の準備をまた進めていく。これ自体はいつも行うことだが、この時期は、いつも以上に時間をかけて考えるようにしていた。とはいっても、変に気にしすぎるとまたうまくいかなくなるだけに調整は難しい。

 あと、選手には私のドイツ語に慣れてもらう時間も必要だった。文法上正しいドイツ語を話していても、表現として正しいドイツ語を話していても、イントネーションや言葉の選び方でどうしたってネイティブのそれとは違う。ドイツ語なんだけど、耳馴染みのない言葉。それをおもしろがって隠れてクスクスと笑う選手が出てきてしまう。実際、これは普通に凹む。だからとそれを怒鳴ってもその場は解決できたとしても、根本的な解決にはならない。なので、まず実直に正直に話をし続けることにした。一気に自体が改善するのを求めるのではなく、一人ずつちょっとずつ私という人間を理解してもらった方が長い目で見たときにいい相互関係を築けるはずだ。

 そして、馴染む必要があるのは選手とだけではない。

 私とアシスタントコーチとの間のコミュニケーションも深めていかないといけない。話をしてわかりあっているつもりでも、ピッチ上のどのシーンをどのように捉え、それをどのようにアプローチして、どのように変えようとするのか。そのあたりの共通認識を持てるようにしたい。特に、昨シーズンはそのあたりで分かりあえているつもりで、ふたを開けると違った見方をしていたために取り返しのつかない事態になってしまった。反省は次に生かしていかない、と。

 選手との距離感、練習メニューの作り方、テーマの定め方、アシスタントコーチとの作業分担。整理はしようと試みたが、7月段階ではまだ手探り状態だったのが正直なところだ。でも、焦りはなかった。新しくチームを率いるのだから、そうした序盤の難しさは当たり前にある。慌てたところでしょうがない。結局は、一つずつしっかり取り組んでいくことが何よりの近道になるのだと信じて自分らしくチームと向き合っている。


■シリーズ『指導者・中野吉之伴の挑戦』
第一回「開幕に向け、ドイツの監督はプレシーズンに何を指導する?」
第二回「狂った歯車を好転させるために指導者はどう手立てを打つのか」
第三回「負けが続き思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!」
第四回「敗戦もゴールを狙い1点を奪った。その成功が子どもに明日を与える」
第五回「子供の成長に『休み』は不可欠。まさかの事態、でも譲れないもの」
第六回「解任を経て、思いを強くした育成の“欧州基準”と自らの指導方針」
第七回「古巣と息子の所属チーム。年代もクラブも違う“二刀流”指導に挑戦」
第八回「本人も驚きの“電撃就任”。監督としてまず信頼関係の構築から」
第九回「チームの理解を深めるために。実り多きプレシーズン合宿」
第十回「勝ち試合をふいにした初陣で手にした勝ち点以上に大事なもの」
第十一回「必然だが『平等』は違う。育成における『全員出場』の意味とは?」


■シリーズ『「ドイツ」と「日本」の育成』
第一回「育成大国ドイツでは指導者の給料事情はどうなっている?」
第二回「『日本にはサッカー文化がない』への違和感。積み重ねの共有が大事」
第三回「日本の“コミュニケーション”で特に感じる『暗黙の了解』の強制」
第四回「日本の『助けを求められない』雰囲気はどこから生まれる?」
第五回「試合の流れを読む」って何? ドイツ在住コーチが語る育成

※本企画について、選手名は個人情報保護のため、すべて仮名です
Photos: Kichinosuke Nakano

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ドイツ育成

Profile

中野 吉之伴

1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。

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