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認知科学から見た現代サッカー。日本人選手の「認知」を鍛える術

2018.08.23

近年の欧州サッカーではアカデミックな知見を持つコーチが増えてきている。28歳のポーランド人指導者、スワボミル・モラフスキもそんな1人だ。「認知科学」を専門分野に持つ彼は、ポーランド1部シロンスク・ブロツワフのU-19アシスタントコーチとして、日本のアンダー世代も継続的にウォッチしている。グラナトキン記念国際ユーストーナメントに参加したU-18代表を対象に、「認知」の定義を解説してもらいつつ、日本人選手の能力を検証してもらった。


 ここ数年でヨーロッパにおけるコーチングのアプローチは一変した。「強靭なフィジカルで圧倒する」という選手のロールモデルが「技術に優れた賢い選手」に置き換えられたのである。この変化はイニエスタやブスケッツのような選手の誕生と強く結びついている。シャビやピルロのような過去の天才たちのプレーも、コーチング論の変革に影響を与えている。


指示待ちではなく、自ら解決できる選手を育てる

 ヨーロッパのトップクラブは壮大な命題を掲げてユース世代の育成に力を注いでいる。単なるタイトルの獲得ではなく、クラブにとって独自の特徴的なゲームモデルを生み出す。高いレベルに適応可能な若手をユースからトップチームに送り出すことは、ユース世代でのタイトル獲得よりも重要視されている。これは一般的に「success in a second step(二段階目での成功)」と呼ばれる姿勢であり、指導者は「チームメイトや監督からの指示を待ち、プレーする選手」ではなく、変化する状況に適応しながら正しく判断できる「自ら決断する能力を有する独立した選手」を高く評価する。これは、個人的・組織的な「技術/戦術的なトレーニング」にも関連している。

 ヨハン・クライフの言葉を借りれば、「テクニックとは、1000回ボールをリフティングできることではない。テクニックの本質とはワンタッチで、正しいスピードで味方のプレーしやすい足にパスを出せる能力なのだ」

 クライフの発言からわかるように、「正しいスピード」「味方のプレーしやすい足」という部分は、明確に決断能力と関係している。決断というのは、認知のプロセスにおいて不可欠な段階だ。正確で迅速に決定することが可能な選手は、チームにとって有利な状況を作り出すことになる。

 決断とは、何を根拠として行われるのだろうか? 正しい決断を導き、責任感や創造性があり、自信を持ってプレーできる独立した選手は、どのようなトレーニングによって育まれるのだろうか? もし指導者が現在の選手に求められる資質を理解すれば、変化を恐れることはない。例えばトレーニングの環境には明確な指針が存在しており、できる限り試合に近い状況を作り出す必要がある。

 状況判断を導くのは、「情報」である。どれだけの時間をかけて情報を収集するのか? どれだけ高い質の情報を収集することができるのか? どれくらい頻繁に情報を収集するのか? それらの問いの答えこそ、情報収集における鍵となる。


3つの視野構造、ブラインド・ゾーンを減らす

1. 知 覚  …情報の収集
2. 分 析  …理解のプロセスであり、情報の分析
3. 決 断  …リスクの評価と、行動の決定
4. 実 行  …決断をベースにした、プレーの実行
5. 適 応  …実行したプレーの評価
6. 効率評価 …評価をベースとした、新たな情報の収集

 常に動き続けなければならないサッカー選手は、移動する方向と自分がコントロールする必要があるエリアを常に理解しなければならない。それを支えるのが上記の6つからなる認知感覚をベースとした「知覚」のプロセスとなる。状況を理解し、識別することで、反応に対する準備を整えていく。しかし、実際は我われの視野構造は限られており、「field of sight(フィールド・オブ・サイト=選手が視認することが可能なエリア)、active zone(アクティブ・ゾーン=頭を動かし、体の向きを変化させることによって視認できるようになるエリア)、blind zone(ブラインド・ゾーン=視野の外にあり、認識が難しいエリア)の3つに分別されることになる。

 すべては、「選手が視認すること」によってスタートする。情報を集め、ブラインド・ゾーンを減らすために、選手はいくつかの手順を踏むことになる。

1. フィールドを見渡すこと。首振りによって、情報を集めること。「写真を撮る」ように視野の外に存在する味方と相手の状況を把握すること。
2. フィールドとボール、逆サイドを把握できるように状況に合わせて体の向きを調整すること。
3. フィールド上におけるポジショニングの調整、ピッチを広く使う位置の保持、チームのフォーメーションやボールの位置に合わせた陣形の構築。

 フィールド上には、下図の情報が存在する。攻撃と守備でそれぞれ5つにまとめられる。

 収集した情報を使い、選手はチームの原則と自分の役割に合わせて「分析と適合」を進める。リスクを評価し、チームに利益を生む解決法を探していくのだ。すべては認知であり、それぞれの判断は難しいものではない。しかし、試合という状況で簡単に見える判断を実行することは難しい。

 選手が認知について十分知識があることは、それを正しくピッチ上で使えることと同義ではない。指導者は選手が顔を上げ、首を振っているという事実に満足してしまうことも多い。しかし、実際は認知というプロセスを発展させることは、最も難しい。その理由は、認知は個人個人の脳内において発生するプロセスだからだ。指導者ができるのは、選手にとって「難易度が高い」状況を用意することだ。例えば、アタッカーが前に走ることで攻撃をサポートすべきか、下がってサポートすべきかを判断しなければならない局面を作り出すことで、チームメイトの状況と数的なバランスを認知する能力を鍛えることができる。良い選手を最高の選手に変えるためには、判断能力を鍛えなければならない。


U-18日本代表とブスケッツを比較

 賢さと創造性、献身的な姿勢を武器に活躍する日本人選手は、ヨーロッパの舞台でも活躍している。今回は、2016年にU-18代表チームが参加したグラナトキン記念国際ユーストーナメントを分析対象として取り上げよう。この大会は指導者にとって示唆に富む大会であり、ヨーロッパでのアプローチの変化が日本の若い世代の指導にも影響を与えていることを感じさせる好例だった。認知をベースとしたトレーニングは、ユース世代での導入によって大きなインパクトを与える可能性を秘めている。

 興味深い例として、今回は日本人のユース選手と17-18シーズンのラス・パルマス戦でのセルヒオ・ブスケッツのプレーを比較してみよう。

 選手のアクションと結果を見るだけなら簡単だが、認知能力の側面を分析するにはもう少し深く分析していく必要がある。両者はともにマンツーマンでマークされており、ボールを保持した味方をサポートしようとしている。1つ目の例(写真の左半分)では、ボールを保有する日本人DFは相手選手からのプレッシャーを受けていない(上の写真)。一方で、バルセロナのGKは相手に寄せられている(下の写真)。どちらの状況においても、選手は判断によって最も効果的なパスを狙うことになる。こういった行動を成功させるには、選手はボールを持たない状況で工夫することによって「スペースを生む」必要がある。個人の選択は、最終的な成否に大きな影響を与える。

 さて、2つ目の例(写真の右半分)を見てみよう。日本人選手とブスケッツは認知のプロセスに従って最初にボールの位置、敵の位置、スペース、味方の位置といった情報を集めていく。さらに彼らは首を振り、体の向きを変えることで死角を減らしながら状況を把握する。次のステップはリスクの評価で、相手が自分に寄せてきているのか、ギャップは存在しているのかを確認する。この状況では、相手ライン間にスペースが生じており、大きなチャンスを生み出すことができる。結果として、彼らが選んだのは「偽のサポート」によって相手を誘うこと。ボールを自ら受けるのではなく「サポートする動き」で相手を動かすことでスペースとパスコースを生み出し、ライン間の攻略に成功した。実行後も、次のプレーに向けた評価と分析を繰り返すことで、選手は判断の精度を上げていく必要がある。

 U-18世代の日本人選手がブスケッツと同様の選択によってスペースを生むプレーができているのは、ヨーロッパ的なアプローチが日本人選手にも適合可能であることを示している。彼らを順調に成長させるためには、スペインやポルトガルのコーチング流派を象徴する2つの理論が重要になってくるだろう。1つは「指導者によって補助される探求(guided exploration)」と呼ばれる指導法であり、試合形式の練習をベースとしながら選手に様々な質問を投げかけ、選手とともに解決法を探していく方法論だ。もう1つは「個人的なコーチング(Personalcoaching)」と呼ばれており、これは指導者が双方向的に選手とコミュニケーションを取る指導法だ。

 フットボールは常に変化し続けるダイナミックなスポーツであり、選手個々の認知能力が重要となる。選手がどれだけの範囲を把握できるのか、状況に合わせて自らの「技術/戦術」的な引き出しから正しい判断を選択できるのか、という部分が個々の選手の価値を決めることになる。日本人選手は技術面では特筆すべき能力を有しているからこそ、判断力と自信を習得させるための「思考を助けるアプローチ」が重要となるのである。そのアプローチを採用する指導者が失ってはならないのは「教える」のではなく「サポートする」という意識であり、選手個々の判断力を鍛えるには選手の自主的な思考が求められるのだ。


Photos: Getty Images
Translation: Kouhei Yuuki

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育成認知

Profile

スワボミル モラフスキ

1990年2月18日生まれ、28歳のポーランド人指導者。UEFA-Bライセンスを所有。若手指導者を積極的に登用するポーランドにおいて、「認知科学」をベースとした分析とトレーニングの設計に定評がある。大学ではフットボールマネージメントとコーチング、大学院では人的資源活用とコーチングを専攻。ハンガリー代表、カナダ代表で分析コーチとして活躍し、現在はポーランド1部シロンスク・ブロツワフでU-19アシスタントコーチとアナリスト部門のトップを任されている。

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