「パッキング・レート」とは。勝敗に直結する新たな指標
TACTICAL FRONTIER
サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。
高度化されたデータ分析が、複雑に絡み合うフットボールを読み解き、勝敗に直結するようになりつつあることに疑いの余地はない。15-16シーズンに奇跡的な優勝を成し遂げたレスターの躍進は、優秀なデータ分析チームの存在に支えられていた。統計学を専攻するプロフェッショナルが指標の研究を進める世界で、元選手がプレーヤーとしての経験をもとにして発見した統計的指標が、今注目を集めている。
元ドイツ代表選手が作った指標
ドイツ代表として3試合に出場したシュテファン・ライナルツは、堅実なプレーでチームを引き締める守備的MFとして活躍したが、度重なるケガにより27歳の若さで引退。レバークーゼンのユースチームでアシスタントコーチを務めた男は、データ分析と統計の世界に傾倒していく。
本人が語る契機は「ケルンの大学でスポーツ統計学の講義に出席した際に、ポゼッションやパス成功率、1対1の勝利数は、試合の結果と相関性がある指標ではない」と知ったことだった。当時レバークーゼンのチームメイトで、現在はブリストル・シティでプレーするイェンス・ヘーゲラーを誘い、彼は「勝敗に直結する新たな指標」を作り出すことを試みる。
2人の守備的MFは、自分たちのプレー経験をベースに「効果的なパス」を徹底的に研究。そして彼らは18カ月を費やし、「パッキング・レート」という指標を作り出した。この指標はドルトムントやレバークーゼン、ドイツサッカー連盟(DFB)でも分析に採用されている。
指揮官としてはパリSGに就任したトーマス・トゥヘルや、シャルケのドメニコ・テデスコが同指標を好んでチームの分析に使用している。現在ライナルツはフットボールのデータ分析・クラブへの提供を生業とする「IMPECT」という企業を経営している。
「パッキング・レート」は比較的シンプルな指標であり、これは感覚的にも理解しやすい。端的に説明すれば、それは「1本のパスで何人の相手選手を通過することができたか」を計測する。
上図にあるように、例えば最後尾に位置するジョン・ストーンズが前線のハリー・ケインに縦パスを通して、ケインが前を向けたと仮定しよう。このパスはFWの2人、MFの4人、DFの2人、合計して8人の相手選手を通過しているので、8ポイントが入ることになる。パスを受けた段階でゴールの方向を向けなかった場合は、パス自体の貢献度が下がると考えられ、ポイントは20%分となる。つまり、ケインが前を向けなかった場合は8×0.2=1.6ポイントが加算される。
パッキング・レートは積み上げることで試合を分析するのに使われるだけでなく、個々の選手に着目することで優秀な「出し手」と「受け手」を数値的に示すことにも活用できる。例えば、EURO2016ではイタリア代表のCFグラツィアーノ・ペッレが1試合平均で82ポイントを記録。指標上は、彼が大会で最も優れた受け手だった。同様にこの指標は「ドリブル」にも適用され、ドリブルによって通過した選手の数もポイントとして加算される。
この指標が優れているのは、ブロックの中にボールを運ぶことが重要視されている点だろう。相手の守備ブロックが緊密な場合、どうしてもボールがブロックの外を動く展開になりやすい。こういったパスは「パス成功率」と「ボール支配率」を高めることになるが、「勝敗」に直結することは少ない。
ロシアW杯でもスウェーデンやアイスランドが組織的な[4-4-2]ゾーンを披露し、相手チームはボールを保有しながらも攻撃の機会を生み出せない場面が目立った。DFラインに正確なボールを送り込める選手をそろえたベルギーやイングランド、ブラジルは攻撃面のパッキング・レートが高く、イングランドはスウェーデンの堅守を打ち破った。そのイングランドではラヒーム・スターリングやジェシー・リンガード、ベルギー代表ではケビン・デ・ブルイネやドリース・メルテンスがゾーンの隙間でボールを積極的に受けたように、優れた「受け手」の存在もパッキング・レートの向上に寄与している。
攻撃の回数が多くなれば当然、パッキング・レートは高くなる傾向にある。ポジティブトランジション(守→攻の切り替え)を武器にするチームは縦パスを志向する回数も多いので、ロシアのように優れた数値となることが多い。
W杯で証明。「結果」との強い相関関係
さらに、通過した最終ラインの「DF」に着目した指標は「パッキング・レート」を基礎として簡易化されており、ライナルツが経営する会社の名前と同じく「IMPECT」と呼ばれる。
上記の表は、ロシアW杯のグループステージにおける攻守の「IMPECT」だ。前述したように攻撃では「自分たちの攻撃時に、パスやドリブルによって通過することに成功した相手DFの数」を計測しており、守備時には逆に「相手の攻撃時に、パスやドリブルによって通過された味方DFの数」となる。示唆的なのは、「攻撃時のスコア-守備時のスコア」によって算出される総合的なIMPECTの上位9チームのうち、8チームがベスト8に進出していることだろう。
優勝したフランスが「守備的な指標」において全チームの頂点に立っていることも興味深い。彼らは中盤にフィジカルに優れた選手を擁するだけでなく、致命的なカウンターを浴びないように大会を通して注意深くゲームを運んでいた。その一環として、マテュイディやトリッソのサイドMF起用があり、彼らはパスの出し手へのプレッシャーを強める役割を担った。
グループステージで敗退した前回王者ドイツは攻撃面の数値はトップクラスだった一方で、守備面での数値は非常に悪く、クロースとケディラを組ませた中央エリアを塞ぎ切れず、「ブロックの内側へと簡単に侵入を許した」ことを示している。ベルギーは攻撃面で圧倒的なスコアを記録しているが、フランス戦では守備的MFへの供給路を徹底して封じられたことで「フランスの守備ブロック内部」に侵入することが困難になってしまった。
前回大会では「危険なスペースを意識しながらプレーする選手が少なく、フィジカルと1対1に頼る傾向にあった。彼らはポジショナルプレーの知識において、トップレベルから大きく離されている」とライナルツに評されたイングランドの変化も特筆すべきだろう。ストーンズやカイル・ウォーカーはペップ・グアルディオラの指導によって大きく成長し、スペースへの持ち上がりと正確な縦へのボール供給を担った。
「ドイツ7-1ブラジル」を唯一数値化
パッキング・レートやIMPECTの有用性を説明される目的で、例として使われることが多いのは前回大会のブラジル対ドイツだ。ドイツが7-1で圧勝したゲームだが、通常の試合で使われるスタッツは両チームの得点差を反映していなかった。
ブラジル:ボール支配率52%、シュート数18本、CK7本
ドイツ :ボール支配率48%、シュート数14本、CK5本
しかしパッキング・レートとIMPECTは以下になる。
ブラジル:パッキング・レート341、IMPECT53
ドイツ :パッキング・レート402、IMPECT84
この2つの指標が大差になったゲームのすべてを説明しているわけではないが、ドイツとブラジルの間に存在した差を数値によって可視化することに成功したのは事実だ。元ドイツ代表MFメーメット・ショルが「フットボールのすべてを説明する指標だ」と絶賛したことで、「期待値が高まり過ぎているのは事実であり、完璧な指標ではないことは理解しなければならない」とライナルツは冷静にコメントしているが、感覚的にもわかりやすい指標に注目が集まっていることは事実だろう。
IMPECTのディレクターを務めるルーカス・ケップラーは「攻守におけるパッキング・レートだけでなく、さらに細かなデータを分析しながら統合的に精度を高めることが理想」と語っており、より完成度の高い指標を見つけることを目指している。ライナルツは「勝敗とパスが通過した相手DFの総数は相関しており、係数は0.6。統計学的に、強い相関が認められる」と主張しており、少ないサンプルではあるが指標としての評価を高めている。
様々な統計的指標が現れる今、元選手が生み出した「パッキング・レート」は未来の分析における主流となるのだろうか。
Photos: Getty Images
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。