FEATURE

記者会見、2人の知将との対話。感謝と違和感、そして“ある想い”

2018.08.27

林舞輝のJ2紀行 レノファ山口編:第五部


欧州サッカーの指導者養成機関の最高峰の一つであるポルト大学大学院に在籍しつつ、ポルトガル1部のボアビスタU-22でコーチを務める新進気鋭の23歳、林舞輝はJ2をどう観るのか? 霜田正浩とリカルド・ロドリゲス、2人の注目監督が激突する8月12日の山口対徳島を観戦するために中国地方へと旅に出た。


第四部へ戻る

● ● ●

 試合を終え、興奮そのままに、記者会見場へ向かう。

 期待と不安の間で心が揺れる。だが、楽しみな気持ちが一番大きい。第四部の記事を読んでいただければわかると思うのだが、この試合は本当に名勝負となり、心の底から感動した。その直後に、両指揮官に直接話を訊けるのだ。こんな機会、そうそうあるまい。質問したいこと、話したいこと、問い詰めたいことは数え切れないほどある。

 記者会見――。

 もちろん、私にとっては初めての経験である。今この記事を読んでくださっている方の大半がそうであるように、テレビでは見たことはあるものの、本当の現場の空気も知らなければ、そこでのマナーや作法も知らない。その辺のことを事前に聞いて勉強しておこうと、この五部作にちょくちょく登場する某サッカージャーナリストに「初めての取材&記者会見でわからないことだらけなので、いろいろとお訊きしてもよろしいでしょうか?」と連絡したところ、まさかの既読無視である。せめて、「強い気持ちで」の一言でも欲しかったのだが。私を山口に送り込んだっきり、放置。これが厳しい現実である。

 とりあえず、記者会見場らしき場所には辛うじて着いたので、そこで両チームの監督を待つ。

ロドリゲス監督は、なぜゲームモデルを変えたのか?

 初めに、アウェイ側のリカルド・ロドリゲス監督が通訳と一緒に入って来る。

 消耗しきった。全て出し尽くした。そんな表情だった。

 歩き方、表情に、話し方の一つひとつに、疲労感が見える。それはそうだろう。あんな死闘の直後だ。

 どうせ私からの質疑応答は長くなるから、と思い、他の記者からの質問が終わるのを待つ。が、まさかの質問は2つだけ、そのまま記者会見が終わりそうになる。いや、待て待て待て。こんな名勝負の後の質問が2つだけか(そもそも出席した記者自体が私を含めて3人しかいないのにもかなり驚いたが)。慌てて手を挙げて質問を始める。

 私からの最初の質問は、まったく機能していなかった相手の1トップに対する3バックの守備である。そもそも構造的に1トップに対する3バックの守備は難しいのだが、だからといってあそこまでオナイウに自由に動かれるのは問題だ。本来、どういった指示を出し、どういったプレー原則で1トップに対応しているのか、訊いてみたかった。

 ロドリゲス監督はこう答えた。

 「山口は1トップの後ろの中盤から飛び出してくる選手がいます。そういった前線に飛び出してくる選手に対応するためにああいう守備陣形を取ることにしました。ただ、山口は予想に反して[4-2-3-1]という形できたので、我々側が対応することを強いられてしまい、そのために4バックに変えて対応しました」

 私も質問を続ける。

 「そうすると、前半30分過ぎに[4-4-2]に変えたのは、守備面での噛み合わせが上手くいってないので、守備のシステムを相手と上手く噛み合わせるためということでしょうか?」

 ロドリゲス監督は、私をじっと見つめ、日本語で「その通りです」と答えた。「噛み合わせをはっきりさせてサイドの数的不利を解消し2対2の同数を作ることを意図しました。前半で変えた理由は、こちらから仕掛けて相手を動揺させ、同点に追いつければという意図もありました」

 私はここで、「システムが噛み合わずサイドで数的不利ができるのは前半の最初からずっとだったのだから、もっと早くフォーメーションを変える判断ができなかったのはなぜか?もっと早く変えてれば逆転は防げたのでは?」と質問しようと思ったのだが、次の一番訊きたい話の前に時間切れがきたらまずいと思い、この質問を飲み込む。

 次に、一番訊きたかった質問だ。

 「去年からゲームモデルがガラリと変わったように思え、とても驚きました。昨シーズン、徳島は支配的・攻撃的なゲームモデルでした。ボールを奪われればすぐにハイプレスで奪い返しに行っていたし、前線からアグレッシブにプレスに行っていました。今は奪われたら即時奪回よりも撤退してブロックを作る方を優先しているように見えますし、前線からのハイプレスはほとんど見られませんでした。私は昨年の徳島のサッカーが好きだったのですが、なぜこんなにもガラリとゲームモデルを変えてしまったんでしょうか?」

 私の話をじっくりと聴いていたロドリゲス監督は、少し表情を曇らせながら、だが、はっきりと、非常にはっきりと、まるで自分自身に言い聞かせているかのように、こう言った。

 「おっしゃる通り、まさに去年とは違うモデルになっています。その理由は、今は『支配をする』ということに重きを置いていないからです」

 私の中で大きな衝撃が走った。「雷に打たれるよう」とは、まさにこういうことか。正直、はぐらかした答えしか返ってこないかもしれないとも思っていた。あのロドリゲス監督が、ここまではっきりと、「支配することに重きを置いていない」と断言するとは、予想だにしていなかった。かなりのショックである。

徳島ヴォルティス監督リカルド・ロドリゲス

 ロドリゲス監督は続ける。

 「様々な理由があるが、例えばFWの選手が去年とは違う選手とか、そういうことです」

 私も即座に訊き返す。

 「FWの選手というのは、ピーター・ウタカ選手のことでしょうか?」

 ロドリゲス監督も答える。

 「そうです」

 今日、ウタカはケガによりベンチにも入っていない。また訊き返す。

 「今日は彼はケガで欠場しています。ウタカ選手の存在がゲームモデルを変えた大きな理由ならば、ウタカ選手がいない今日もこのゲームモデルでやる理由はなんだったのでしょうか?」

 「ウタカ選手の代わりに今日初スタメンだったバラル選手は万全ではなく、コンディションはまだプレシーズンのような状態です。前からのプレスをすると彼は60~70分ぐらいしかもたなかったでしょう。ただ、今日彼には90分間いてほしかったので、前からのハイプレスは行かない形にしました」

 ゲームモデルの変更について、当初は「攻撃的なサッカーを信奉していたはずなのに、そんなにあっさり自分の哲学を変えてしまうことに抵抗はないのか?」ぐらいのことを訊いてしまおうと思っていた。だが、あの疲弊した様子、一瞬見せた曇った表情、まるで自分自身に強く言い聞かせるかのようなはっきりとした口調。それらがすべて、彼が今までどんなに苦悩した上でその決断をしたのか、チームのために自分の哲学に反したゲームモデルに変えるということの覚悟の重さ、そういったものを間近で見せられた気がして、あれ以上の言葉が出なかった。そういうことをまったく考えずに「昨年のゲームモデルの方が好きだった」と容易に言ってしまった自分を恥じ、同時に、今の徳島、今のロドリゲス監督を全力で応援しようと思った。

 私は質問を止め、ロドリゲス監督の記者会見が終わった。出ていく前にロドリゲス監督は、はっきりと私の目を見て、「ありがとうございました」と言った。

高いインテンシティのサッカーの限界? 山口の失速を霜田監督はどう見る?

 続いて、霜田監督が入ってくる。

 ロドリゲス監督と同じように、こちらも焦燥しきっているのはもちろんだが、落胆を隠しながら淡々と話している、そんな印象が垣間見えた。

 ロドリゲス監督の時と同じく、質問2つで記者会見が終了しそうになったので、慌てて手を挙げる。

 私の1つ目の質問はオナイウ選手についてだ。どのように彼のFWとしての動きが改善されたのか、非常に興味があったからだ。個人的に何かトレーニングやアドバイスを与えたのか、それとも山口というチームの中でプレーする中でチームがそれを求めていき自然と洗練されていったのか。

 霜田監督は、淡々と話し始める。

 「ずっと1トップを任せてきた中で、ボールをもらう動きだとか、受けて起点になる動きは、彼が収めて攻撃のスイッチを入れるというのはチームの約束事としてやってきました。彼の成長のためにあえて言えば、もうちょっとボールを収めてほしい。相手のCBから怖がられるFWになるには降りてきて足下で受けるだけでなくて、はたいて次に裏に出ていくというプレーの連続性をもっと身につけてくれると、もっと怖いCFになると思います。今日も点を取ってくれたように、DFとDFの間で受ける、ここにボールが来れば1点取れるというツボみたいな、点を取るポジショニングはだいぶできてきたので、コンスタントに点は取れるようになってきたのかなと思います」

 私も質問を続ける。

 「アシストと得点のシーンのような場面をもっと増やして欲しいということでしょうか?」

 「そうですね。チームとしてはプレーモデルを決めてやっているので、選手個人のクオリティがまだまだ足りないので、全部が全部チャンスになるわけではないですが、こうやって点を取ろうという約束事でやっているので、そういう形で点が取れたことは良かったと思います」

オナイウ阿道

 続いて、2枚目の交代枠についての質問をしてみる。

 「先ほど、丸岡選手はケガ明けとおっしゃっていましたが、そうすると、丸岡選手があのタイミング、あの時間帯までというのはだいたいわかっていて、丸岡選手に代えて10番の選手(池上丈二)をトップ下に入れ、50番の選手(高井和馬)を右に置くというのは、最初からプランとしてあったんでしょうか?」

 霜田監督は答える。

 「丸岡は久しぶりのゲーム。ケガ明けもそうですが、90分をやるというのはほとんど何カ月ぶりなので、90分を持たせるというよりは最初から行けるところまで行くということで、彼をどこのタイミングまで引っ張って、次に誰を入れるかというシミュレーションはしていました」

 面白い。先ほどのロドリゲス監督とは相反するプランだ。

 バラルと丸岡という、万全のコンディションではない選手をそれぞれ抱えていた両チーム。バラルに90分間いて欲しかったので体力を温存させるという判断をしたロドリゲス監督。反対に、丸岡に最初から全力で行けるところまで行かせて、その後の交代策を事前に考えていた霜田監督。どちらが正しいなどという問題ではなく、また選手のタイプやクオリティにもよるが、監督としてのこのプランの違いは面白いなと思った。

丸岡満

 全体的にCBが状況にかかわらず当たりすぎ&ポジションを離れすぎな印象があったため、その点について訊いたあと(詳しくはレノファ山口公式サイト参照)、良いゲームをしても勝ちきれない(この時点で9試合白星なし)チームの戦い方について、やや踏み込んだ質問をしてみた。

 「今の山口のサッカーというのは、この夏の暑さで90分間ずっとやるのはかなり厳しいんじゃないかというのが自分の中であるのですが、今日は攻撃も守備も山口のゲームモデルはかなりしっかりできていたし、内容は素晴らしくとても楽しい試合だったのですが、実際、9試合連続で2失点以上しています。そういうことも含めた時、どこかでやはり引いて守る時間を作るとか、そういう発想にはならずに、この山口のゲームモデルを維持したままいかに耐えきるかという方向でこれからも続けていくつもりなのでしょうか?」

 「まず、点を取られてはいけないので。僕らは自分のプレーモデルを貫き通すことが目的ではないので、試合に勝つことが目的で、点を取られないことが目的なので、その目的を遂行するために引いた方が良ければ引きます。ただし最初から引いてしまうと僕らの良さが出ないので、いつ引くのか、いつ行くのか。みんながどうやって共通理解をピッチの中の11人が持てるか。そこにはリーダーが必要だし、ここは行った方が良い、ここは行かない方がいい、僕がベンチからいちいち指示できるようなゲームではないので、それを今、選手たちが模索しながら、選手同士コミュニケーションを取りながら、ここは行く、ここをやらせる、ここはやらせないというのを授業料を払いながら……高い授業料になっていますが、それを覚えていくことが選手の成長につながるし、逆に言うと夏だからこうやって点を取られているとは思っていないです。その中でも今日みたいな気持ちのこもったゲームができるので、そこはもう選手交代を含めて、チームマネジメントで僕がちゃんとやっていかないといけないと思います」

 最高に面白い。霜田監督の頭の中をもっと覗きたくなる。

 「では、今日の試合でここは引いた方が良かったという場面などはありますか?」

 「相手のリズムになった後半の最初とかは、もうちょっと受け止めて、しっかりブロックを作ってカウンターに行ければいいなという時間帯はありましたが、なかなか今年は前半戦から前に飛び出していくというのが僕らの売りになっていたし、そこからいい攻撃につながっていたので、僕にとってのいい守備というのはやっぱりいい攻撃につながらないといい守備にならない。でもどこかでいい攻撃はできないけれども、しっかり守り切らないといけない。今日も最後の最後まで勝ち点3を取りに行かないといけないというような試合だったと思います。そこはまだまだ反省しているし成長していかなければいけないと思います」

 これで本当に最後、と思い、少しだけ。

 「その、ここは引く、みたいな判断は監督がするんではなく、選手に自分たちでして欲しいということでしょうか?」

 「はい」

 私の記憶に一生刻まれるであろう熱戦、そして2人の知将との質疑応答を終えた私は、自分の中に興奮や感動とはまた違った感情がフツフツと湧いていることを、それとなく感じていた。だが、この時はまだ、様々な気持ちの中でも一層強く激しく渦巻くその感情が一体何なのか、まだ整理しきれていなかった。

「儀式化する記者会見」への違和感

 そして、現状の記者会見の様子に少なからず違和感を覚えたのも、また事実だ。

 あんな最高の試合の後にもかかわらず、両監督の記者会見がたった2つの質問で終わりそうになり、ロドリゲス監督の記者会見に至っては、記者が3人しか来ていなかった。質疑応答の内容うんぬん以前に、こんな良い試合の後に、片手で数えられる質問で終わるということに、正直かなり驚いた。なんともったいない話だろうか。

 もちろん、監督会見が長引くと選手への囲み取材ができなくなるという現場の事情もあるのだろう。もしかすると、試合後の会見というのはいつもと同じようにやって早く終わって早く帰れればいいという、ある種の予定調和なのかもしれない。そういう方々にとって、私がいくつも質問したのは非常に迷惑だったかもしれないし、少なからず反感を買ったかもしれない。だが同時に、今回の質疑応答がネット上で話題になり、活発な記者会見の内容に一定の需要があるのが露になったのも、また事実である。

 そもそも、Jリーグでは記者会見そのものがあまり重要視されていないのかもしれない。今回の取材を通してJリーグに前日記者会見がないということを耳にした時、心底驚いた。欧州では、前日記者会見というのが一つの大きなイベントであり、ショーであるからだ。挑発や威嚇、異常なまでの相手への謙遜と称賛など、「すでに戦いの火ぶたは切られた」という空気が流れ、試合への期待が一気に膨らむ特別な場となっている。昨シーズン、マンチェスター・ユナイテッドがCLでセビージャに負けた試合直後の記者会見で、モウリーニョ監督は「フットボールの遺産」についての大独演会(内容は、だだひたすらにしょうもない敗戦の言い訳を一方的に述べただけだが)を開いた。しゃべり続けること、実に12分である。そして、メディアの質問は一切受け取らずに記者会見場を後にした。まさにショーという言葉がふさわしい。欧州サッカーでは、試合後の記者会見をデザートだとすれば、前日記者会見はメインディッシュの前に出される前菜にあたり、コース料理には欠かせないものだ。それが「ない」というのは非常に残念である。記者会見を含めた流れで見せる演出は、もっと考えてみてもいいのではないだろうか。

ジョゼ・モウリーニョ

 話は戻るが、試合後に監督本人に質問できる記者会見は、私にとってこの上なく幸せな時間だった。ものすごく自意識過剰かもしれないが、質疑応答の間、まるで私と監督だけの世界にいるようにすら思えた。それぐらい、私にとっては有意義で、貴重で、学びのたくさんある、ありがたい時間であった。私の数々の質問に、何一つはぐらかしたりすることなく、真摯に受け答えしてくださった両監督にこの場を借りてお礼を申し上げたい。

 そうして、すべてを終え、ホテルに戻った後、記者会見直後からずっと抱いているモヤモヤした感情の正体が、次第にはっきりとしてきた。それは単に、感動や興奮、「また両チームの試合を観たい」とか、「ああいうクラブで仕事をしてみたい」というもの以上のものだということ。そして、その感情をどうしても抑えきれない自分がいること……。

 「いつかあの2人と戦ってみたい。そして、必ず、彼らを倒す」

 この感情は、その時が来るまで、ずっと色褪せることはないだろう。


●林舞輝のJ2紀行 レノファ山口編

第一部:新世代コーチ林舞輝、J2を観る。レノファと霜田監督との出会い
第二部:技術委員長からJ2の異色の経歴。霜田監督とのランチで得た学び
第三部:J2最高峰の名将対決を徹底分析。山口対徳島という極上の戦術戦
第四部:維新の地で感じた「Jの夜明け」。山口と徳島のファンに嫉妬した
第五部:記者会見、2人の知将との対話。感謝と違和感、そして“ある想い”

Photos: Renofa Yamaguchi FC, Akihiko Kawabata, Getty Images

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。