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J2最高峰の名将対決を徹底分析。山口対徳島という極上の戦術戦

2018.08.23

林舞輝のJ2紀行 レノファ山口編:第三部


欧州サッカーの指導者養成機関の最高峰の一つであるポルト大学大学院に在籍しつつ、ポルトガル1部のボアビスタU-22でコーチを務める新進気鋭の23歳、林舞輝はJ2をどう観るのか? 霜田正浩とリカルド・ロドリゲス、2人の注目監督が激突する8月12日の山口対徳島を観戦するために中国地方へと旅に出た。


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 8月12日。

 新山口駅からスタジアムへ向かう電車の時点で、度肝を抜かれた。この電車である。

 溢れ出る昭和感……ではなく、電車の中の人達はオレンジ一色。テンションが上がってきた。テンションが上がると、人は歌を歌いたくなるものだ。しかし、レノファ山口の応援歌はもちろん知らない。仕方がないので、昨シーズンお世話になったボアビスタFCの応援歌を歌いながら駅を降りてスタジアムへ向かう。

Muitos não vão entender♪
Esta vida que eu escolhi♪
Eu não consigo explicar♪
Isto que sinto por ti♪

É mais um fim de semana♪
Seja no estádio onde for♪
Estarei sempre presente♪
Para defender o meu grande amor♪

 完全に頭のおかしい奴である。世界で初めて山口県でボアビスタFCの応援歌を口ずさんだ人間だ。間違いない。まぁいい、サッカーとはそういうものだ。

警備員さん、ありがとう。あなたのことは忘れません

 そして、スタジアムに着いた。

 率直に言って、雰囲気に圧倒された。ただひたすらに、オレンジ。さらに正直に言ってしまうと、「……えっ、山口ってこんなに人いたんかい!」。

 友人の山口サポがオススメしていた「やすもり」というお店の「焼肉重」と「とんちゃん鍋」を早速食す……はずだったが、残念ながらすでに売り切れ。しかし、腹が減っては戦はできぬ。焼き鳥を購入。そして、記者席へ向かう。

 ……そう。記者席。まさかの、記者席だ。人生で初めての記者席。これも某サッカージャーナリストの差し金により、フットボリスタで取材申請していただいたのだ。だが、手続きから何から、まったくよくわからない。だが、わからない感を出したら舐められると思い、とりあえずは「俺、試合取材なんて超慣れてるよ?」感を全力で醸し出して受付を済ます。が、わからないものはわからない。結局、施設内の人目につかない所にいた警備員さんにこっそりどこに行けば良いのか訊く羽目に。だが、困ったことに、警備員さんもわからない。さらに困ったことに、警備員さんは親切心から、先ほど私の受付をしてくれたスタッフに訊きに行ってしまった。受付スタッフと目が合う。せっかくさっき全力で「超慣れてるよ感」を出したのに……。あぁ~恥ずかしい。何もかもが台無しである。やはり根拠のない強がりやハッタリはよくない。最後に恥をかくだけだ。そんなことを学習して、いざ記者席へ。

あれっ、ロドリゲス監督のサッカーが違う…

 レノファ山口は、「プレスの密度を高めるため」(霜田監督)に中盤の構成を2-1の逆三角形に変えた[4-2-1-3]。東京ヴェルディから新加入の高井がトップ下の位置に入り、久々に復帰の丸岡が右ウイングへ。対する徳島ヴォルティスは[3-1-4-2]だが、ほぼ5バックの[5-3-2]の時間帯が多かった。

 立ち上がりに徳島がアグレッシブなプレスとセカンドボールの奪取、素早いパスワークを駆使し、最後はこぼれ球を岩尾がスーパーなミドルシュートで突き刺し、開始わずか40秒で徳島が先制する。今シーズンJ2ベストゴールにノミネートされることは確実であろう、世界レベルのゴールだった。

 その後、レノファ山口は相手に次々とアタックしていく「デュエル」でボールをアグレッシブに奪い、ポゼッションを維持する。両チームの気迫は凄まじいものがあった。山口はボランチの三幸がCBの間に下り、もう一人のボランチの前貴之とともにビルドアップ。徳島の前線2枚に対して常に数的優位でボールを保持しながら両サイドにパスを散らし、数的優位のできたサイドから攻撃を仕掛ける。サイドでは両ウイングが高い位置を取らず[4-2-3-1]気味のポジショニングから動き出すことにより、徳島の5バックの両ウイングバックを高い位置に引き釣り出してSBとCBの間を割らせる。

 驚いたのは、徳島だ。私の知っているロドリゲス監督のサッカーとはまったく違うスタイルになっていた。前線からの積極的なハイプレスはすっかり影を潜め、ボールを奪われた際もゲーゲンプレスをかけるのではなく、撤退を選択。前の2枚は強いプレスはほとんどかけない。基本的には5+3のブロックを作ってから、ボールを奪うと中盤での細かいパスワークで素早く縦に運び、山口の弱点である大きな逆サイドチェンジ(山口は守備時に逆サイドの一番大外のレーンを捨てボール側サイドにコンパクトに陣形を圧縮する)を使って展開し、サイド攻撃を仕掛ける。噂には聞いていたが、以前のロドリゲス監督のインタビューからしたら考えられないような受け身のサッカーを目の当たりにして、正直ガッカリした。ロドリゲス監督の攻撃的な哲学、攻撃的なサッカーはとても魅力的だったからだ。この点を試合後の記者会見で問い詰めようと決意する。

オナイウの急成長に感じた、霜田監督の存在

 試合を通して、オナイウ阿道のプレーは大きなサプライズの一つだった。私が五輪代表の試合やジェフの試合を通して知っているオナイウは、天性の高い身体能力とフィジカルの強さで勝負をする選手だった。だが、この日はオフ・ザ・ボールの動きが非常に洗練されていて、「ストライカー」として一回りも二回りも大きくなっていた。テレビ画面では映らない所で、予備動作を繰り返してはマークを引きはがしてボールを引き出し続け、裏に抜け出したりライン間に下りてきたりと、チームのためにチャンスを作る動きを繰り返す。

 山口の同点ゴールはまさにオナイウの動き出しとアシストからだ。縦に抜け出そうとした左ウイングの岸田に徳島の右ウイングバックがついていく。割れてしまった右CBと右ウイングバックの間のハーフスペースの裏にオナイウが抜け出し、一番真ん中のCBを引き付けてクロス。最後はファーサイドの丸岡が押し込む。逆転ゴールでは、右SBの鳥養が、レノファの得意な人へアタックする守備でボールを奪取すると、正確なクロスを上げる。鳥養がボールを持ち出してから、中でオナイウがニア→ファー→ニアと細かい予備動作の繰り返しで相手DFの視野から消え、割れたCBの間で完全にフリーになってヘディングでゴール。

 オナイウのオフ・ザ・ボールの動きの改善は、霜田監督の指導なのだろうか。それを確信した場面があった。山口が低い位置でボールを奪い、他の誰よりも先にオナイウが動き出し、下がってボールをもらいに顔を出しに行く。ちょうど霜田監督の目の前だ。結局、オナイウはボールのコントロールをミスし、相手スローインになってしまう。しかし、霜田監督はミスをしたオナイウの目の前で大きく手を叩き、その働きを称えて励ました。こんなことをされてモチベーションが上がらない選手はいないだろう。まさに、指揮官のあるべき姿を見せられた気がした。記者会見で訊きたいことが、また増えた。

“ギャップ”を見抜き、解消する徳島のスムーズな修正

 逆転しなければならない徳島は、レノファでもプレーした2トップの一角である島屋がアンカー脇に下りるなどしながら、何とか攻めの形を作ろうとする。だが、1トップのバラルの運動量が少なく、一番後ろで山口の1トップに対して徳島は3バックと、2人分の数的優位ができている分、前線では数が足りず孤立して囲まれる場面が多く、完全に攻めあぐねる展開。一番の問題はオナイウの1トップに対する3バックの守備である。そもそも、1トップに対する3バックの守備というのは構造的に難しいものだ。その中でもある程度の原則を持って対応しなければならないはずなのだが、スペースを埋めているのかマンツーマンで対応したいのかよくわからず、オナイウにどうマークするかあやふやで、オナイウが思うがままにボールを引き出されてしまい、後手を踏む展開が続く。

 すると、前半34分、ロドリゲス監督が戦術的な対抗策を取る。フォーメーションを変更し、中盤をフラットにした[4-4-2]へ移行。これでCBは1人がオナイウにマークでもう1人がカバーという役割がハッキリし、サイドで数的不利を作られる構造ではなくなった。ビルドアップの中心だった三幸に対してはFWの島屋が下がってマークし、[4-4-1-1]のブロックを作り対抗。素早くスムーズにシステムを変えられるチームを作ったロドリゲス監督はさすがである一方、欲を言えばこんなにスムーズに移行できるのだったらもっと早くから変えて良かったようにも思える。システムの噛み合わせが上手くいかずに後手を踏んでいたのは試合のスタートからずっとだったので、前半10分ですぐに変えていたら、逆転を許すこともなかったかもしれない。

 前半42分、両者最初の交代カードを切る。徳島は小西に替えて大本。大本を右SBにして、広瀬を一つ前の右サイドハーフへ。一方の山口は岸田のケガによるアクシデントだ。交代で入ったのは高木大輔。私の隣で、高木の父である元プロ野球選手の高木豊氏がラジオ放送でゲスト出演していたのだが、息子が途中出場を果たし喜びたいところなのだろうけど、ケガによる交代なので喜んだら不謹慎案件、ということでなかなか微妙なリアクションしかできず、私は隣でこっそりジワっていた。

 このまま2-1で前半が終了。後手を踏んでいた徳島がシステムを変えて噛み合わせを修正し持ち直して終わった前半。選手の気迫とスタジアムの熱はもちろん、互いの分析力と戦術力も見られ、前半だけでもお腹いっぱいな内容であった。後半、一体どんなドラマが待っているのだろうか。


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第四部へ続く


●林舞輝のJ2紀行 レノファ山口編

第一部:新世代コーチ林舞輝、J2を観る。レノファと霜田監督との出会い
第二部:技術委員長からJ2の異色の経歴。霜田監督とのランチで得た学び
第三部:J2最高峰の名将対決を徹底分析。山口対徳島という極上の戦術戦
第四部:維新の地で感じた「Jの夜明け」。山口と徳島のファンに嫉妬した
第五部:記者会見、2人の知将との対話。感謝と違和感、そして“ある想い”

Photos: Maiki Hayashi, Renofa Yamaguchi FC

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。